A&Fという会社を知っているだろうか。ひと言でいえば、アウトドアグッズの輸入販売を手がけている会社である。

 バックパックブランドの「ミステリーランチ」や、キャンプ用品の「ロッジ」など、高品質で知られるブランドを取り扱い、アウトドア界ではかなり知られた存在となっている。

 現在は扱っていないが、バックパックブランドの「グレゴリー」をいち早く国内に紹介した会社といえば、なるほど、とうなずく人も多いかもしれない。

 そのA&Fが、近年、本の出版を行っている。それも、どこかの出版社と組んだわけではなく、完全に独立事業として。それでいて、出す本のクオリティが異様に高い。今年は定期雑誌として思想誌の刊行まで始めた。

 なぜ、アウトドア製品輸入会社が出版を?

 なぜ、この出版不況の時代にあえて?

 本作りなどしたことのないはずの会社がどうしてこのクオリティを?

 会社の創業者であり現会長、そして出版事業を始めた当事者でもある赤津孝夫さんに、その尽きぬ疑問をぶつけてみた。

アウトドアは「カルチャー」だから。

 どうしてアウトドアの企業が本作りを始めたのか。

「よく聞かれます(笑)。うちは創業42年になるんですが、創業当初には洋書の輸入販売もやっていたんです。それがけっこう売れていましてね。当時はアメリカでアウトドアムーブメントが盛り上がった時代で、でも、その情報は日本にはまだまだ入っていなかったんです。

 アメリカのアウトドアというのは、カウンターカルチャーとしての側面が強くて、ただ野外で遊ぶだけではなくて、思想的なこととか哲学的な部分も重要な要素だったんです。

 スティーブ・ジョブズが言った『Stay Hungry, Stay Foolish』という言葉がありますよね。あれはジョブズのオリジナルじゃなくて、『ホールアース・カタログ』という、当時のアメリカン・アウトドアのバイブル的な本に載っている言葉なんですよ。

 私たちが扱っているアウトドア用品は、そういうアメリカのカルチャーをバックグラウンドにもったものが多いので、ユーザーの方も知識がほしかったんじゃないかと。そういう経験が、現在の出版事業の根底にはありますね」

 A&Fが出版事業を始めたのは2014年。これまでの5年間に23冊の本を刊行しており、そのうち半数の11冊が海外原著の訳書である。刊行第1号は、『アウトドア・サバイバル技法』(ラリー・D・オルセン著)という本。

「この本、アメリカで半世紀も読まれている大ロングセラーなんです。じつはこの原著を、創業当初に輸入していました。ほかにも、ロープワークの本とか、釣りとかナイフの本とか、私たちの商品を買ってくれるお客さんが興味をもちそうなテーマの洋書をいくつも輸入していました。

 趣味のモノって、好きな人はその文化とか背景にも興味が湧きますよね。だから私たちも、モノを売るだけじゃなくて、情報の需要にも応えたいし、そういう部分を知ってほしいという思いもありました。

 だから本にはずっと興味があったんですが、出版を事業として始めた直接的なきっかけは、『アウトドア・サバイバル技法』がアメリカで今でも売られていることを知ったことです。やっぱり本というのはいいな、廃れない商品だなということを再発見したんです」

とはいえハードルは高いはずだが……。

 とはいえ、出版というのはいうほど簡単な事業ではない。独自に本を作って、取引のあるアウトドアショップなどに並べれば確かに販売はできるが、書店に置かれなければ広がりはもたない。

 書店で販売するには、取次という本専門の流通業者を通す必要があるのだが、その取次が新規の取引先をなかなか受け入れないというのは、出版業界では知られた事実。よほどの覚悟がないと、まずこのハードルを越えられないのが普通だ。

 A&Fもその例にもれず、本は作ったものの、当初は書店で販売することはできなかった。1冊作って独自に販売した実績をもって、小さな取次業者との取引がようやく可能になり、少しずつ販路を広げて今にいたる。

ブランドには唯我独尊の部分が必要。

 付き合いのあるアウトドア系出版社などに交渉して本を刊行してもらうという手もあったはずだが、わざわざ苦労の多い道を選んだのはなぜか。

「うーん、そこはこだわりというか……。他の力を借りてやっても自分たちの財産にならないし、そうすると自分たちの力が発揮できないんじゃないかと思うんです。

 ブランド商売を長年やってきて思うんですが、ブランドには唯我独尊的な部分も必要なんじゃないかと。それが、他とは違う一目おかれる存在を作るわけで、A&Fという会社もそうありたいと思ってやってきましたので」

 輸入販売会社が変わることも多いアウトドアブランドの業界で、A&Fは取り扱うブランドをなかなか変えないことで知られる。よいと思い定めたブランドは簡単には手放さず、自社に専用修理工房まで備える態勢で、じっくり時間をかけて育てていく。そういう姿勢がアウトドアユーザーの信頼を得ていることは間違いない。

