元横綱朝青龍の甥、豊昇龍が新十両に昇進した。高校卒業後、立浪部屋に入門し、所要11場所でのスピード出世だ。切れ長の目で叔父の朝青龍を彷彿とさせるその顔を、記者会見の席でほころばせていた。

「おじさんにはまだ(昇進報告の)電話をしていません。ちゃんとおじさんに直接会ってから報告したいです」

 という。すかさず傍らの師匠が、

「私からおじさん――朝青龍には話してはあるんですが、10月の2、3日とモンゴルに帰って昇進パーティを開くんです。こっち(豊昇龍)はおじさんを怖がっていて、あまり話が出来ないからね(笑)」

 と報道陣を笑わせた。

絶対に相撲はやらないと思っていた。

 入門以来、帰国するのは2度目となるという。今年、モンゴルの旧正月にあたる2月に初めて帰国。朝青龍は、「まだ早い。十両に昇進するまでは帰すな」と立浪親方に話していたのだという。それでも“親心”で帰国を許可した師匠だったが、直後の3月大阪場所での豊昇龍は、初日に白星をあげたものの3連敗を喫す。

「おじさんから電話が来て、すっごい怒られたんです。『これ以上負けたら許さないからな!』って」

 この言葉に震え上がった甥は3連勝し、見事勝ち越しを決めた。

 思い起こせば、叔父の“朝青龍時代”の活躍を知るも、まだ幼かったゆえに憧れることもなかったようだ。それどころか、「絶対に相撲はやらないと思っていた。周りの力士はみんな大きいし、僕は体が細かったから相撲が怖くて『絶対に嫌だ』と思っていた」と明かす。

日馬富士に感動し、朝青龍に電話。

 母国モンゴルでは、柔道とレスリングの経験があった豊昇龍だったが、叔父の薦めで日本の高校に留学を決意する。日体大柏高校のアスリートコースに進学した。

「相撲をやるか? それともレスリングをやるか?」と叔父に聞かれた豊昇龍は、「相撲はやりません。レスリングで留学したい」とキッパリと答えた。

 しかし、入学直後の5月場所のこと。アスリートコースの生徒らと国技館を訪れ、生まれて初めて大相撲を目にした。体の小さな日馬富士が、大きな相手を一気に持って行く相撲に感動し、「僕にもできるかも」と思った豊昇龍は、すぐさま叔父に電話をしたという。

「『相撲をやりたいです』と言ったら、すっごく怒られました。これは無理だな、と思ったら、次の日の朝におじさんから電話があったんです。『高校の先生には言っておいたから、相撲を頑張りなさい』って」
 朝青龍らしい“速攻技”だった。

SNS越しにかけた激しい言葉。

 高校時代は目覚ましい活躍はなかったものの、プロ入りを決意する。それから約2年の月日が流れ――。

 新十両昇進を射程距離に置く東幕下5枚目で迎えた先場所、7日目のこと。2勝のあとに2連敗した甥に業を煮やした朝青龍は、ツイッターで「相撲甘い!!」「戦うなら殺すつもりで行け!! 出来ないならちゃんこ番やれ!!」などと、甥の尻を叩くかのような連続ツイートが、ファンの間で話題にもなった。

「あの馬鹿たれ見るかな」――との言葉は、甥の豊昇龍を指してのことだろう。

「おじさんのこの言葉で気合いが入りました。落ち込んでいた時に(叔父のツイッターを)見たんですけれど、おじさんは怒ってるんじゃなく、期待して応援してくれてるんだな、と思えました」

朝青龍「あの子は相当行くよ」

 そして、奮起した甥は4勝3敗と勝ち越し、今回の昇進と相成ったのだ。師匠の立浪親方はいう。

「入門前から、朝青龍はものすごく期待していました。『あの子は相当行くよ』とも言ってましたから」

 かつて、モンゴル力士第1号として来日した旭鷲山や旭天鵬らを弟弟子に持った立浪親方は、愛弟子の魅力についてこう語る。

「やはり“精神力”ですよね。実は、先場所もちょっとしたケガをしまして、『休場させようか』とも考えたのですが、結果、出場して勝ち越した。持って生まれた運動神経もそうですが、体幹、足腰も違う。並じゃないです。

 旭鷲山らもそうでしたね。ハングリーだし、私も現役当時、もっと頑張ろうと思えたのは、モンゴルの彼らの姿を見ていたからなんです。豊昇龍は夕方から自主トレもするし、負けた自分の相撲のビデオを繰り返し繰り返し、いつも見ている。『そこまで相撲が好きなんだ。すごいな』と思うくらいです。うちの他の力士たちも、それは感じていると思いますよ」

ヤンチャだった朝青龍から酒のアドバイス。

 現在の相撲界では、同時昇進した琴手計改め琴勝峰ほか、大鵬の孫の納谷など同世代の力士が多士済々。これからも鎬を削ってゆくだろう。

「うちの部屋だけじゃなくて、同世代のライバルにも、きっといい影響を与える存在だと思っています。あとは体重を徐々に増やしてね。まだまだ始まったばかりで、まだまだ上に行く力士だと思うので、大事に育てて行きたい」

 そう言って愛弟子を見遣る親方だった。

 叔父からは、ことあるごとに金言をもらうという甥。「山の上じゃなくて足の下の石を見ろ」「目の前の相手のことだけを考えて、その先は考えるな」。そして、会見後の甥は、大まじめな顔でこう言った。

「酒は飲まないです。おじさんにずっと言われていたのはそれです。『絶対に飲み過ぎちゃいけない』って」

 おそらく、ヤンチャ横綱だった朝青龍自身の経験から来たであろう、この“金言”。報道陣はつい苦笑いするのだが、豊昇龍本人は今までもこれからも、肝に銘じているそうだ。

(「相撲春秋」佐藤祥子 = 文)