それは、6月に日本代表の一員としてコパ・アメリカで戦った南米の古豪とも「またちょっと違う強さ」だったという。

 板倉滉は、オランダ随一の名門クラブの「強さ」を、次のように体感した。

「コパの時はボランチでやっていたので、感じ方が多少は違いますけど、サッカー自体がちょっと違うというか、ウルグアイはカバーニ、スアレスの前が強かった。アヤックスは細かく繋ぐところが上手いし、バリエーションを持って攻めてくる。ウルグアイとはまたちょっと違う強さだなっていうのは、感じましたね」

 9月28日、小雨に霞む、灰色のアムステルダム――。

 エールディビジ第8節。板倉は、ヨハン・クライフ・アレナのピッチに立っていた。目の前にはドゥシャン・タディッチ、ハキム・ジエシュ、ダビド・ネレス――昨季のチャンピオンズリーグでベスト4に進出した3トップに、クインシー・プロメスやドニー・ファンデベークが厚みをもたらし、磨きに磨かれた連動性を発揮して迫って来る。

 敵地に乗り込んだ対アヤックス・アムステルダム戦で、板倉はCBのポジションで先発出場。当初FCフローニンゲンは[4-4-2]の布陣を敷いたが、前線からのプレスがハマらないと見るや、比重を後ろに置く[5-4-1]に変更。マンチェスター・シティからレンタルで加入中の日本人DFは、5バックの中央で、声を張り上げて守備の指揮を取っていた。

「PSV戦の時もそうでしたけど、アヤックスはポジショニングや周りのサポートがやっぱり上手い、と感じました。

 特に11番(クインシー・プロメス)の位置取り。

 ボールの回し方もすごく賢いと思いましたし、選手たちのポジショニングも、こちらからするとすごく嫌なところに立ってくる。タディッチも常に嫌なところに走ってくるというか、掴みづらいところに動いてくるな、というのは感じましたね」

名門クラブの「ちょっと違う強さ」。

 3日前――。

 フローニンゲンはPSVと戦った。今季アヤックスと首位の座を争う強豪との対戦でも、板倉は、これまで試合を重ねてきたエールディビジのクラブとは「ちょっと違う強さ」を感じたという。

 個々の能力、スピード、巧みなパス回し、嫌なところに立つポジショニング――パブロ・ロサリオ、スティーブ・ベルフワイン、デンゼル・ダンフリースといったクオリティの高い選手たちは、要所要所できっちりと点を取ってくる。

負けてもなぜ「楽しかった」のか?

 後半にフローニンゲンがボールを持つ時間帯もあり、70分にラモン・ルンドクビストのミドルシュートで1点を返したが、反撃はそこまでだった。

 アディショナルタイムに、ブルマに駄目押し弾を決められて、終わってみればスコアは1-3。

 力の差を見せつけられた。

 にもかかわらず、試合後、板倉は「楽しかった」と口にしたのである。

「負けたこと自体に言い訳はできないし、すごく悔しい思いはあります。けど、今日の試合では、普段はあまり感じられないような強さの相手と戦うことができたので、開始早々からすごく楽しめていました。

 ただ、その中で結果が勝ちという形で終わることができていれば、もっと良かったと思います。でも、こういう相手とどんどんやって勝っていかないといけないと思うので、次の対戦相手もアヤックスですけど、すごく楽しみですね」

半年間出番無しでも腐ることはなかった。

 1月、北部の商工業都市の中堅クラブに加入した板倉だったが、昨シーズン中は出場機会に恵まれなかった。

 エールディビジの試合に同行しても、ダニー・バイス監督から一向に声は掛からず、ひたすらピッチサイドでアップを続ける日々。それでも腐ることはなかった。交代のために指揮官から呼ばれる当てはなかったが、入念に体を温めた。186cmと恵まれた上背の日本人DFは「今はあの半年間をすごくポジティブに捉えている」と振り返る。

「なかなか試合に出場することができませんでしたが、『どうにか出てやろう』という気持ちで練習からバチバチやっていました。その様子を監督に見てもらえて、結果こうやって先発で起用されていると思いますね。ただ、今も本当に気を抜けない状態です。毎回の練習が勝負。引き続きバチバチやっていきたいと思います」

 耐えた半年間があったからこその充実感、といったところだろうか。

 今季からレギュラーの座を掴み、オランダ1部の公式戦に出場し始めた板倉にとって、PSV戦は初めて臨むヨーロッパの強豪との試合だった。エールディビジの中で一味違うクオリティを持つチームとの攻防に、1人のサッカー選手として、この上ない喜びを感じたようだ。

まるで長谷部誠を見るかのようなプレー。

 もちろん「試合に負けたこと」は「悔しい」。しかしその感情は、ハイレベルな戦いを通して得た充実感まで打ち消すものではなかった。そして、立て続けにアウェイで戦うことになる強豪のアヤックス戦に向けて、板倉は「すごく楽しみです」と話したのだ。

 PSV戦から3日後――。

 すっかり日は落ちて、初秋の冷たい空気が漂うヨハン・クライフ・アレナのピッチに立った板倉。およそ5万人の観衆が見守る中、日本代表CBは高い集中を保ち、アヤックスのアタッカー陣が繰り出す多彩な攻撃に対処していった。

 決してタディッチから目を離さず、この10番を背負うセルビア代表FWのダイレクトプレーに対しても、味方のDFとの連携で守備に穴を開けない。

 24分には、流れるようなパスワークで右サイドを崩してきた敵の攻撃に対して、フィニッシャーのネレスに最後まで食らいつき、左足を差し出してシュートをブロック。板倉を中心に、フローニンゲンの守備陣は、アヤックスの攻撃を跳ね返し続ける。ネレスに個の力で突破を許し、シュートを打たれても、GKセルヒオ・パットが安定したパフォーマンスで最後の砦となった。

