岡田武史オーナーは、その人を「ハッシー」と呼ぶ。

 オーナーと同じ大阪有数の進学校、天王寺高出身。ガンバ大阪ユースからトップに昇格してプロになっても、勉学をおろそかにすることなく大阪市立大学経済学部を卒業したインテリのフットボーラーである。

 橋本英郎、40歳。

 遠藤保仁、二川孝広、明神智和とともに「黄金の中盤」を形成してガンバ大阪で多くのタイトルを手にしてきたユーティリティーの元日本代表。戦術理解度が高く、チームに応じて自分の役割を変えていけるのも彼ならではの特長と言えるかもしれない。

 経験豊富なベテランは今季からJFLのFC今治でプレーする。チームの頭脳として欠かせない存在だ。

 今治はJFL昇格3年目となる勝負のシーズンで2位につける。最終的に4位以内(百年構想クラブで上位2位)となれば、J3昇格を決めることができる。橋本はシーズン序盤ケガで離脱していたが、復帰以降は駒野友一とともにチームの先頭に立って引っ張っている。

「おもろない試合になってしまうかもな」

 9月15日、味の素フィールド西が丘。

 勝ち点4差で今治を追う東京武蔵野シティFCとのアウェーマッチは3-1で勝利した。スコアだけ見れば快勝でも、内容を見れば「我慢」を強いられた90分であった。自分たちのつなぐスタイルをやらせてもらえないなかで、どう勝利に結びつけていくのか。ここ3年間、今治に突きつけられている課題でもある。

「おもろない試合になってしまうかもな」

 前半をスコアレスで終えて、橋本はボソッとつぶやいていた。

 シンプルにロングボール主体でこぼれ球を回収して押し込む今治対策を、武蔵野もやってきた。最終ラインを下げられてしまうと、つなぎのスタートの位置も低くなる。こちらもある程度長いボールを使いながら、その持ち味をいつどうやって出していけばいいのかを模索していた。

「どこで落ち着けるかを探ってくれ。サッカーに11人以上はない。必ずチャンスはある。(相手が)出てきたところをしのいで空いたところをつけばチャンスになる」

 ハーフタイムで語った小野剛監督の言葉に橋本は頷いた。

もっと精度を上げて剥がしていける。

 目には目を、フィジカル勝負にはフィジカル勝負を。

 我慢比べを制すには、相手の土俵で戦いつつ自分たちの土俵に引きずり込まなければならない。この点が去年までの今治には欠けていたのかもしれない。

 相手以上に走る、体をぶつける。ベテランのボランチがそれを先頭に立って実践する。

 橋本は周りと連係してボールの回収に励み、攻撃に転じれば2トップにボールを預けて「つなぎの導線に自分が入っていく」イメージで相手を逆にパスワークで押し込んでいく。

 ロング戦法を封じて、崩したシーンは何度かあった。後半に入って2つのPKを含めて3ゴール。自分たちの土俵に引き込むゲームにできたのも、攻守においてまさに「司令塔」となった橋本がいたからだ。

 だが試合後はウーンと難しい顔を浮かべる彼がいた。

「でも、もうひと越えいきたいんですよね。その精度がまだ高くない。相手のバイタルエリアが空いていたので、もっと落ち着いて(ボールに)食いつかせることができたらとは思いました。1つずつ相手を剥がせていけば、最終的には向こうは(数が)足らなくなる。全然できるとは思うので、そこは突き詰めていかないといけない」

 満足はまったくできないが、何とか自分たちのやりたいことをやろうと努めている。その仕草は一方で充実を表わしてもいた。

遠藤保仁と共有する、差をつける時間帯。

 徐々に自分たちの流れに引き込んでいく術は、何となく遠藤に似ている。

 思いどおりにならなくて当たり前くらいの余裕感。バタバタせず、我慢しながら、自分を、自分たちを見失うことなくプレーする。

 以前、遠藤がこんなことを語っていた。

「後半15分ぐらいから40分ぐらいが一番楽しいし、面白い。相手も疲れて集中力も途切れてきて、分かっていてもついていけなくなってきますから。判断、技術の差が出やすい時間帯。そこで賢く考えられる選手でありたいという思いは変わらないです」

 長くプレーしてきた同い年の元チームメイトの言葉を橋本にぶつけると、同意するように深く頷いた。

「分かりますね、その言葉の意味。後半途中から終盤にかけては、確かに差が出やすい時間やと思います。心の余裕をどこまで持って、どう相手を崩していけるのか。僕もありますよ、“後半こっからや、楽しめんのは”って思うことが。秋になって暑さや湿度もなくなってくるので、これからもっと楽しめるんじゃないかって思いますね」

地域とサッカーの好循環。

 ハッシーは岡田オーナーの理念を体現する人。

 愛媛・今治は人口16万弱、タオルと造船の町として知られる。岡田オーナーはこの地で地域密着、国際交流、そして子どもたちの自然教育に積極的な活動を行っている。

 橋本も7月、瀬戸内海にある離島の上島(かみじま)町で「U-12 PUENTE FESTIVAL」を開催した。上島町は彼の妻の故郷。主目的は離島に住む子供たちに対外試合の機会をつくるためだが、IT企業によるプログラミング体験をはじめ最新のテクノロジーに触れる機会を設けた。現役選手による画期的な試みだった。

「島には橋がなくて、生活するのに不便なことも少なくない。でも離島に住む子供たちだからこそのアイデアや発想があるはずで、(ITに)興味を持つきっかけになればいいかなと」

 橋本が企画したイベントには、FC今治も全面協力した。今治でプレーするのは、自分発信のアイデアでこういった社会貢献ができることも理由にある。ひいてはセカンドキャリアを考えるきっかけにもなる。

 社会や地域とつながって、フットボーラーだからこそやれることを考える。と同時に、つながったものを自分のモチベーションとしてピッチで戦おうとする。好循環に身を置くからこそ、「チームの頭脳」が冴える。

Hondaを倒して1位でJ3へ。

 今治の目標は、単にJ3昇格ではない。

 選手で決めた「優勝して昇格」を最後まで目指す。

 天皇杯4回戦で浦和レッズを撃破するなど「アマ最強」の呼び声高い首位・Honda FCとの勝ち点差は8。奇跡の逆転優勝の可能性を少しでも残すには、アウェーでの直接対決(5日、都田)に勝たなければならない。

 橋本は誓う。

「Hondaが勝ち続けてくれているから、こっちも1回勝ったって関係ない、次を見ようとなっている。優勝するという強い気持ちを持って、楽しんでいきたい」

(「サムライブルーの原材料」二宮寿朗 = 文)