7月30日、不世出の名馬ディープインパクトが世を去った。Number987号の秋競馬特集では、忘れ得ぬ王者をメインテーマのひとつに据え、改めてその偉大な事績に思いを馳せることにした。

 となると、全14戦の鞍上を務めた武豊騎手に話を聞かないわけにはいかない。そこで実現したのが、ディープの国内唯一の敗戦である2005年有馬記念でハーツクライに騎乗して勝利したクリストフ・ルメール騎手との豪華対談だ。

 せっかくの機会である。写真でも、なるべく2人の様々な姿を見せたい。対談の際のフォーマルなスタイルだけでなく、その朝の調教の合間にツーショット撮影をお願いした。

 調教の日の朝は早い。

 取材陣も、まだ明けやらぬ5時半頃に栗東トレセンにスタンバイした。カメラマン黒瀬康之氏が、まだ朝焼けが残る空に「もしこれですぐ撮影だと、思ったより光が足りないですね」と気を揉むほどの時刻だ。

 ただ、お願いはしてあるものの、武騎手とルメール騎手ほどの大物の時間を2人同時に確保するのは簡単ではない。記事を担当するライターの片山良三氏も、「うまくいく確率は2割くらいじゃないかな」と心配顔だ。

2人が次々に調教に出る。

 6時前、次第に馬やジョッキーがスタンド前に集まってくる。ルメール騎手が姿を見せる。とにかく声をかけ、「Numberです」と挨拶だけはできたものの、すぐに乗りに出た彼が撮影のことまで把握しているのかどうか。正直不安である。

 騎手控え室に向けて、武騎手もやってきた。見間違えようのない長身痩躯。挨拶だけはするが、仕事前のジョッキーにあまりまとわりつくわけにもいかない。武騎手は言葉少なに坂路のほうへ調教に出た。秋シーズン前とあって、競馬記者やテレビもつめかけている。我々だけが取材できるわけではない。果たして2人を同時につかまえることなどできるのか。

 1本目の調教を終えたルメール騎手が帰ってきた。たちまち記者たちに取り囲まれる。武騎手はまだ戻ってこない。あ、もう行っちゃうんですか、ルメールさん……あーあ。時刻はおよそ6時30分。

 武騎手が入れ違いで戻ってくるが、こちらも次々に記者や関係者が列をつくるような状況。とてものんきに声をかけられそうにない。そんな中、片山氏が突撃して予定を確認してくれた。「やれるとしたら、次に戻ってくる7時20分くらいみたいだよ」

ミルコまで乱入して、まさかのスリーショット。

 希望が見えてきた。だがそのピンポイントの時刻にルメール騎手は戻ってきてくれるのだろうか……。やっぱり片山氏の心配が正しかったのだろうか。

 しかし「ちょっとした奇跡」は起きた。

 まさに7時20分。ほぼ同じタイミングで戻ってきた2人は、どちらともなく声を掛け合ってカメラの前にやってきてくれた。2人とも、ちゃんと我々の依頼を気にかけてくれていたのだ。

 心底安堵しながらカメラマン黒瀬氏の後ろからふと見た武騎手のキャップ。そこには「DEEP IMPACT」と刺繍があった。

 取材のテーマに合わせて、選んできてくれたに違いない。時間が合うかどうかもわからない撮影のために、なんという気づかいだろうか。まさに千両役者。そして、ディープへの深い思いも、改めて痛感させられた。

「ちょっとした奇跡」には続きがあった。ツーショット写真撮影中、通りがかったミルコ・デムーロ騎手が乱入。当代きっての花形騎手3人のスリーショットが撮れてしまったのだ。黒瀬氏は大興奮状態でシャッターを切りまくる。

 この「奇跡のスリーショット」も本誌「現役騎手が語る 秋競馬 私のベストレース」の扉ページとして掲載したので、ぜひご覧いただきたい。

スーパーカーの窓があくと。

「うまくいきましたねえ」と百戦錬磨の片山氏もホッとした顔を見せ、我々もいささかテンション高く栗東から向かった先は京都のカフェ「ドットエス」。武騎手邸も近いここで豪華対談の本番を行うのだ。

 豪雨が過ぎ去ってぐずつく空の下、我々がお店に向けて歩いていると、公道を走ってくる某スーパーカーが。このあたりであんな凄いお車に乗っている人はもしや……と凝視していると、ウィンドウがスルスルと開き、武騎手ご本人が!

「今から行くから」

 と手を挙げ、颯爽と走り去っていく。やることなすことかっこいい。

 ルメール騎手もスタイリッシュなスーツを着こなして登場し、朝とはまったく変わった雰囲気で、目論見通りに撮影は進んだ。バッチリポーズを決めた写真、2階の窓から手を振ってもらった少しお茶目な写真、真剣に語り合う表情……。充実したページができると確信した。

 フォーマルな姿の2人がディープインパクトの前にスッと並び立つ写真で、表紙を組んだ。「こういうのはけっこう久しぶりですね。これはいいですよ」とデザイナーも満足そうだ。

「幻の表紙」になってしまったことへの回答は。

 ……え、今の号、そういう表紙だっけ? と思われた方、いらっしゃるだろうか。そう、まさに校了せんとする日、日本中を揺るがす出来事が起きたのだ。

 ラグビーW杯、日本対アイルランド戦で、日本が大アップセットを演じたのである。

 苦渋の決断だった。しかし、この出来事を表紙にしないというのは、スポーツ雑誌の沽券に関わることでもある。かくしてこの豪華ツーショット表紙は「幻の表紙」となった。

 表紙が幻になってしまったことを、我々は真っ先に2人にお詫びした。その答えは……ご本人の許可を得て、ブログより転載させてもらおう。

「節目節目に競馬を真摯に特集してくれる、スポーツ誌「Number」から秋競馬特集号が出ます。ボクは、クリストフと二人でディープインパクトについて、凱旋門賞についてなどなど、熱く語り合いました。クリストフの日本の競馬に対する理解度の深まりと、日本語の上達ぶりは驚くほど。そこも含めて、読んでいただけたらうれしいです。

ちなみに、表紙はボクとクリストフのツーショットだったはずですが、ラグビーワールドカップの、ニッポンの歴史的勝利でそちらに持って行かれたそうです。もちろん、それも納得。次は、競馬が歴史的快挙をやって表紙を奪ってみたいものです。」(武豊オフィシャルサイトより)

 もはや多言は要すまい。武豊とは、そういう男なのである。

 次回もまた、どうかよろしくお願いします!

(「Number Ex」Number編集部 = 文)