<酒井俊作記者の旬なハナシ!>

駆けだしのころ、野球評論家に聞いたのか、先輩記者から教わったのか、思い出せないが、CSのファーストステージDeNA戦で阪神の打撃練習を見ていて脳裏をよぎった言葉があった。

「球場の記者席では同じ場所に座って見た方がいい」。打席での立ち位置、バットを構える高さなど見逃しがちな細かな変化に気づくことがある…。そんな話だった。定点観測。観察者としての心構えだろう。

誰よりも阪神を見続けている人がいる。OB会長の川藤幸三さんだ。どの球場でも、練習中、ベンチに定位置がある。横浜スタジアムでは中央前列の右端。5日にCS史上最大の6点差を逆転勝ちし、一夜明けても姿があった。いつものように野手が次々にあいさつしていく。カワさんはボソッと言う。「目が輝いているんか、声に張りがあるんか。選手によって、全然違う。いま、どういう状態か分かる」。身近で接し続ける者だけが分かる感覚だ。

前日、4失点の島本がロッカーへの引き揚げ際、あいさつすると肩に腕をかけて、小声で何やら励ましていた。「切り替え、ですよね」。僕が尋ねると「当たり前やないかい。ああいう日もある。これを繰り返して成長していくんや」とぶっきらぼうに言った。劇的勝利の余韻が冷めない試合前だった。衝撃的な印象を残した快勝だ。カワさんの口調も熱を帯びていく。

「あんな試合はなかなかない。ワシもな、昭和48年の巨人戦。後楽園で10対10や。守備固めで出ただけやけど、あんな試合に関われた。いまでも忘れられん」

1973年10月11日。首位に浮上していた阪神は7-0でリードしたが、巨人に大逆転され、再び2点差を追いつき、勝ち越した。カワさんも8回裏から右翼守備で出場し、意地のドロー。巨人のV9につながる伝説の死闘になぞらえるほど強烈な試合運びだった。

目の前では打者が順番にフリー打撃を行っていた。福留、鳥谷が打ち終わると高山、木浪らがケージへ入っていく。不意にカワさんに尋ねられた。

「昨日の試合な、こういう見方もできるなというところがあった。どこか分かるか」

言いよどんでいると、カワさんは続ける。「福留、マルテが全然、目立たんかったやろ。高山、木浪に始まって、若手が頑張って勝った。こういう試合が増えていけば『地力がついた』と言える。世代交代、となっていくんや」。同じ場所で見続けている人が感じた兆しがあった。あの日があったから…。10・5をターニングポイントに変えるためにも、いまを戦い抜く。