昨季、フィギュアスケート男子シングルに現役復帰した高橋大輔が、またも新たな挑戦を掲げた。来年1月からアイスダンスに転向することを表明し、9月30日、パートナーの村元哉中と共に記者会見。2022年北京五輪を目標にした新たなスケート人生について語った。

 アイスダンス転向に向けた心の変化は、実は昨年8月から始まっていたと言う。

「去年の8月、哉中ちゃんがクリス(・リード)と解消してパートナーを探してると聞いたときに、周囲の方から『大ちゃん、アイスダンスやったら』とプッシュされたんです。その時は、自分がやるとは思っていませんでしたが、元々アイスダンスを観るのは好きだったので、引退したら趣味でやってみたいなとは思っていました」(高橋)

「大ちゃんは昔から憧れのスケーター」

 村元は2018年平昌五輪で15位、世界選手権では日本歴代最高の11位と、実績を残し、さらなる高みを目指しパートナーを探していた。村元は言う。

「高橋君がアイスダンスに興味があるとは聞いていたので、本人から直接聞いてみようと思って、今年1月に連絡を取りました。大ちゃんは昔から憧れのスケーターで、音楽の捉え方や1つ1つの動作に、誰にもない個性がある。彼の世界を一緒にアイスダンスで体験してみたいなという思いがありました」

 誘いを受けた高橋だったが、すぐには気持ちは固まらなかった。

「アイスダンサーとしての哉中ちゃんのいちファンだったので、もっと上手い人と組んだほうが素晴らしいカップルになるだろうなと思い、面白そうとは思いましたが、躊躇していました。

 哉中ちゃんはシングルの頃から素敵な表現をする選手でしたが、アイスダンスに転向してからは、表現という部分で自分を解放して楽しそうに滑っている姿をみていました。僕は身長も低いし、ダンス経験もないし、年齢も33歳で、大丈夫かなという気持ちでした」

第一印象は「楽しい」。

 忙しかった2人が、やっとトライアウトを出来たのは今年7月。高橋主演の氷上舞台「氷艶」に村元が出演することになり、7月に新潟で行われた稽古の合間に2人で滑る時間をとった。村元は、高橋のアイスダンスに対する第一印象が「難しくて無理」か「楽しい」のどちらかになると考えていたが、高橋の口から出た言葉は「楽しい」だったという。高橋は言う。

「7月に一緒に滑らせてもらったときに、興味深い部分がたくさんあって、もっとこの世界を知ってみたいという気持ちが強くなって、僕でもいいですかという形で、決断しました」

 実際には、五輪メダリストほどの実績がある選手がアイスダンスに転向することは異例中の異例だ。何が決め手になったのか。

人と組むことの必要性を感じた。

「僕は出来るだけ長く、スケートをして、人前で表現をしたいと思っています。フロアダンスや氷艶とか、他ジャンルとコラボレーションする舞台を経験した時に、スケートの可能性はまだまだあると感じたのと同時に、色々なことを表現するには、1人だけではやっていけず、人と組むことの必要性を感じました。アイスダンスを本格的にやってみることは、自分の表現にとってプラスになるし、伝える立場になった時にも強みになると思いました」

 転向を決意した高橋だが、今季前半は男子シングルのスケーターとして駆け抜ける。

「本当はアイスダンスを今すぐにでもやりたいんですが、前回に(シングルを)現役引退したときがフェードアウトのようだったので、応援してくれた方々に、先に『これが最後の試合』というのをお知らせしてから次に進みたいなと思ったんです。全日本選手権が一番、切りが良いかなと思いました」

4回転も視野に入れる。

 ファンが期待する4回転についても、もちろん視野に入れている。

「まずはこれから3カ月、必死に精一杯やって、やれるところまで行きたいとは思います。ただ、ショートについては4回転は無理なので、フリーでどこまで出来るかです。柔軟に決めたいです」

 来年1月から、アメリカに拠点を移し本格始動する2人。まずは何が課題になるのか。

「とにかくシングルとは全てが違い過ぎますね。靴から違いますし」
 
 アイスダンスとシングルでは、スケート靴の形状が大きく異なる。シングル用では、ブーツの足首はしっかり固定されているが、アイスダンス用は後ろが深くカットされていて不安定になる。またパートナーに当たらないよう、アイスダンス用のブレードはトウピックが小さく、長さも短い。

