マウンドに立つジャスティン・ヴァーランダーの姿に精気がなかった。速球に凄味がなく、スライダーに切れがなく、カーヴが落ちない。こんなヴァーランダーの姿を見るのは、故障に苦しんだ2015年以来のことだろうか。

 10月8日のALDS(ア・リーグ地区シリーズ)第4戦。自軍アストロズの意外な苦戦に奮い立ち、志願して中3日で先発した36歳のヴァーランダーは、初回からレイズ打線につかまっていた。

 トミー・ファムには、左中間へのソロ本塁打を許した(チェンジアップが変化しなかった)。トラヴィス・ダーノーには、曲がらないカーヴを三遊間に運ばれた。ジョーイ・ウェンドルには、切れのよくないスライダーを右翼線に弾き返された。いきなりの3失点。7イニングスを1安打無失点に抑えた第1戦とは別人のような乱調だ。

アストロズ絶対優勢のはずが。

 シリーズ開幕前の下馬評では、アストロズが絶対優勢だった。たしかに、選手の顔ぶれや投打のスタッツを見れば、彼我の差は歴然としている。第1戦をヴァーランダーで勝ち、第2戦をゲリット・コールで取ったときは、もはや勝負ありとさえ見えた。

 ところが第3戦で、アストロズ先発三本柱のひとり、ザック・グリンキーが打ち込まれて流れが変わった。瀕死の状態だった弱小球団レイズは息を吹き返し、明日なき戦いを挑む勇気を取り戻した。負けてもともと、身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、と考えたのだろうか、選手の顔つきにも生色がありありと蘇ってきた。

 逆に、3連勝する予定だったアストロズは、泡を食った。グリンキーのあとにウェイド・マイリーを投入したのには首をひねったが、結果的には、9月の防御率が1.50だった新鋭ホゼ・ウルキデまでも、第4戦で無駄遣いする羽目になってしまった。

 レイズごときに、という侮りもあったのだろうが、力ずくでねじ伏せようとした結果がヴァーランダーの緊急登板であり、思いがけないKO劇の招来だった。

意外性がポストシーズンの怖さ。

 この意外性が、ポストシーズンの怖さだ。とくに、3勝したほうが生き残るという短期決戦では、年間162試合を戦い抜く総合力以外の要素が強く働く。運や偶然や時の勢いを軽視すると、とんでもない足払いを食わせられることがある。

 逆にいうと、これら不確定要素をうまく味方につけたチームには、勝機が広がる。たとえば2018年のレッドソックス。新監督アレックス・コーラが、先発の柱だったクリス・セールやリック・ポーセロを惜しみなく救援に投入した采配は、いまも記憶に新しい。

 ALDS第1戦ではセールが先発し、ポーセロが8回に救援した。第4戦ではポーセロが先発し、セールが8回に救援した。ポーセロはALCS第2戦でも8回に救援し、接戦を制するキーマンとなった。

 もうひとり目立ったのは、ワールドシリーズ第3戦で延長12回から登板し、6イニングスという例外的な長さを投げ抜いたネイサン・イーヴォルディ(第4戦に先発予定だった)の奮戦だ。結果的には延長18回、ドジャースのマックス・マンシーにサヨナラ本塁打を許したものの、イーヴォルディの闘志はレッドソックス全員を鼓舞した。シリーズ制覇の原動力は、あのガッツにあったといっても過言ではない。

ヤンキースとしては「しめた」?

 ところがヴァーランダーの場合、男気が空転してしまった。ここがむずかしいところだ。AJ・ヒンチ監督も、よもやヴァーランダーが乱打されるとは予期していなかったのだろう。リリーヴァーの急仕上げにてんやわんやのブルペンを見るだけでも、アストロズの混乱ぶりは明らかだった。これは尾を引くのではないか、と思った人は多いはずだ。

 しかし第5戦、頼みの綱のコールが踏ん張り(8回を1失点。100球目でまだ99マイルが出ていた)、アストロズはかろうじてALCS(ア・リーグ優勝決定シリーズ)進出を果たした。

 ここで気になるのが、先に進出を決めていたヤンキースの反応だ。2019年レギュラーシーズン、ヤンキースは対レイズ12勝7敗、対アストロズ3勝4敗という成績を残している。戦いやすい相手は当然レイズだったはずだが、ALDSが5戦までもつれたことで、アストロズの先発ローテーションはかなり狂った。

 とくに第1戦と第2戦で、ヴァーランダーとコールの二枚看板が使えなくなったのは大きい。ヤンキースが「しめた」と感じてもおかしくはない。

カオス状態はつづくのでは。

 となると、アストロズにとって不可欠なのは、グリンキーやマイリー、そして新鋭ウルキデの奮起だろう。とくにカギを握りそうなのは、グリンキーの出来だ。ポストシーズンをやや苦手とする彼が、本来の力を発揮すれば、勝敗の行方は混沌としてくるのだが……。

 それにしても、ポストシーズンではしばしばこういった異変が起こる。

 ナ・リーグでも優勝候補筆頭と見られていたドジャースが、穴馬ナショナルズ(ブルペンは弱いが、スティーヴン・ストラスバーグとマックス・シャーザーの先発二枚看板が健在だ)の大胆な奇襲の前に苦杯を喫した。

 これから先も、波瀾含みのカオス状態はつづくのではないか。前評判の高かったアストロズ、ヤンキース、ドジャースの3強のうち、ドジャースはすでに去った。ALCSで激突する2強のうちどちらかが、王座への道を歩むのか。それともナショナルズやカーディナルスが、とんでもない大穴を開けるのか。

 先はまだまだ予断を許さないが、私はアストロズの大逆襲に期待している。

(「スポーツ・インサイドアウト」芝山幹郎 = 文)