「どこに打っても、そこにノバクがいたんだ」

 世界No.1テニスプレーヤー、ノバク・ジョコビッチに敗れたあるトップ選手の敗戦の弁である。錦織圭もその強さを「壁」と言い表したことがある。

 持ち前の柔軟性と俊敏さでコートのすべてをカバーし、どんなボールを打ち込んでも返球してくる。それこそがジョコビッチである。

 分かっていたつもりだが、その“壁っぷり”はコートの範疇にとどまるような単純なものではなかったらしい。今年の楽天ジャパン・オープン、初出場で易々と優勝したジョコビッチは、ある驚くような行動で世界一の返球力を我々に示していった。

 大会の本選3日目、ひとりの青年が会場の有明テニスの森公園で半信半疑で待っていた。

 パスはない。チケットもない。彼の頼みの綱は約1時間前にジョコビッチのフィジオから入った連絡だけだった。

「ノバクに聞いたらお前と練習するのは全然問題ないと言ってるぞ。あと1時間後ぐらいになるけど、準備して待ってろよ」

完全な部外者に警備員もストップ。

 彼の名は吉田伊織。テニスファンでもその名前を知らないだろう。ツアーはおろか、下部のチャレンジャー、そしてさらに下にあるフューチャーズの本選にも出たことはない。半年前にYouTuberとしての活動を始めた全く無名の選手である。

 本当にジョコビッチと練習できるのか?

 ウォーミングアップしながら待ち構えていると、フィジオから「今から行くぞ」と再度連絡がきた。ほどなくして、練習コート行きのカートに乗って現れたのはまぎれもなくジョコビッチ、その人だった。

 吉田がそのカートに乗り込もうとするとセキュリティーが割って入った。当然だ。事情を知らない警備の人間からすれば完全な部外者である。しかし、ジョコビッチ陣営が引っ張り込んでくれた。

「あなたはレジェンドだ!マジでリスペクトしてる」

「セルビアではチェバピ(バルカン半島の伝統的肉料理)を毎日100個食べてた」

「あなたみたいに強くなりたかったからだ」

 コートに着くまでの間、無我夢中でしゃべり続けた。

 気がつくとネットをはさんだ向こう側に、ラケットを持った世界No.1プレーヤーが立っていた。物怖じしないタイプであるはずの吉田だが、頭の中はすっかり真っ白。何年も胸に抱いていた夢が急転直下、まさかこんなところで、こんなタイミングで実現するなんて……。

セルビアへ留学、現在はYouTuber。

 吉田は11歳の頃、父親の仕事の関係で住んでいたシンガポールでテニスを始め、帰国したあとに15歳でセルビアにテニス留学した。

「2011年にジョコビッチ選手がいきなりナダルと(ロジャー・)フェデラーに勝ち始めて、当時の彼の眼とか、野獣のオーラを見ていたら、これはセルビアに行くしかないと。彼になりたいという思いでした」

 中学時代に全国大会出場経験もない。周囲には「日本で勝ってないのに行く意味がない」という声も多かったが、情熱と行動力で渡航に踏み切り、4年間をセルビアで過ごした。

 帰国後は指導者の資格を取った上で、プライベートレッスンを行うなどして活動資金を稼ぎ、友人の助言を受けて今年5月からYouTuberとしての活動を始めた。個人スポンサーの支援、動画での収入、ときには解体業のアルバイトをしながら費用は賄ってきた。

 そして、6月にアップしたのが、ジョコビッチにセルビア語で猛烈なテンションで「5分でいいので練習してください」と呼びかける動画だった。

セルビア語を喋れる日本人がいたら。

「たとえば僕がスペイン語を喋れたとして、ナダル選手と練習したいと言っても叶わないと思う。スペイン語を喋る日本人はたくさんいるから。ナダル選手もそれを見て面白がらない。セルビアという小さな国で、セルビア語を喋れる日本人がいて、本気で練習したいという人間がいたら、ジョコビッチなら絶対に目をつけてくれると思っていたんですよ。彼はエンターテイナーだから」

 吉田にいくら自信があって、ウェブ上に国境はないとはいえ、その動画が簡単にジョコビッチ本人の目に触れるはずもない。そこはオンラインではなく、対面の関係性が必要だった。直接の橋をかけてくれたのは知り合いの日本人プロである。

 大会期間中、出場選手の練習パートナーを務めていた田沼諒太が、会場で本人に吉田の動画を見せてくれた。そこからはとんとん拍子。大いに面白がったジョコビッチと、その日の夜には「明日練習ができそうだ」というところまで話が進んだのである。

