<週中ベースボール>

プロ選手の野球人生やプレーの裏側をひもとけば、ジュニア選手へのヒントがあるはず。楽天美馬学投手(33)は決して大きくはない体の不利を、覆してきた。今季リーグで6人しかいない規定投球回にも2年ぶりに到達するなど、チームで唯一開幕からローテを守り抜いた。プロ通算51勝、13年日本シリーズMVPなど着実に実績を積み重ねてきた。「プロに聞く」の第1回は球界を代表する小柄な右腕に聞いた。

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美馬が育った茨城・藤代町(現取手市)は、小さな町だ。「ずっと同じ地区の子たちでやっていた。エースの子がいて、僕はその2番手兼内野のレギュラー。メインはサードでしたから」。藤代中3年時、軟式野球の全国大会ベスト8まで躍進する立役者になった。「明らかに、奇跡的に僕が化けた」。中学2年の冬が転機と振り返る。「『ザ・昭和』のトレーニングですよね。うさぎ跳び、ランジ…。ひと冬の間、本当にひたすら言われたことを頑張ってやった」。秋の時点で120キロに届かなかった球速が135キロまで伸びた。

初めてのエースナンバーは藤代高に入ってから。2番手に甘んじる期間が長かった分、練習には工夫を凝らした。高校時代は毎日10キロのランニング。変化が起きた。「足が遅くなった。長距離は走れるようになるけど(瞬間的な)出力が出ない」。設定タイムを切る短距離走の重要性に気付かされたのは中大進学後だった。高校時代が無駄とは思わない。「ベースを上げないと体力はつかない。長い距離を走るのも大事」。体づくりを重視する時期は長距離をじっくり走り、仕上げるタイミングに合わせてスピード走にシフト。今も実践する調整法の根幹になった。

大学で目覚めたウエートトレーニングも同様。オフ期間は重量で負荷をかけ、インシーズンは軽いもので数をこなす。「何をやるにも、自分で意味を見いださないと難しい。僕はただ、まず目標を立ててやっていたのが、今に至っている」と自己分析した。

高校では肋骨(ろっこつ)、鎖骨、肘を立て続けに骨折。右肘はこれまで6度手術した。「ケガでやめる人をいっぱい見てきた。何回も心が折れそうになったことはある。投げられなくなるまでやりたい」。治療法、トレーニング法のアップデートに余念がない。「基本的に何でも試したい人。やってみてはまることもあるし、その時は良かったけど今は合わない、とかもある。最初から否定的に入らないことだけは心掛けている」とこだわりを語る。

プロとしては小柄な169センチという身長を理由に、投手として否定的な意見にもさらされてきた。「一般的に見れば、僕が結果を出していないより、大きい人が結果を出していない方が(伸びしろが)期待できるじゃないですか。そういう不利な部分を覆すために、頑張っている。本当に、全力で投手をやってきた」。言い訳せず、考える-。小さな体でマウンドに立ち続けるため、貫いてきた哲学だ。【亀山泰宏】

◆美馬学(みま・まなぶ)1986年(昭61)9月19日生まれ、茨城県出身。藤代高2年の03年春にエースとして甲子園に出場。中大から東京ガスを経て10年ドラフト2位で楽天入団。13年日本シリーズMVPに輝き、球団初の日本一に貢献。開幕投手を務めた17年に11勝をマークするなど、通算185試合で51勝60敗、防御率3・82。今季24四球は両リーグ規定投球回到達者で最少。169センチ、75キロ。右投げ左打ち。