10月1日に行われる「WBA世界ライトフライ級タイトルマッチ」に要注目だ。理由は、日本人同士の世界タイトル戦、というだけではない。

 スーパーチャンピオンとして2度目の防衛を狙う京口紘人(ワタナベ)と、挑戦者で同級1位の久田哲也(ハラダ)があまりにも好対照なのだ。近い距離での打ち合いを得意とするスタイルこそよく似ているが、ボクサーとして歩んできた道程がまったく違うのである。

 大阪のハラダジムで挑戦者・久田に話を聞いた。

エリート街道を無敗で進む王者。

 トレーナーが構えるミットに、久田がテンポよくジャブと左フックを打ち込んでいく。本来は左利きの久田だが、サウスポースタイルではなく、右構えのオーソドックススタイルをとっている。つまり、ジャブや左フックが利き腕から放たれることになる。

 久田がパンチを打つたびに軽量級とは思えない重い音がジムに響く。

「ウサギとカメみたいな話ですけど、ホントにここまで長かったです」

 額の汗を拭いながら久田が言う。当然、ウサギとカメは、王者と自分のことだ。ウサギとカメ以外にも、早咲きと遅咲き、エリートと苦労人……、対照的な捉え方をされる。

 王者・京口は現在25歳。小学6年からボクシングを習いはじめ、大阪帝拳で辰吉丈一郎に直々に教えを乞いながら、アマチュアボクサーとして技を磨いた。

 大学卒業後にプロデビューして8戦目、わずか1年3カ月という日本最速の記録でIBF世界ミニマム級の王座を獲得すると、すぐに2度の防衛に成功。その後、ひとつ階級を上げてWBA世界ライトフライ級のベルトも奪い、あっという間に2階級制覇を成し遂げた。プロでの戦績は13戦全勝(9KO)。まばゆいばかりのエリート街道を無敗で突き進む若きチャンピオンである。

「やめようと思ったことも一度や二度じゃない」

 一方の挑戦者・久田は、現在34歳。「いつかは世界チャンピオンになる」と高校1年でボクシングを始めてから19年。プロデビューしてからはおよそ16年が経ち、46戦目にしてようやく世界戦に辿り着いた。戦績は45戦34勝(20KO)9敗2分。京口の3倍以上のキャリアとなるが、46戦目にして初の世界戦というのは、平成以降では“最も遅い世界挑戦”となる。

「正直、ボクシングをやめようと思ったことも一度や二度じゃない。30歳の頃は友人にも『もう諦めろ。チャンピオンは無理やろ』って言われて。でも、どうしても諦めきれなかった」

 25歳で結婚して、娘も生まれた。昼間は道頓堀のたこ焼き店でアルバイトをして、空き時間に練習をしながら、夜は堺のラウンジでボーイとして店に立った。将来が見えなかった。

4歳の娘の言葉に号泣。

「生活も不安定でしたし、ボクシングも中途半端でした。試合をしても、ドロー、ドロー、判定負け、みたいな感じで『俺には才能がないんかな。もう終わりかな』って。でも、ある日、4歳の娘に言われたんですよ。『ボクシングやめたいならやめてもいいけど、パパやったらチャンピオンになれる!』って。そんなん言われて、もう号泣ですよね」

「これで最後になるかもしれない」と臨んだ試合の最終ラウンドで、得意の左フックが決まった。

「ふっと肩の力が抜けたというか、勝ち方をつかんだ気がしました」

 久田の快進撃がそこからはじまった。破竹の勢いでKOの山を築き、一時は日本ランキングも圏外になりそうだったボクサーが、気付けば日本チャンピオンになっていた。連勝はさらに続き、5度防衛した時点で、世界を見据えてベルトは返上した。

 直近の4年間の戦績は負けなしの13連勝(9KO)。奇しくも王者・京口のプロ戦績と同じである。

 今年4月の段階では、主要団体のライトフライ級世界ランキングでWBAとWBOがそれぞれ1位、WBCが3位、IBFが9位という、挑戦者として誰にも文句を言わせない位置につけた。

一本歯下駄で二重跳びもこなす。

 久田は、自らをトレーニングオタクと言うだけあって、気になる方法があれば貪欲に取り入れる。

 そのうちのひとつが一本歯下駄だ。スピードスケートの金メダリスト・小平奈緒選手なども行っている一本歯下駄のトレーニングは、アスリートの体幹とバランス力を鍛えるもの。

 不安定な一本歯下駄を履いてロードワークをするだけでなく、縄跳びで二重跳びもこなす。7月には一本歯下駄で金剛山にも登った。

「トレーナーから最初に紹介されたときはまったく信じてなかったんですが、身体の入れ方というか、微妙な体重の乗せ方が変わりました。パンチが確実に速く、重くなりましたね」

去年、双子の娘が生まれた。

 10月末には35歳になる。プロボクサーが引退する平均年齢は23歳だと言われているが、「この歳でまだ進化しています」と言う。

「実際、久田は30歳を超えてから強くなりました」というのは原田実雄会長(77)だ。

「去年、双子の娘が生まれて子どもが3人になって、守るものが増えたのも大きいと思う。京口選手とどちらもパワー系なので打ち合いになるでしょうが、いつも通りの自然体でいけば大丈夫」
 
 そんな原田会長を久田は「父親みたい」と慕う。しかし、好成績を収めながら世界戦が決まるまで1年以上かかったときは、言い争いをしたこともあったという。

 ボクシングに限らず、すべてのプロスポーツにおいて、試合のプロモーションなどは所属先の政治力や資金力が関係してくる。ハラダジムは中小規模のジムだ。現在、久田を除くと世界ランカーどころか日本ランカーもいない。

「正直、移籍を持ちかけられたこともあるんですが、何千回もここに通って、何万発もパンチを打って、それを受けてもらって……。もう家族みたいな感じなんでね。実の父親より会長のほうがよっぽど長く一緒にいますし(笑)」

2人は互いのSNSもフォローする仲。

 この夏は、合宿先のフィリピン・マニラ市内で王者と挑戦者が邂逅するという珍事があった。偶然にホテルのフロアまで同じだったそうだが、聞けば2人は互いのSNSもフォローする仲だという。

「仲良しというわけじゃないんですけど。いいボクサーだと思うし、偉大な王者としてリスペクトしてます」

 それは京口にしても同じようで、「プロで46戦はすごい。久田さんはいい人だし、尊敬もしている」と公言している。

最後は得意の左フックで。

 そんな2人は、過去に一度スパーリングで対戦している。

「2017年の12月です。京口選手がミニマム級で初防衛する直前で、3Rだけ相手をしてもらったんです」

 久田にはそのときの感覚がまだ残っているという。

「当時は彼が1階級下だったんですが、『ガードがしっかりしているな』という印象です。彼のアッパーとこっちの左フックが何度も交錯したのを覚えています」

 今度の試合も至近距離での打ち合いになるだろう。互いに数階級上のパンチ力と言われる相手の攻撃をどれだけかわして、どれだけ耐えられるかが勝負のカギになる。

 下馬評ではチャンピオン有利。だが、チャレンジャーはそうした雑音を気にする様子もなく「楽しみです」と言ってのける。

「1Rから打ち合いという展開も面白い。だけど、気負いすぎて空回りしないように、冷静に。経験を生かしつつ、チャレンジャーとして思いっきり勝負したい。そして、最後は左フックで決めます」

 10月1日、老獪な挑戦者が、高校時代から夢見ていた世界戦のリングに上がる。

(「格闘技PRESS」芹澤健介 = 文)