 そしてクロスボールはきっちり頭で跳ね返し、ボールを持ったときにはビルドアップの起点となる日本人DFは、まるでアイントラハト・フランクフルトを最後尾から司る長谷部誠のようだった。

0-0だったが、痛恨の退場者が……。

 板倉が振り返る。

「前半は多少のズレがありましたが、後半は修正して、みんなやることはハッキリしていたと思います。ピンチもありましたけれど、後半は前半の修正点を直せていた。DF同士の距離感を一番意識してやっていました。もちろん少し怖さはありつつ、でもやられないだろうな、という気持ちも多少ありましたね」

 後半に入っても、スコアは0-0のまま試合は進んでいった。

 時間が経つに連れてアヤックスは攻撃のギアを上げてきたが、フローニンゲンはGKパットも含め、集中を切らさず戦った。クインシーがドリブルで仕掛けてきても、1対1の場面で板倉がきっちりと対処。そう簡単には穴を開けなかった。

 しかし、73分――。

 ジャンゴ・ワルメルダムが2枚目のイエローカードを貰って退場すると、様相が一変する。

オランダ随一の名門は隙を見逃さない。

 76分、少しプレスが遅れたことで、リサンドロ・マルティネスにミドルシュートを叩き込まれ、これまで耐えてきたフローニンゲンの守備陣は遂に決壊した。誰かが痛恨のミスを犯したわけではない。だが、オランダ随一の名門は、退場者が出た後に生まれたほんのわずかな隙を、見逃してはくれなかった。

 板倉が振り返る。

「ゼロであそこまで行けていたので悔しいですね。退場者が1人出て、みんなはより一層気が引き締まったと思います。ただ、クオリティの高さというか、ちょっとしたプレスの寄せの甘さでああいうシュートを打たれて、それで失点してしまう。悔しいですけど、やられたなという感じです」

 79分には、途中出場のクラース・ヤン・フンテラールに裏を取られて2失点目。元オランダ代表FWの「ポジショニング」にしてやられ、フローニンゲンは、試合を0-2で落とした。

2戦で得た“悔しさ”と“充実感”。

 このアヤックス戦を終えた後の板倉の感覚は、3日前にPSV戦の後に覚えたものとほぼ同じだったかもしれない。つまり、“悔しさ”と“充実感”――。

「やっぱり楽しいですね。集中して戦っていましたが、同時に楽しさを感じながらやっていました。こういうスタジアムで、あれだけ人が入っている中でプレーできることもすごく幸せなことだと思います。このスタジアムに来ること自体が初めてでしたし、こういう環境でできることは幸せだな、と感じましたね」

 もちろん板倉が、まるで欲しかったおもちゃをようやく買ってもらえた子供のように、アヤックスのアタッカー陣との攻防を、無邪気に楽しんでいたわけではない。だが、オランダ代表も国際試合で使用するヨハン・クライフ・アレナで、大観衆が熱い視線を注ぐ中、プレーすることに喜びを覚えないサッカー選手はいないだろう。

 何より、一瞬でも隙を見せれば即失点に繋がるヒリヒリするようなやり取りは、何物にも代え難い充実感を、22歳の日本人DFに与えてくれたのではないか。

 このPSV、アヤックスとの2連戦では、敵の攻撃に晒される最後尾のポジションで出場したからこそ、板倉はCBの選手として多大な経験値を得られたはずだ。

「自分としてはボランチとCB、どちらのポジションもできるのがいいと思っています。今までも両方やってきたので、本職はどちらとも言えないですが、ボランチで勝負したいという気持ちはありつつ、ただ今このCBで出ている状況を嫌だとも思っていないですし、ポジティブに捉えることができています。本当にこういう相手と普段からリーグ戦で出来るということは、自分のためになっていると思いますね」

 そしてPSV、アヤックスの2連戦で体感した、楽しさと表裏一体の怖さ。それこそが、CBの選手の「成長」に必要なものなのかもしれない。

敵PSVの中に堂安律の姿が――。

「こういう相手とやると、守っていてすごく怖さがありますね。どの場所からやられてもおかしくないような状況を常に作られる。そこでどれだけ守れるかは、守備の選手として大事だと思います。特にこの2試合は、もっともっと成長しないといけないと感じましたし、すごくいい刺激になりました。

 もちろんチームが勝つことが一番大事ですが、自分がステップアップするためにも、もっともっと練習からバチバチやらないといけない。そう感じた2試合でしたね」

「ステップアップするために」――3日前に戦ったPSVの選手たちの中には、先を行く堂安律の姿があった。

「律はフローニンゲンで2年間活躍して、ステップアップした。彼の良さはすごく分かっているつもりではいますけど、縦にも中にも入って行ける選手だし、ドリブルで運ぶこともできてパスも出せる、できれば相手にしたくない選手。本当に負けたくなかったというのが正直な気持ちですけど、実際にこうやって戦うことができたということは、素直に嬉しいですね」

 アンダー世代から日本代表で共に戦い、わずか半年間だったが、フローニンゲンでもチームメイトだった戦友が、目の前のビッグクラブの一員として牙を剥いてくることも、板倉にとっては「すごくいい刺激」だったに違いない。

 そもそもエールディビジは、野心を隠す必要のないリーグ。

 わずか中2日と短期間で、PSVとアヤックスという「ちょっと違う強さ」を持つクラブと戦った経験は、板倉の高みを目指す心を、さらに燃え上がらせたようだ。

(「欧州サッカーPRESS」本田千尋 = 文)