シンシナティ・レッズの(トレバー・)バウアー投手と話す機会に恵まれました。球種やトレーニングのことなど、野球の話でとても盛り上がりました。

 特に驚かされたのは、彼が24時間ずっと野球のことを考えていることです。物理学が好きな彼の取り組みはマニアックで、レベルの高いものでした。

 シーズンオフの期間に、バウアーはある投手のスライダーを真似したいと考えてトレーニングに励んだそうです。

 同じ球速、同じ回転数、同じ角度で投げれば、同じスライダーを投げることができるはず。そう考えて、「ドライブラインベースボール」という施設へスライダーの習得と自身のピッチングを研究しに行きました。

 シアトルにあるこの施設は、トラックマンのデータを詳細に記録することができます。オフに毎日200球を投げて、その投手のスライダーをコピーすることに成功したと言っていました。

 また、彼は薬指に特殊なリングをつけています。

 ぱっと見は結婚指輪みたいですが、その中にチップが入っていて、ストレス状態や心拍数、睡眠時間、血液の状態、心臓の具合など、全てをトラッキングしてくれるアプリと連携しているんです。体の状態をチェックして「少し寝たほうがいい」、「深呼吸が必要だ」と、パフォーマンス向上につながる行動がわかるんですね。

 彼ほどマニアックな選手は、日本では見たことがありませんでした。こういう選手を生み出すのがアメリカの凄いところだと思います。

日本とアメリカで違う選手の意識。

 バウアーを含めて、アメリカに来て感じるのは選手たちがトレーニングにかける情熱の強さです。

 日米を比較して、治療やリハビリ、トレーニングの手法自体はそこまで変わりません。むしろ、アメリカはマニュアル化されている部分が多く、日本の方が細かく身体を診ているという印象を受けます。

 また、日本人トレーナーにも能力が高い人は大勢います。それはメジャーの多くの球団に日本人トレーナーが所属していることでも証明されています。

 ただ、選手自身のトレーニングに関する考え方、意識の高さは、日本とアメリカで確実に違うと感じます。

高卒1年目で活躍させようとはしない。

 自分の能力を高めようという意識がアメリカではどの年齢の選手も共通して高く、10年、20年とメジャーで活躍することを目指して、日々トレーニングに励んでいるのです。

 その背景にあるのは、自分の代わりがいくらでもいるという危機感でしょう。

 メジャーリーグの下にあるマイナーリーグは、リーグもチームも日本の比ではない数があって、身体能力の塊のような選手が本当にいっぱいいます。彼らはまだ技術が追いついていないからマイナーにいますが、彼らが技術を持った瞬間に一気に成長するのだろうな、という危機感を今年のキャンプで覚えました。

 マイナーの選手は、トレーニングの数値もメジャー以上に厳しく管理されています。ジャンプ力測定もあれば、メディシンボールを投げるスピードも計測します。

 体重は週に1回の報告義務があって、心肺機能や体の可動域の測定もあります。それを基にして、練習のメニューが組まれるんです。

 フィジカルの充実が成長の大前提という考え方があって、4、5年かけてメジャーに昇格させるというビジョンで指導をしているので、成長のスパンが長いです。

 ドラフト全体1位であってもそれは同じで、高卒で1年目から活躍しないと「消えた」と言われる日本とは大きく文化が違います。

目先の結果と10年後の結果は違う。

 実は目先の1年のことだけを考えれば、体を鍛えるようなトレーニングはしないで疲労がない状態を作る方がパフォーマンスは上がります。

 でも、これから長く生き残っていくため、30歳を超えてどういう選手になっていたいかという視点で考えると、シーズン中でもトレーニングは絶対に必要になります。

 だから、中4日の登板間隔でもトレーニングをしている選手ばかりです。

 例えば、マリナーズのエースであるマルコ・ゴンザレスは、登板日の試合後に1時間半かけて筋力トレーニングをしています。次の日も全身のトレーニング、ほぼ休みの日はありません。

