9月26日、高橋大輔が今季の全日本選手権でシングルの競技活動を終了し、来季からアイスダンスに転向して2022年北京オリンピックを目指すという驚きのニュースが発表された。

 パートナーに選ばれたのは、クリス・リードとの組を2018年夏に解消した、村元哉中である。2018年四大陸選手権で3位に入り、日本のアイスダンスチームとして初めてのメダルを手にして将来を期待されていた2人だっただけに、解散のニュースは多くのファンにとってもショックだった。

 日本はシングルでは世界でも有数の大国ながら、アイスダンスやペアを志望する男子選手が少ないため、なかなかカップル競技が育っていかなかった。これまで日本人の女性と海外選手の男性という組み合わせも多く、オリンピック出場に必要な日本国籍も障害になっていた。

 せっかく実力を伸ばしてきた村元哉中は、次は誰と組むのだろうか。北京オリンピックを目指すのなら、是非日本国籍の選手と組んでほしい。そんな懸念の声が聞かれていた中で、高橋とのチーム結成は、あまりにも出来すぎではないかというほどの嬉しいサプライズだった。

ジャンプを見られるのは今季の全日本まで。

 高橋大輔の、あの無駄な力の入らない爽快なジャンプを見ることができるのは今季の全日本選手権が最後、というのは正直一抹の寂しさを感じないわけにはいかない。

 だが現実的に言って、今は4回転ジャンプを3、4種類跳べないと、世界のトップで競っていけない時代になった。

 昨シーズン復帰を果たしたものの、33歳の高橋にとって、どこまで結果が出せるだろうかという思いは、もちろん本人の中にもあっただろう。2018年全日本選手権で2位になり、埼玉での世界選手権の代表に選抜されるも辞退したのは、自身で納得のできるレベルに達していなかったということに違いない。

アイスダンス転向の兆しもあった。

 もともと音楽表現では、世界の誰にもひけをとらないと国際ジャッジからも高く評価されていた高橋である。

 実はこれまでも、シングル引退後はアイスダンスに転向しては、という話は冗談半分に何度か取材中の雑談で飛び出したこともあった。

 そのたびに本人は「いやー」と照れ笑いをして、頭をかいていた。だがその多くの関係者たちが漠然と夢描いていたことが、こうして現実のものとなったのだ。

 さて、ではシングルからアイスダンスに転向する高橋には、どのようなチャレンジが待ち構えているのだろうか。

最大の難関はリフト?

 おそらく高橋にとって、最初のチャレンジはリフトではないだろうか。

 リフトといってもダンスリフトは、パートナーを頭上に上げて片手でバランスをとるペアリフトほどアスレチックなものではない。

 それでも7秒以内のショートリフトと、12秒以内のコンビネーションリフトがあり、パートナーをリフトしながら回転をしたり、身体のポジションを変えたりすることが要求される高度な技である。

 高橋は身長165センチでカップル競技の選手としては小柄なほうで、162センチの村元との身長差はあまり大きくない。パートナーをリフトして滑るためには、かなりの上半身の筋力の強化が要求されることになるだろう。

 おそらく今頃すでに、筋トレに励んでいるのではないかと予想する。

専門家に聞いてみると……。

 ところが、専門家に言わせるとリフトはそれほど問題ではないという。

「実は工夫をすれば、身長差のないカップルでもGOEやレベルが取れるリフトはあるのであまり心配していません。またルールでは男性がリフトしないといけないと言う記載はなく、リフトする方、リフトされる方と言う定義なので」と語ってくれたのは、日本スケート連盟の関係者だ。

男女逆リフトも可能。

 ということは、村元が高橋をリフトするという選択もありうることになる。

 実際過去に、2002年オリンピック金メダリストのマリナ・アニッシナ&グエンダル・ペイゼラ、2010年世界銅メダリストのフェデリカ・ファイエラ&マッシモ・スカリなど、男女逆のリフトを見せ場の1つにしていたトップチームもいた。

 ちょっとお笑い風になるのではと思う人は、是非彼らの映像を見て欲しい。女性がしっかりと足元で男性の位置を固定し、男性がアスレチックなポジションでポーズを保った男女逆リフトというのも、なかなかかっこうよいものである。確かに村元&高橋組の場合、それも選択の1つだろう。

33種類のパターンダンス。

 次なるチャレンジは、ISUが規定した33種類あるパターンダンスの習得だ。

 かつてこれらがコンパルソリーダンスと呼ばれ、全ての組が同じ規定のパターンのみを繰り返す、アイスダンスで最初に行われる競技だった。だが2009/2010年シーズンを最後にこれが単独で競われることは廃止され、代わりにショートダンスの一部に取り込まれた。現在のリズムダンスが、それを引き継いでいる。現在のルールでは、ダンススピン、ダンスリフト、ツイズルなどリズムダンスの必須要素の中に、このパターンダンスがおよそ2周分、組みこまれている。

 もっとも高橋は、特にラテン系のリズムは自他とも認める得意な分野であり、また振付の習得が早いことで知られていた。

 筆者も2012年ソチGPファイナルのバンケット会場で、余興に登場した地元の民族舞踏団が、高橋を輪の中に引っ張りこんだところに居合わせたことがある。

 中心に躍り出た男性が1人で踏むステップを高橋はじっと凝視し、さてどうぞと中央に招かれたときは全くためらう様子もなく、みごとにさまになったステップを披露したのはさすがだった。

 彼にとって、おそらくステップやパターンを覚えることは、さほど難しいことではないだろう。

滑りをあわせるということ。

 もっとも大きなチャレンジは、パートナーと氷の上で滑りを合わせる、ということだろう。前述の連盟関係者は、こう説明する。

「アイスダンスは、最終的にユニゾン(揃えること)とリードです。男性が女性を引き立てるようにリードしなくてはなりません。ユニゾンについても、シングルはクロスオーバーを1つ増やすなど、急なアドリブを入れても問題ありませんが、相手と動く上で大きなアドリブは入れることができません」

 さらに、ダンスホールドを保つために上半身の動きが制約されるというのもパートナーダンスの1つの特徴だ。

「今までは手の動きが自分の自由にできていたものが、両手が繋がってしまい、その中で空間とバランスとユニゾンを保たなくてはならないのです」

多くの試練の先にあるもの。

 シングルに比べてジャンプがない分だけアイスダンスは楽だろう、と思うのはしろうとの考えだ。実は4種目の中で、もっとも持久力が要求されるのはアイスダンスだと聞いたこともある。

 高橋が選んだ道の先には、多くの試練が待ち構えているだろう。だが村元自身も、2014年にシングルからアイスダンスに転向した経験を持つだけに、頼りがいのあるパートナーになってくれることは間違いない。

 2人の活躍によってアイスダンスもテレビの地上波で放映されるようになり、もっともっと日本でもアイスダンスの希望者が増えてくれば、いずれは日本のカップル競技にも素晴らしい未来が待っている。

 村元哉中と高橋大輔の新たなスタートに、大きなエールを送りたい。
 

(「フィギュアスケート、氷上の華」田村明子 = 文)