 しかし、相手はテニス界の頂点に君臨するスーパースター。最後まで何があるか分からない。

「ジョコビッチ選手は世界1位だし、キャンセルも全然あると思っていました。お昼のウォーミングアップの時に、カートで移動するジョコビッチ選手に声をかけたんです。『Nole!Nole!(Noleはジョコビッチの愛称)』って呼びかけて『あとでマジでお願いします』と言ったら、『あとでな』とセルビア語で言われて」

「俺のお肉はデカイぞ」

 この日のジョコビッチはセンターコートの第3試合で添田豪と対戦することになっていた。ところが第1試合、第2試合がいずれも接戦となり、ジョコビッチの試合が終わるころにはすっかり日が暮れていた。

「ずっと待機はしていたけど、今日はもう無理だなと思っていました」

 そこで待望の連絡が届いたのである。

 照明に照らされた練習コート。7ポイント先取のタイブレークを行い、吉田は5-7で敗れた。ジョコビッチは大して走りもせず、全力でラケットを振ることもしていない。対戦した吉田が「15%ぐらいしか出していなかったんじゃないか」と感じるようなプレーだった。それでも強かった。

 だが、内容云々はこの際問題ではない。対戦後、吉田はTシャツをめくってお腹に書いておいたセルビア語のメッセージを見せた。それを見てジョコビッチは大爆笑した。

「セルビアにチェバピっていう料理があるんですけど、『俺のお肉はデカいぞ』みたいな、ちょっと下ネタを書いてたんです。セルビア人ってそういう風に言うんですよ。『俺のチェバピは強いから心も強いぞ』って。ジョコビッチ選手は理解してくれると思って書いたら、案の定爆笑してくれたんでよかったです」

ジョコビッチのインスタに乗った男。

 この特別練習の様子はツアーの公式サイトにも掲載され、セルビアのメディアもニュースに取り上げた。吉田の下には、セルビアの知人からも次々に連絡があったという。そしてジョコビッチは自らのインスタグラムに吉田とのツーショット写真とともに長文のメッセージをつづった。

「今日はこの男に本当に楽しませてもらった」

「世界中でたくさんの人に会ってきたが、こんなに情熱的で熱烈な人間はいなかったかもしれない」

「とにかくたくさん笑わせてもらったよ」

 夢の対戦から4日後、吉田は決勝戦を観戦しに行った。

「ジョコビッチ選手の陣営にあいさつに行って、ありがとうと伝えました。優勝したジョコビッチがコートから出ていくときに、スタンドから『Nole!Nole!』と呼びかけたんですけど、その時は反応してくれなかった。だから、そこであらためてジョコビッチ選手とコラボできたのってあり得ないことだったんだと実感しました。それぐらい難しいことだったんだなと」

 世界最高の壁であるジョコビッチは、日本のファンの期待に応えて大会初出場初優勝を飾っただけでなく、彼からすればどこの馬の骨とも分からないプレーヤーの要求まで受け止め、想像以上の“リターン”を返し、日本を離れていった。

チェバピを100個用意して。

「自分のコンセプトは子供たちに夢を与えること。そして、テニス界を盛り上げること」

 吉田は7月には西岡良仁にもSNSを通じて呼びかけ、「練習は無理だけど食事なら」と一緒に食事するところまでこぎつけている。一方でYouTuberとしてはまだ駆け出しゆえか、相手の迷惑をかえりみない無鉄砲な動画では批判を浴びたこともある。

「その動画では確かに言葉遣いも悪かった。相手に断らずに勝手にYouTubeに載せたのも悪かった。一番ダメだったのは子供たちがあれを真似する可能性があること」と反省しつつも、最後に「僕はそれぐらいの情熱を見せていきたい」と言ってしまうのは、吉田伊織のキャラクターのせいなのか、それともYouTuberとして生きることを決めた人間の宿痾なのか。

 世界1位と対戦した今回の出来事を上回るインパクトはテニス界ではそうそう見当たらない。吉田が語る「4大大会優勝」ですら、サプライズ感では及ばないかもしれない。この先に彼は何を見せていくのだろうか。

 とりあえず、ひとつだけ決まっていることがある。

 大会後、ベオグラードにあるジョコビッチの経営するレストランから、吉田のアカウントがフォローされた。フォローを返すと、すぐにメッセージが届いた。その内容はシーズンオフにチェバピを100個用意して吉田の来店を待っているという招待だった。

「だから12月にはセルビアに行く予定でいます」

 その時、また吉田はジョコビッチに会えるのだろうか。

(「テニスPRESS」雨宮圭吾 = 文)