今週24日に開幕するZOZOチャンピオンシップは、日本で初開催される米PGAツアーの大会だ。その会場、アコーディア・ゴルフ習志野CCのクラブハウス近くに設けられたメディアセンターは、そのまま会見場としても利用できる米ツアーならではの仕様になっている。

 開幕前の練習日とされていた22日、石川遼が会見に呼ばれ、壇上に座った。記者席を見渡した石川の視線が、たまたま私を捉えたらしい。すると石川はにっこり笑って、わざわざ会釈してくれた。

 彼の笑顔は「お久しぶりです」と言っていたのだと思う。もちろん私も同じように「お久しぶりです」の意味を込めて会釈を返した。

 選手とメディアの間でこんなやり取りができるのは、石川ならではである。彼の礼儀正しさ、謙虚さは、彼が米ツアーに出場していた2年前までと、まったく変わっていない。

16歳当時を思い出すほどの「いい状態」。

 だが、米ツアーに出ていた当時と変わっていたのは、石川の表情だった。穏やかな笑顔は、今年の日本ツアーで日本プロ選手権と長嶋茂雄招待セガサミー杯を制し、出場2試合連続優勝を遂げたことで得られた自信の表れなのだろう。

 そして、米ツアー時代に最後まで悩まされ、その後の日本でも苦悩してきた腰痛がようやく改善され、望んでいるゴルフができるという喜びの表れでもある。

「今年の春まで腰痛との戦いだった。腰をかばってスイングが悪くなることもあった。今年5月から、きつくトレーニングして腰痛が改善されて、今一番いい体の状態でプレーできている。やりたいスイングができている」

 それは、プロになった16歳当時を自分で思い出すほどの「いい状態」だそうで、それは28歳の現在の石川が、苦悩してきた過去と決別し、「新生・石川遼」になったことを思わせる。

カムバックではなく、新しい挑戦。

 そうやって生まれ変わった石川が、今、このZOZOチャンピオンシップの舞台に足を踏み入れている。「米ツアーにカムバックしたという感じですか? それとも、新たにトライするという感じですか?」と単刀直入に尋ねてみると、石川は迷うことなく、こう答えた。

「新しくトライするという感覚の方が強いです」

 新生・石川の新たなる挑戦。当初は主催者推薦での出場となる予定だったが、賞金ランキングをアップさせ、「自分の実力で出場権を勝ち取れた」ことに裏打ちされた自信が彼の表情に漲っていた。

 振り返れば、石川の米ツアー挑戦は、いろんなことがあったという意味では長かったのかもしれないが、あれよあれよという間に米国を去ったという意味では、あっという間だった感も強い。

米ツアーで下降していった成績。

 初出場した2009年のノーザントラスト・オープンでは、会見場の壇上に座った途端、「ハロー・アメリカ」と元気良く英語で挨拶した姿が初々しかった。

 2011年のブリヂストン招待では、米ツアー初優勝のチャンスを掴み、最終日を最終組で回った。しかし1番ティで落ち着いた様子でティオフを待っていたアダム・スコットの傍らで、ドライバーをぶんぶん振り回して素振りしていた石川の姿は、あまりにも対照的だった。緊張と興奮に押し潰されそうになりながら、それでも4位タイは大健闘だった。

 2012年にはプエルトリコ・オープンでも優勝争いに絡む、2位になった。そしてメモリアル・トーナメントでは9位タイに食い込み、初優勝は時間の問題だと米メディアたちも期待していた。

 だが米ツアーの正式メンバーになって以降は、むしろ成績が下降気味になっていた。その原因こそが、腰痛だった。

「2013年の始めから腰痛に悩まされた」

 そして2017年8月、レギュラーシーズン最終戦のウインダム選手権が石川の米ツアーのラスト・トーナメントになった。あのときの石川の悲痛な面持ちが私の脳裏に焼き付き、長い間、離れなかった。

彼のポジティブさを忘れかけていた。

 以後、日本に戻ってからの石川は、米ツアーから去ることになった悔しさを噛み締めながら復活を目指してきたのだろうと想像していた。日本で辛いことがあったら、ウインダム選手権を去ったときの風景を思い出し、ナニクソの精神でゴルフクラブを振ってきたのだろうと思っていた。

 だから石川に、こう尋ねてみた。

「PGAツアー時代のことで、何かにつけて一番思い出されるのは、どんな場面ですか?」

 石川の返答は、実に意外だった。

「フィル・ミケルソンと一緒に回ったメモリアル・トーナメントのときのことです。何年のことか覚えてないけど、フィルのバンカーショットとラフからのアプローチに衝撃を覚えました。正真正銘の世界一の技術を目の当たりにして、ビックリしました」

 悔しさを糧にするのではなく、いいもの、目指すものを頭の中に常に置いて進んでいく。そんなポジティブな前進の仕方こそが、石川らしさであることを、あらためて痛感させられ、同時に妙にうれしくなった。

 昔から石川は「前向き」「ポジティブ」と言われ続けてきたが、米ツアー時代の終盤の彼の暗い表情の印象が強かったせいか、私はうかつにも彼の「らしさ」を少々忘れかけていた。

歴史に刻まれる1週間への感謝。

 石川のポジティブ姿勢は、今でもあらゆるところに見て取れる。

 アコーディア・ゴルフ習志野CCは「回ったことがない」そうで、練習日の火曜日に練習ラウンドを行なう予定だったが、悪天候のため叶わず、水曜日のプロアマをこなしながらの下見のみで挑むしかない。

 それでも石川は感謝と特別感ばかりを口にする。

「PGAツアー、ZOZOを始め、この大会に関わってくださる方々、歴史に刻まれる1週間を開催してくださって感謝しています。(本来の)36ホールのうちの18ホールを使用しているということなので、特別な習志野CCをプレーできることは、特別な気持ちです」

目の前のプレーがPGAにつながっている。

 米ツアー選手や米メディアの間では、日本ならではの「2グリーン」が話題になっている。石川は、会見の際はまだ自分の目で見ることが叶っていなかった習志野の2グリーンに対しても、精一杯の予備知識を生かし、こんなふうに語った。

「2グリーンだと、違う芝質を使用しているコースが多いと思いますけど、2つとも同じ種類の芝というのは珍しいです。このコースはグリーンが小さいので、ものすごく大きなグリーンと捉えてもいいのかなと思います」

 離れて存在しているものも、発想を変えれば、地続きに見えてくる。1つ1つは小さくても、2つ合わせれば大きな1つ。そう考えれば、視野は広がり、自信も膨らむ。

「勝てるように頑張りたい気持ちでいっぱいです。またPGAツアーにトライしたいという気持ちもあります」

 生き生きした表情は観る人々にもパワーとエネルギーをもたらしてくれる。

「がんばれ、遼くん」――応援したい気持ちが自ずと湧いてきた。

(「ゴルフPRESS」舩越園子 = 文)