12月下旬、国立競技場(東京都新宿区)のピッチの片隅で、池田省治さん(67)が芝生に顔を近づけていた。硬さは。香りは。色つやは。元日はサッカー天皇杯決勝がある。そして夏には、五輪・パラリンピックがやってくる。

 芝生を管理する「オフィスショウ」(東京都)の社長として、35人ほどのグラウンドキーパーを率いる。管理する芝生は、味の素スタジアム(同)やJヴィレッジ(福島県)など全国32面に上る。

 国立に107メートル×71メートルの天然芝が敷き詰められたのは2019年夏。かつての国立でも手がけたことがあり、競技場が11月末に完成した後は運営主体の日本スポーツ振興センターから管理を委託されている。芝刈りや肥料やり、散水などを担う。

 1989年、米プロフットボールリーグ(NFL)プレシーズンゲームの東京開催に携わった。ゼネコンを辞め、イベント運営に打ち込んでいた36歳のころ。NFL側は、練習場として選手たちの宿舎である都心のホテルから30分以内で行ける天然芝のグラウンド2面を求めていた。見つからず、代々木公園の土のグラウンドを借りて種まきから始めることになった。

 やったことのある芝生の仕事といえば、ゼネコン時代に高速道路ののり面に施したことくらい。ゼロから指導してくれたのが、ジョージ・トーマさん。NFL王者を決める大会を半世紀以上担当する「伝説のグラウンドキーパー」だ。朝5時から夜8時まで食事も取らずにコーラだけで働くトーマさんにくっつき、種のまき方や水のやり方を学んだ。本番までの半年ほどで、茶色の広場を青々としたグラウンドに仕上げた。芝生をつくる奥深さとうれしさ。「一生の仕事にしたい」と思った。

 朝4時に起き、現場に向かう。芝刈り機に乗ったり、カメラからの見ばえを確かめたり。天気予報が晴れなら心は弾み、雨だと「芝刈りはずらそうか」「線はいつ引けるか」とやきもきする。芝生にうつぶせになるほど近づいて土をほぐせば、選手のスパイクがかかる地下茎の太さがわかる。刈り取った芝を手のひらでこねれば、硬さや香り、水分が健康状態を教えてくれる。

 五輪・パラの東京開催が決まったとき、「将来ある若い仲間と一緒に携わりたい」と思った。仕事が決まって19年初夏、国立競技場近くに、山梨県の自宅から数えて三つ目となる居を構えた。特に大会期間中の交通渋滞は見通せない。きちんと行き来して晴れ舞台を仕上げられるように。「臆病で心配性なんです」。入浴中も、横になっても気が休まらない。

 五輪・パラの先に、描く夢がある。砂ぼこりの舞う公園や校庭を芝生に変えることだ。自身が小学生だった64年、テレビにかじりついてマラソンやバレーボールを見た。その五輪が再び東京に来るのを変化のきっかけにしたいと願う。「幸せになれる場所を増やしたい」

 国立のピッチは、五輪の女子サッカー決勝や、やり投げといった投てき種目の舞台となる。アスリートたちに緑のじゅうたんの上で「最高だね」と笑ってほしい。(荻原千明)