金田さんの左手親指に触れたことがある。黄金の左腕を私の眼前に突き出し「ホレ、記念に触らせてあげよう」と笑顔で言った。

 2014年のインタビューでのこと。大きい手で長い指だったが、かつて白球を握った場所は爪と肉がえぐり取られ、ボールの形状をなぞるように曲がっていた。「ワシのカーブは手品みたいなモンよ。投げる瞬間に親指で回転を一度止める高等技術を使ってな」。恐る恐る0・2秒くらい触れると石のように硬かった。「な? あんなに投げるとな。こんなになっちゃうんだよ」。鉄腕と呼ばれた栄光の裏側に隠した苦闘と覚悟を垣間見た気がした。

 野球取材の現場から離れた後、何度も取材をする機会があった。いつも、あったかい人だった。「報知は家族みたいなモンだからな。いつでも連絡くれよっ!」。興味本位で「メジャーで投げていたら」なんて聞いたこともある。「ワシはミッキー・マントルから3打席連続三振も奪ったんだ(1955年日米野球)。みんな長嶋の4打席連続三振ばっかり言うけどさ…。カネダならメジャーなんて屁(へ)でもなかったわい!」

 62年のワールドシリーズに招待された時、試合前日に無人のヤンキー・スタジアムのマウンドに上がったと教えてくれた。「プレートに足を置いたらな。『なーんだ、距離は一緒じゃねえかよ。オレならココでも勝てるな』と思ったな」。ガハハハッという笑い声が今も耳の記憶に響いている。(文化社会部・北野 新太)