「風の街」と称されるアゼルバイジャンの首都バクーで行われた新体操の世界選手権。砂混じりの強風が吹き荒れた大会終盤の9月21日に、日本が歴史的快挙を成し遂げた。

 2種目の合計点で争う団体総合で、女王ロシアにあと一歩と迫る銀メダル。翌日の種目別決勝はボールでロシアを破り、日本団体史上初の金メダル。そして、フープ・クラブでも銀。来年に迫った東京五輪団体総合で表彰台が狙えることを世界中にアピールした。

 新体操といえば欧州のイメージが強い方も多いだろう。実際に長年、五輪や世界選手権の上位は欧州勢で占められてきた。そこで日本が互角以上の戦いができている理由は何か。出発点は15年ほど前に味わった屈辱にあった。

低迷脱却へロシアでの共同生活。

 日本は2004年アテネ五輪で団体出場枠を逃すなど低迷。危機感を強くした日本体操協会による支援の下、改革の先頭に立ったのが1984年ロサンゼルス五輪個人総合8位入賞の山崎浩子強化本部長だった。まずは団体の強化を優先し、それまで主流だった所属クラブごとの強化や代表選考にメスを入れた。

 代表としての活動時間が増えるよう練習や生活環境を整備し、実績よりも体型の良さや関節の柔らかさ、将来性などを基準とした新たな選考方法で全国から選手を選抜。世界基準のプロポーションを持った「卵」たちは共同生活で一体感を養いながら厳しい練習に耐え、徐々に力を伸ばしていく。

 日本は2008年北京五輪の出場枠を獲得し、団体総合で10位。方向性が間違っていないことを信じながら、代表チームは2009年にロシアへと旅立った。

「芸術の街」サンクトペテルブルクを拠点とし、すぐ隣で世界のトップ選手たちが練習するのを目に焼き付けながら質の高いトレーニングに励んだ。

 日本の強化を担当するロシア人のインナ・ビストロヴァ・コーチの指導は徹底している。バレエレッスンを取り入れて演技の美しさに磨きを掛けるだけでなく、普段の生活から美意識を高く持つことを求めた。時間があれば美術館やクラシックバレエのコンサートを鑑賞させ、あらゆる物から美しさを吸収させた。

 演技中の表現力を高めるため、「恋をしなさい」と助言することもあるという。

2017年の銅メダルで成長を確信。

 日本は2012年ロンドン五輪で見事決勝に進み、7位入賞。ただ、当時のキャプテンだった田中琴乃さんは、「日本がどれだけいい演技をしても、メダルは難しいと感じていました。(ロシアなどの強豪は)50メートル走で言うと、相手が20メートルも先にいるようなイメージ」。日本は再び世界と同じ舞台で争えるまでに成長したが、まだ表彰台を現実的な目標にはできなかった。

 2016年リオデジャネイロ五輪では決勝のリボンで最後の大技がうまく決まらず、前回から1つ順位を下げて8位。大舞台で力を出し切るのに必要な安定感が足りていなかった。

 新体操の選手は10代後半から20代前半が主流である。日本チームも代替わりを経ながら、着実に底上げを進めていった。その成長を確信させる好成績が生まれたのが、2017年世界選手権ペーザロ大会の団体総合銅メダルだった。

 この種目で日本が表彰台に乗ったのは2位に入った1975年マドリード大会だけだが、当時は強豪のソ連などが不在だった。ペーザロ大会こそ、事実上初めて日本がトップに食い込んだ瞬間と言えた。

追い風になったルール変更。

 そして、今回のメダルラッシュにたどり着く。

 日本の追い風になっているのが、2018年からのルール変更である。

 新体操は技の難しさを表すDスコアと、正確性や出来栄えなどを評価するEスコアの合計点で争う。昨年以降、それまで10点満点だったDスコアの上限がなくなり、得点は青天井になった。

 今回、日本は団体総合のボールで3位、フープ・クラブはトップの得点をマーク。内訳を見ると、Dスコアはボールがロシアに次ぐ2位、フープ・クラブは1位。伝統的な器用さを武器に、日本は背面から手具を投げたり、片手でキャッチしたりするなどし、世界トップレベルのDスコアをそろえていた。

 高難度の技は失敗のリスクが高まるが、日頃の練習からしっかりミスへの対応を意識。現キャプテンの杉本早裕吏や鈴木歩佳ら、素早く的確な判断力を兼ね備えたメンバーがいるのも大きい。

 本番で誰かがミスを犯しかけても他のメンバーがうまく補い、演技全体の乱れを最小限に抑えることができるようになっていた。今回はメダル常連国のベラルーシやイタリアにミスが相次いだ点も忘れてはならないが、それも日本の勝負強さを際立たせた。

