大坂なおみが初めて世界的注目を浴びたのは、16歳のときのスタンフォードの大会。当時まだ世界ランク400位台の無名選手が全米オープン・チャンピオンのサマンサ・ストーサーを破った。

 その記者会見で、「オオサカというファミリーネームと大阪とは関係があるのか」と聞かれてこう答えたという。

「大阪で生まれた人はみんなオオサカさんなのよ」

 こうして大坂のお笑いセンスは広くメディアに披露されたわけだが、半ば信じた記者もいて、インタビュールームは微妙な空気が流れたとか。そして昨年の全米オープンの優勝会見で、また同じような質問が飛んだ。大坂はニヤリと笑ってこう返した。

「皆さん、準備はいい? 4年前と同じことをこれから言うわよ。大阪で生まれた人の名字はみんなオオサカなの!」

大阪で負けるという「アイロニー」。

 当時を知る人たちは爆笑し、知らない人は戸惑った。「冗談よ」と大坂。北海道で出会ったハイチ系アメリカ人の父と日本人の母が、その後大阪に移り住み、姉のまりに続いてなおみが生まれた。なおみが日本で、大阪で暮らしたのは3歳までだ。複雑なバックボーンを笑いの材料にしていたのは、単に無邪気だったのか、それとも……。

 以前、大坂は「私にとってのジョークはみんなの注意をそらすための防衛機能みたいなもの」などと意味深発言をしたことがある。

 大坂は深く語れるほど大阪を知らない。しかし、遠く離れていながらずっと意識せずにはいられない町だった。だから、大阪で開催された先週の東レ・パン・パシフィックオープンであんなことを言ったのだ。

「私が大阪で負けるのって、なんか<アイロニー>よね」

東レPPOでなぜか勝てなかった。

 アイロニー=皮肉。しかし皮肉な結末など心配すらさせない強さで、大坂は8カ月ぶりのタイトルを生まれ故郷の大阪でつかんでみせた。

「大坂が大阪で負けた」となれば、リベンジのチャンスはおそらくもう訪れない。この大会の本来の開催地は東京だ。会場である有明コロシアムの改修工事の完了がわずか2週間ばかり間に合わないという歯痒い理由で、今年限りの開催地となったのが大阪だった。

 アイロニーといえば、そもそもこの大会との関係がそうだったかもしれない。全米、全豪、BNPパリバというビッグタイトルを持つ大坂が、決勝で唯一勝てなかったのがこの大会だ。しかも2度。母国の大会であるというだけでなく、こうした過去の経験が大坂いわくこの大会を「スペシャルなもの」にしていた。

 全米オープンでつかみかけた手応えをここで確かなものにしたい。その大事なタイミングで、大坂はジャーメイン・ジェンキンス・コーチとの契約を解消した。最初の記者会見で「変化が必要だと直感し、一度リセットしたいという気持ちがあった。ジェイが何か間違いをおかしたということじゃない。これからゆっくり次のコーチを見つけたい」と時差ボケのとれない虚ろな眼で語り、より詳しい経緯は聞かれても答えなかった。

多くは語らず理解してくれる父。

 今回、臨時コーチについたのは幼い大坂にテニスとの出会いを授けた父親のレオナルド・フランソワさんだ。プロのコーチがつくようになってもずっと娘のツアーに同行してきた父だから、次のコーチが決まるまでの役割を担うことに違和感はない。

 大坂が「多くを語る人ではないけれど、私のテニスを一番よくわかっている」という父は、今大会中一度だけオンコート・コーチングに登場した。

 普段家族席にすら座らないレオナルドさんとのツーショットシーンは最近ではかなりレアだ。3連敗中の相手、ユリア・プティンツェワとの準々決勝だった。

 プティンツェワが試合終盤に転倒して負傷したのだが、治療の間、対戦相手はコーチをコート上に呼んで話をすることが許されている。すでに勝負は大坂のマッチポイントというところまできていたから、このハプニングがなければ父の出番はなかっただろう。

「私たちの間ではキーワード」

「相手のケガを心配しているのか? だからといってプレーを変える必要はない。今までとてもいいプレーをしているから、落ち着いて、集中してこのまま試合を締めくくりなさい」という内容で、それを実行するために<discipline>という言葉を口にした。鍛錬やしつけ、規律といった意味があるが、この場合は、自制心や自律心といったところだろうか。

「それは私たちの間ではキーワードみたいなもの」とあとで大坂は言った。このワードを耳にすれば、多くを語らなくとも父が何を言いたいのかわかる。どんな局面でも、感情に流されず、やるべきことを遂行する精神的強さは、子供の頃からずっと言い聞かされてきたことだからだ。

 その後、プティンツェワはコートに戻ったが、緩いサーブのあとフォアを大きくはずして1ポイントで試合は終了した。結果的に父のアドバイスは不要だったかもしれないが、その言葉はのちの優勝の瞬間まで生きていたように思う。

不安定な環境の中で8カ月ぶりの栄冠。

 雨の影響でダブルヘッダーとなったこの日は、2時間足らずの休憩をはさんで準決勝が行なわれたが、世界ランク24位のエリーゼ・メルテンスを6-4、6-1で一蹴。翌日、一昨年のファイナリストでもあるアナスタシア・パブリュチェンコワとの決勝では、ファーストサーブからのポイント獲得率100%を記録し、一度もブレークポイントすら握られない安定感を見せた。

 強い風が舞うコンディションの中でも苛立たず、力強く、我慢強く戦う姿は絶頂期を思わせた。最終ゲームでパブリュチェンコワのドロップショットに全力で食らいついてクロスへ決めたウィナーは、1ポイントへの執念、勝利への決意の塊だった。

 臨時のチーム体制に、臨時の開催地。不安定な環境の中でつかんだ8カ月ぶりの栄冠。このレベルのプレーヤーたちを迎える舞台としては決してふさわしいとはいえない大阪の会場で、誰よりも勝ちたいという気持ち、高いモチベーションを抱き続けていたのが大坂だった。

「この優勝はとても大きな意味があると思っている。ずっと調子が上がらなかったけれど、ここですべてが噛み合ったのは運命のような気もします」

 そして優勝会見の最後にこんな話をした。

「大阪に住んでいたときのことはほとんど覚えていません。覚えているのは、お母さんが姉と私をどこかの公園に連れて行ってくれて、そこで肉まんを食べたことくらい」

コーチ候補について代理人は……。

 なんとかたぐり寄せることのできる楽しい記憶と、大阪で生まれたという事実以外に、やっと大阪との密接な関係を自ら築いたオオサカさん。「大坂が大阪で勝つ」ということに込めた思いが、単純な言葉遊びであったはずがない。

 この出来事は、残りのシーズン、さらには来シーズンに向けてどんな影響を及ぼすだろうか。こんなにうまく噛み合ったのだから、このままのチーム体制でいけばいいじゃないかという見方もあるかもしれない。

 しかし長い目で見れば、技術面、戦術面を支えるコーチが必要なときが必ずくる。代理人のスチュアート・ドゥグッド氏は、「次の大会もこの体制で臨むと思うが、次のコーチは多くの候補やオファーの中から絞り込んでいる」とだけ話した。

 行く手には大きな選択、大きな変化が待っている。この優勝がそれらを成功へ導く扉になればと願う。

(「テニスPRESS」山口奈緒美 = 文)