 筋肉を落とさないためには、少しずつ刺激を与えていく必要があるのです。当然トレーニングといっても、疲れて試合で力が出せないようなきついメニューはやりません。

次の登板を気にしすぎると体力が落ちる。

 疲労を取らなくていいのか? という疑問もあると思いますが、アメリカの選手たちはそもそも全ての試合に100点満点の身体の状態で登板するのは不可能に近いと考えています。

 僕もコーチから「疲労も何もなく中4、5日でやるのは無理だから。80点くらいの体で1年間戦えるようにするのが大事だよ」と言われました。

 中4日だからと次の登板ばかりを考えてしまうとどんどん体力が落ちていくので、そうならないことを心がける必要があります。そしてオフシーズンは強度を上げて体を一回り大きく強くする。この繰り返しです。

「Training is medicine」という言葉があります。

 つまり、トレーニングは薬、ということです。

 この言葉の意味は、どんなにいいトレーニングでも絶対に副作用があるということです。

 負荷が大きいトレーニングをしたら、それだけのリスクがある。そのリスクを正しいフォーム、適切な重量設定、当日の疲労感など様々な視点から判断し、メリットを最大化し、リスクを最小化するためにトレーニングコーチがいるんだとマリナーズで教えてもらいました。

筋トレのデメリットをどう見積もるか。

 日本では、疲労との付き合い方として「0か100か」という考え方が強いように思います。

 つまり、副作用があるからやめよう、ということが多かったように感じます。

 日本では、筋トレをしたら体が重くなる、硬くなるから筋トレをやらない、という選手が多くいました。

 たしかに、トレーニングをすれば24~48時くらいは体が重く感じます。硬くなっているように感じることもあります。一時的に筋肉の弾性や滑走が低下し、「硬くなったと感じる」ことが2、3日続くと言われています。

 そのデメリットをすごく悪いものと考えると、ランニングなどのメニューを選ぶ方がいいという考えになります。

 たしかにランニングやチューブエクササイズなら筋肉痛は起こりにくいですが、一時的に身体が重く感じるというデメリットを抑えようとした結果、長期的な視点で得られるものも少なくなります。

 今やっている練習はトレーニングなのか、コンディショニングなのか、エクササイズなのか、スキルなのか。それを選手が理解した上で切り分けて行う必要があると思います。

 ちなみに、個人的にはランニングをトレーニングと思って取り組んだことはなく、あくまでもコンディショニングの位置付けです。

 もちろん、僕自身はランニングもチューブトレーニングも大切にしていますし、ほぼ毎日取り入れています。つまり、何を練習の「目的」としているかを見極めた上で練習をする必要がありそうです。

「一戦必勝」と、未来への投資の両立。

 トレーニングの大原則のひとつに「過負荷の法則」という言葉があります。

 やはり今の自分よりも少しでも負荷をかけていく事で、心身共に成長出来ると考えています。

「フィットネス」-「疲労」=「パフォーマンス」

 という考え方がありますが、疲労を取ることばかりに意識を向けてしまうと、トレーニングが出来ずフィットネスが落ちてしまい、結果パフォーマンスが落ちる。それを避けるために、トレーニングとコンディショニングを両立していくように心がけています。

 ここでもやはり、「Training is medicine」です。副作用が0のトレーニングはないので、副作用を最小に抑えてメリットを最大限取りにいくくという考え方が、成長していくためには必要なのではないかと思います。

 僕が日本とアメリカの価値観で大きく違うと思うのは、いつの時点の能力を目指すかということです。

「背水の陣」「退路を断つ」

 こういう言葉は確かに響きも良く、頻繁に僕たちプロアスリートは使いがちです。しかし、同時に将来のための時間的投資と物質的投資を続けていかないと成長は止まってしまうと思います。僕自身も、数年後を見据えた上で今に集中し、成長を続けていきたいと思っています。

(「菊池雄星の「Stand Up」」菊池雄星 = 文)