日本の女子レスリングは弱くなったのか。

 この9月、カザフスタンで行なわれた2019年世界選手権で、日本の金メダルは57kg級の川井梨紗子(ジャパンビバレッジ)が獲得した1個のみという結果を受け、巷ではそう囁かれている。

 果たして本当にそうなのか。

 笹山秀雄女子強化委員長は「そこまで大惨敗だとは思っていない」と反論した。

「(五輪で実施される階級での)メダルは全部で5個取れ、国別では総合優勝することもできました。伝統は守れたと思います」

 その指摘通り、国別ランキングで日本は1位。トータルすれば、世界の頂きの座を他国に譲ることはなかった。しかし、これまでの世界選手権では金メダルラッシュを見せてくれていたことも事実。昨年の同選手権でも4つの金を獲っている。

他国の実力が想像以上に伸びている。

 では、なぜ今回はひとつしか金を獲れなかったか。それは東京オリンピックを翌年に控え、他国の実力が想像以上に伸びてきているからにほかならない。

 姉・梨紗子とともに金メダルを狙った62kg級の川井友香子(至学館大)は3回戦でローリングを狙ったところ、途中で相手に体を入れ換えられた挙げ句そのまま押し潰される形でフォール負けを喫した。これは男子グレコローマン60kg級で優勝した文田健一郎(ミキハウス)が得意としているテクニックだが、筆者が記憶する限り、女子の試合で見たのは初めてのことだ。

 西口茂樹強化本部長は「川井友香子にはローリングをかける時には気をつけろと伝えてあった」という意外な事実を明かす。

「あの子はアンクルホールド(相手の足首を固定してクルクル回り、ポイントを稼ぐテクニック)でも何でもできる子。ただし、今回やったらたぶんズレてパニックになると思っていたら案の定そうなってしまった」

最軽量級でタックルを封じられ。

 最大の誤算は日本のお家芸といえる最軽量級の50kg級で東京オリンピックの出場枠すら獲れなかったことだろう。

 国内で世界チャンピオンの須崎優衣(早稲田大)を撃破。初めて世界選手権に臨んだ入江ゆき(自衛隊体育学校)は3回戦で大技・がぶり返しをくらい大量4失点。さらにバック投げ(プロレスでいうバックドロップ)も食らい、スン・ヤナン(中国)に大敗を喫してしまう。前述の笹山強化委員長はタックルを封じられたことが敗因と分析した。

「入江はタックルの選手だけど、相手は低く構えて入らせてくれなかったので、『とらなければ』と焦ってしまった。そうした矢先に隙間のない体勢でガブられ投げられてしまった。そこでさらに焦ってしまい、『行かなければ』と思ったところで今度はバック投げを食らってしまった」

 タックルに入ってくれば、カウンターを狙う。入江は4月にアジア選手権決勝では快勝している中国選手の術中にまんまとハマってしまったのか。

実績十分の土性、向田も敗戦。

 リオ五輪金メダリストで世界選手権も制覇した経験がある土性沙羅(東新住建)も3回戦で急成長中のタミラ・メンサストック(アメリカ)の前に力尽きた。

 この階級では身長159cmと小柄であるがゆえに自分より背の高い相手との対戦には慣れているはずだったが、今大会ではメンサストックの圧倒的なフィジカルの前に敗れ去ってしまった。

 土性は「弱いから負けた」と潔く敗北を認める。笹山強化委員長は「行こうと思ってもいけなかった」と肩を落とす。

「得意の腕とりタックルにいっても、海外選手も研究していてとれない。そういう攻防を繰り返すうちに、土性は『これもかからない』『あれもかからない』と動きが小さくなっていった」

 昨年の世界選手権53kg級で優勝した向田真優(至学館大)が決勝でパク・ヨンミ(北朝鮮)に敗北したことも痛かった。向田は今年4月のアジア選手権決勝でも同じ選手に逆転負けを喫している。今回は最初から最後まで押されっぱなしだったうえでの敗戦だった。

 西口強化本部長は「負けるとは思っていなかった」と唇を噛んだ。

「実力レベルは向田の方が上だと思ったけど、手だけでタックルに入っていたし、最初から足も動いていなかった。どう見ても向田のレスリングではない」

川井梨紗子、33歳皆川の成長ぶり。

 その一方で収穫もあった。

 笹山強化委員長は今大会から正式に日本チームのキャプテンに就任した川井梨紗子の成長に目を細めた。

「やはり伊調馨選手とああいう試合をして、精神的にすごく強くなったと思います。練習の対応を見ていても、今までとは全然違う。伊調選手との試合を通して自信をつけたんじゃないですかね。これからはムードメーカーとして全体を引っ張る存在になってほしい」

 昨年、一昨年と世界選手権では2回連続銅メダルを獲得した76kg級の皆川博恵(クリナップ)は準決勝で過去鬼門といわれたエストニアの選手を破って決勝に進出。昨年の世界王者アデライン・グレイ(アメリカ)と接戦を演じたうえで銀メダルを獲得したことも朗報だった。

 西口強化本部長は「これまでの皆川は3番がいっぱいいっぱいだったけど、東京では世界チャンピオンも見えてきた」と期待を寄せる。

「人間、ある程度の年齢(※皆川は日本代表の中で最年長の32歳)になっても、皆川のように努力したらここまで伸びるということを証明したと思います」

 飛躍のきっかけは専門コーチに師事しての徹底したフィジカル強化。さらに今年5月には世界の重量級の選手が集まった国際合宿に参加するなど努力の積み重ねがあったことに尽きる。「強豪メンバーの中を勝ち抜いたことは大きい。皆川の成長ぶりにはビックリしました」(西口強化本部長)

川井妹は敗者復活を勝ち抜いた。

 敗者復活戦を勝ち抜き、銅メダルを獲得した川井友香子の気持ちの切り換えも見逃せない。

 今年のアジア選手権で辛酸を舐めさせられたアイスルー・チニベコワ(キルギス)に敗れ、ミックスゾーンに現れた時にはテレビの手短なインタビューをした時点で泣き崩れ、話をするどころではなかった。

「お母さんとお姉ちゃんが泣きながら」

 それからどうやって気持ちを整えたのか。友香子は「自分ひとりだったら絶対立ち直ることができなかった」と振り返る。

「お母さん(元日本代表の初江さん)とお姉ちゃん(梨紗子)が泣きながら『絶対諦めるな』と言ってくれた。気持ちを切り替えるのに時間はかかったけど、家族のおかげでそうすることができました」

 西口強化本部長は「厳しい結果であることは事実」と認める一方で、「克服できないことはない」と前向きだ。

「昨年のアジア大会の時にはこっちもパニックになりそうだったけど(女子は金メダル0という大惨敗に終わる)、あの時ほど先が見えないというわけではない。何を直さなければいけないかは見えています」

 弱くなっていないことを証明する舞台は東京オリンピックしかない。

(「オリンピックPRESS」布施鋼治 = 文)