 団体の強さの秘訣を問われると、山崎強化本部長は陸上のリレーに例えて説明した。

「団体は(ミスしかけても)他の人がカバーできる。だから日本のリレーも速いと思うし、団結力が出せる。みんながいることで自信も持てると思うし、そういう強さじゃないかなと思います」

女王を追い詰め、破ったフェアリー。

 8チームによる団体総合決勝。記者兼フォトグラファーとして会場にいた私は、ファインダー越しに日本チームの迫力ある演技を見ながら思わず鳥肌が立った。

 他国の応援団や関係者までもが、日本の演技に大きな拍手と歓声を送っていた。競技の終盤まで、電光掲示板の一番上には「JAPAN」の文字が並んでいた。ロシアは最初のフープ・クラブの得点が日本を下回り、報道陣は「日本が初の金メダルか」と色めきだつ。

 しかし、ロシアはボールで驚異の30.000点をマーク。計り知れない重圧の中、ミスを抑えた演技を実施した精神力はさすがだった。結果はロシアが2種目合計58.700点で団体総合4連覇を達成。日本は58.200点の2位で、その差はわずか0.5点。女王をあと一歩まで追い詰め、日本は過去最高成績に並ぶ銀メダルを手にした。

 その翌日、「フェアリー」たちがやってのけた。種目別決勝に臨んだ日本はまず、ボールで前日を上回る29.550点をマーク。ロシアは全ての技を実施できず28.150点で3位にとどまり、日本が団体史上初の金メダルに輝いた。その快挙を知った瞬間、メンバーは大きな声を上げて感涙した。

審判に強さが本物と理解させた。

 大事な五輪の前年に、日本の強さが本物だと審判に理解させるのに十分な内容と結果を示したことは意義深い。2位ブルガリアと0.2点差の大接戦を制する勝因になったのが、またもやDスコアだった。日本は前日より高い20.900点の演技構成で臨み、相手のDスコアを0.2点上回った。続くフープ・クラブでも日本はロシアに次ぐ銀メダル。こちらも前日よりDスコアを高めたにも関わらず、大きなミスなく演じてみせた。

 日本の強化の1つの終着点とも言える金、銀、銀の3つのメダル。取材中、選手たちが首から下げたメダルが重なり合うたび、心地良い音が響いた。

 杉本キャプテンは「もう、すっごくうれしい。東京五輪でもう一度『君が代』を歌えるように、来年に向けて頑張っていきたい」と意を強くした。

 ひときわ印象的だったのが、ロンドン五輪前から代表として活躍する松原梨恵の言葉である。

「今までフェアリーの方々が積み上げてきた物が、やっと花咲いた。本当にいろんな人の力があって金メダルが取れたと思う。すごく感謝している」

「本当にいろんな人たち」の献身が。

 厳しい練習をともにしながら、表舞台に立つことさえできなかったメンバーもいる。ロンドン五輪の直前には、当時の主力だった遠藤由華がけがでチームを離脱した。

 補充メンバー候補として急きょ招集されたのは、個人の全日本女王だった山口留奈ら。山口は結局メンバー入りしなかったものの、引退後の現在は団体のコーチとして厳しくも献身的な指導で選手の意欲を引き出している。

 そうした紆余曲折を選手の中で誰よりも長く、深く見てきた松原が思い浮かべる「本当にいろんな人」たちは表には出なくとも、現在の強い「フェアリー」をつくり上げている。元キャプテンの田中さんは、松原の言葉を知って感極まったという。

「私もその一員になれたのかなと思うと、ぼろぼろ泣いてしまいました。すごく報われたというか。これまでの先輩方も、同じように心を動かされたと思います」

個人のメンバーも素質十分。

 一方、3人が出場した個人の日本代表は今回、入賞を果たすことができなかった。

 15歳だった2013年からロシアに渡って技を磨き続ける22歳の皆川夏穂は、練習通りの演技を本番でやり切れず、個人総合13位。得意のフープを含め、4種目とも種目別の決勝にも残れなかった。

 ただ、山崎強化本部長は大岩千未来、喜田純鈴を含む個人の面々にも団体メンバーと同様、上位に食い込むだけの素質があると期待している。「みんな、持っているものはすごくある。『絶対にできるんだ』という練習を積み重ねて、試合でやり切ることができれば、もっともっと上に行けると思います」

 東京五輪に向け、日本の看板を背負ったそれぞれの戦いに今後も注目したい。

(「オリンピックPRESS」長谷部良太 = 文)