「距離感の怖さが大変」

「僕は二十何年と滑って来たけれど、近くに人がいて滑るという経験が無いんです。なので距離感の怖さが大変だなと思いました。それにフリーレッグの高さを合わせたり、身体のラインを合わせたり、すべてが課題です」

 具体的な課題の1つはリフト。アイスダンスには男性が女性を持ち上げるリフトがある。高橋は言う。

「2人の身長差が無くて、僕が小さいのが不利な部分ではある。まだリフトの練習はやって無いですが、まず肉体改造からです。シングルはあまり上半身に筋肉がつきすぎても邪魔になるのでウエイトトレーニングはやらないので。来年はバキバキになっているかも」

 それぞれ自分の推定身長は、高橋は164cmで、村元は161cm。身長差が少ないカップルの場合は、女性が男性を持ち上げる「逆リフト」を個性的な技として取り入れるケースもある。

逆リフトを「やっちゃいます?」

 村元は言う。

「(逆リフト)やっちゃいます?  いいかも知れない。男性がリフトする場合でも、女性がちゃんと筋力をつけていないと男性が重く感じちゃうので、私も鍛えないといけません。そういう意味で、逆リフトも有り得るかもしれません(笑)」

 一方で、シングルよりも広い世界も見えつつあるという。

「お互いの力が合わさった時のスピード感は、1人で滑っていると感じられないものでした。カーブでの身体の傾きも、1人では倒し切れないところまで行けるので、1人では感じられない世界観があると思います」(高橋)

「アゴが外れてました」

 村元も2014年にシングルから転向し、ダンスの経験は浅いが、2018年世界選手権では日本歴代最高位の11位を記録した。ダンス歴に関わらず、上位を目指すことは夢では無い。村元は言う。

「大ちゃんの音の捉え方や腕や身体の動かし方というのは、ダンスにそのまま生かせるものです。しかもエッジのブレがなく、エッジワークの良さは、ダンスでこそ一層生かせると思います」

 マリーナ・ズエワが所属するコーチチームは、バンクーバー五輪、ソチ五輪、平昌五輪と3大会連続で教え子をメダルに導いてきた、アイスダンス界でもトップのコーチチーム。

 そのズエワが、高橋が村元と組むという報告を受けて、絶賛したという。

「私がマリーナに言ったら、『え、ダイスケ?』と言って、アゴが外れてました。でもすぐに『絶対に良いわよ』って言って、喜んでくれました」

 来季から競技に参加。2シーズン目に待ち構えるのは2022年北京五輪だ。

五輪を大きな目標の1つに掲げる。

「アイスダンスを始める時に、競技者としてやるにあたり、五輪を(目標に)掲げることはすごく大事なことです。簡単なことではないのは承知の上で、大きな目標の1つとして掲げて目指して一丸となってやるべきじゃないかと、2人でやるとなった時に、一緒に決めました」

 そう高橋が宣言すると、村元も言葉を添えた。

「目標は大きく、目指せるのであればオリンピックを目指していきたいです」

 どんなアイスダンスカップルを目指したいのか。

「まずはパッション系じゃないですか。顔もお互いラテン系というか、濃いめなので。でも色んな世界観が出せるカップルにはなりたいですね」と高橋が言うと、村元もそれに応える。

「自分達の個性を出して、自分たちの世界を造り上げていくことです」

競技かプロかという境目をなくす。

 昨季、現役復帰した時に「表現者として生きていきたい」と言っていた高橋。アイスダンスは彼にとってどんな位置づけになるのか。

「僕としては、競技かプロかという境目をなくしているので、競技者としてオリンピックを目指すことも表現者であることも、違いがないんです。形としては競技者になるし、勝たないと五輪には行けないので順位は意識していきたいと思います。大きな最終目標は2022年です」

 何度も「2022年」という言葉を繰り返す。トリノ、バンクーバー、ソチと3大会で終わりではない。高橋は再び、五輪の舞台を目指す。第二章が始まった。

(「フィギュアスケートPRESS」野口美惠 = 文)