1校から6人のプロ志望届を提出――。

 野球は9人で行うものだから、ということよりも、それが慶應義塾大の野球部だから、ということの方が驚きを持って見られることだろう。

 今年は高橋佑樹、津留崎大成、郡司裕也、中村健人、柳町達、植田将太の6人がNPBのドラフト指名対象であることを示すプロ志望届を提出した。高校、大学の中でもっとも多い。

「たまたま今年は野球継続の意志が強い選手が集まったというだけですよ」

 そう話すのは大久保秀昭監督だ。

 昨春の東京六大学野球春季リーグのベストナインである河合大樹前主将を筆頭に、秋春連覇を成し遂げた昨年の4年生は一線級での野球継続者はゼロ。かつてはドラフト1位が有望視されながらも三井不動産に就職した志村亮という左腕もいたように、大学までやりきった野球とは違う夢を見つけ、その世界に飛び込んでいった若者がいることは珍しくないチームだった。

野球の考え方が変わった4年間。

 そんな過去や背景があるからこそ、「6人」という数は偶然のように思えない。 

 何か共通する思いがあるような気がしていると、プロ志望に至った要因を柳町と郡司は「4年間の成長」と教えてくれた。

「“練習でやったことしか出ない。練習がすべてだぞ”ということを身に沁みて感じました。その中で“もっと上があるんじゃないか”“そこに挑戦したい”という気持ちが強くなりました」(柳町)

「大久保監督が捕手出身ということで、野球観というか、大局を見て流れを読む野球ができるようになりました」(郡司)

 スマートなイメージもある慶應大だが、野球については「慶應の良さは、自分が下手なことを理解して練習して上手くなっていく文化・土壌があること」と大久保監督が話すように、泥くさく、ひたむきに取り組んでいる。

出遅れを成長につなげた津留崎。

 ただやみくもに練習量が多い、というわけではない。いわゆる「オフ期間」は厳しい定期テストがあるため、春秋それぞれの早慶戦後から約2カ月ずつあり、年間通せば年間の約3分の1がそれに当たる。

 それでもその期間は何もしないわけではない。監督・助監督は一切関与しないが、選手たちは時間を見つけて練習やトレーニングを行う。意識の高い選手ほどその期間に成長を遂げることができ、高校時代の実績が甲子園からは程遠いような一般入部の選手たちの活躍も目立つ。

 高校3年夏に最速144キロを投げていた津留崎は、入学前に断裂した右肘内側側副じん帯の再建手術(トミー・ジョン手術)を受けた。当初はリハビリをこなす毎日だったが、栄養学やトレーニング学を自ら学び、現在では筋骨隆々の体格から最速153キロを投げるまでに成長した。

 昨秋に6勝、今春4勝を挙げたエース左腕の高橋は「自分で何をするかを決めて練習できる環境なので、野球のことを考える時間も自ずと増えますし、野球の楽しさとか深さを知ることができました」と振り返り、「慶應に来て、本当に良かったなと思っています」と笑った。また、競争も激しいことで「他のみんなも頑張っているから少し気を抜いたらすぐ抜かれてしまうし、自分でやっているから言い訳はできません」と、自主性と緊張感のバランスの良さが成長に繋がったと話した。

グラウンドだけで人は育たない。

 また、オフ期間は個人で時間を作れる分、その期間をテストに向けて他の体育会学生と一緒に対策を練ったり、母校へ挨拶に帰ったりと、さまざまな人に会って見識を広めるようなことも可能だ。

「野球から離れていろんな人と接して、野球に繋がるものでも繋がらないものでも、自己成長のための時間にして欲しい。僕の恩師である前田祐吉監督も仰ってましたけど『グラウンドだけで人は育たない。教室や机の上だけでも育たない』。だから僕は学生たちが『野球を取ったら何も残りません』『野球しか知りません』と簡単に言う人間になって欲しくないんです」(大久保監督)

自ら考えて動くことが大前提。

 そんな過程や背景があるから、今回の6選手たちが「野球でもっと高みを」と思うことは、決して「野球しかない」ということではない。あらゆる可能性の中から野球を一番の重きとすることを選んだからに過ぎないのだ。大久保監督も彼らのその強い意志を最大限に尊重する。

「もしかしたら、“企業を下に見るんじゃない”とか“慶應の価値はそんなものか”と言われる方は、いるかもしれません。でも(プロに入るには)縁とタイミングと本人の意志が一番大事なことで、その自己判断ができるチームでないといけないと思います。“学校のプライド”で本人の可能性を摘んでしまうことを僕はできないかなと思いますね」

 日頃から、やらされているのではなく「自ら考えて動くこと」を大前提としているからこそ、それは進路決定においてもブレることは無い。

プロになるための時間ではない。

 一方で大久保監督は、プロを目指す選手たちに勘違いだけはさせないようにしている。

「自分の夢は大事だけど、学生野球は(最後の)この1年しかない。彼らがプロ野球選手になるために僕らは活動しているわけではありません。6人以外の同期40人くらいはほとんど野球を完結させるわけですから、そんなことは野球のルーツ校であってはなりません」

 そのことが表れているようにチームは、秋季リーグ戦でここまで2カードを戦い4勝無敗。13日から開幕6連勝中の法政大との天王山を迎える。「誰でも主役になれて、誰かがミスしても誰かがカバーをできるチーム」と強打の右打者・中村が語るように結束力は強い。

 野球の面白さや奥深さを追求し続ける6人と、野球人生を有終の美で飾ろうとする4年生たち。多種多様な道を進む彼らが一丸となって優勝を目指す姿には、単純な勝ち負けだけではない魅力が詰まっている。

(「大学野球PRESS」高木遊 = 文)