 本を作るにあたっても同じ。出版社の力を借りては、できあがるものは結局その出版社のもの。それでは自分たちの個性を100%発揮することはできず、ということは、A&Fブランドの確立に寄与する割合も限定的になる——ということだろうか。

カタログも美しいA&F。

 その思いを貫いた結果に違いないのだが、これまでに刊行された本は、普通の出版社にはなかなかできないほどのクオリティだ。

 まず、装丁が非常に凝っている。ハードカバーあり、ペーパーバックふうのものあり、今どきあまり見ない箱入りのものまである。デザインのクオリティも高く、中身を読まずとも部屋に置いておきたいと思わせるような、“モノ”としても質感が高いものが多い。

「そこは土台があったんです。毎年、当社の取り扱い商品カタログを出しているんですが、300ページほどあるカタログの3分の1くらいが、商品とは直接関係ない読み物の編集ページになっています。たんなるカタログとして捨てられてしまわないために、それから商品を取り巻く文化により深い愛着をもってもらうためにやっていたんですが、結果的に、そこに文章を寄せていただいた作家さんとかアウトドアの専門家とかとのつながりが蓄積されていました。

 装丁もそうです。カタログをよりよいものにするために、一流の装丁家さんとか編集者にかかわってもらうなかで、本作りのプロの方たちとたくさん知りあうことができました。そういう意味では、ゼロから出版業を始めたわけではないんですよ」

これまでで一番売れた本は?

「これまででいちばん売れたものですか? それは、昨年2018年に出した『トレイルズ』(ロバート・ムーア著)という本です。全長3500キロくらいあるアメリカのアパラチアントレイルというコースを著者が歩くんですが、その過程でいろいろなことを考えるんです。どうして道ができたんだろうとか、周辺の自然環境のこととか。歩きながら人間の内面や自然のあり方に思いをはせていく過程が描かれているんですね。

 トレイルって、登山道とかハイキングコースという意味なんですが、日本では『道』という言葉には、道徳的な意味とか人生訓的な側面もありますよね。著者もそのような観点に焦点を当てていて、そういうところが日本の読者にも共感されたのかなと思います。

 あとはこれ、『バーバリアンデイズ』(ウィリアム・フィネガン著)。この著者はニューヨークタイムスのジャーナリストなんですが、サーフィンが趣味で、波を求めて世界中を旅していたころの思考を書いています。いわば『トレイルズ』の海版みたいな本ですね。ピュリッツァー賞を受賞した作品で、アメリカではオバマ元大統領が夏に読みたい本としてあげていたくらい有名な本です」

 これらはA&Fという会社の成り立ちからしてテーマ的にふさわしく、わかりやすい本だ。他にも、ダッチオーブンやスキレットを利用したキャンプレシピの本などもあり、これも本業と合致していて、「なぜ、本を」という疑問には答えやすい。

文化思想の定期刊雑誌はなぜ?

 が、今年2019年には『ひらく』という定期刊雑誌の刊行まで始めた。しかもそのテーマは文化思想。登場する筆者を見ると、又吉直樹、佐伯啓思、松岡正剛、東浩紀、先崎彰容などといった名前が並ぶ。内容的にはアウトドアとは関連がない。これはどういうことなのか。

「これは佐伯啓思さん(経済学者、京都大学名誉教授)との個人的なつながりから生まれたものです。『ひらく』は『表現者』という論壇誌の流れをくんだもので、アウトドアとは確かに関係ないんですが、文化思想的なことは僕も感心があるし、雑誌もやってみたいと思っていたところだったんです。

 佐伯さんは保守派の論客ですが、考え方がナチュラルで幅広い。政治的な動きをしない人で、そこに共感しました。だから思想誌なんだけど、政治論はやめようという決まりを設けています。もっと文化的なことをテーマにした思想誌。登場する書き手の人選などは佐伯さんの考えが色濃く反映されています。佐伯さんが中心になっているので、佐伯さんの本といえると思います」

 赤津さんは、アウトドアのカルチャー的側面を積極的に啓蒙してきた、アウトドア界のオピニオンリーダーのひとりでもある。そのため、こう説明されると、あまりにも意外な内容も腑に落ちるところがある。

『ひらく』は年2回刊。いまは第1号が出たばかりだが、赤津さんの頭のなかには、すでに3号までの構想があるという。

大儲けはできなくても損はしないように。

 しかしどうしても聞いておきたいことがある。

 現代は出版不況。良質な本を出してもなかなか売れない時代だ。そこでなぜ本作りを目指すのか。そもそも採算はとれるのか。結局のところ創業者の道楽ではないのか。失礼な質問かもしれないが、これは聞いておかなければいけないことだ。

「疑問に思いますよね(笑)。でも、ビジネス的に無理は決してしないようにしているんです。少ない部数でも損はしないようにコストを計算してやってます。赤字では続かないじゃないですか。

 やりたいことをやるには、続けられる環境はどうしても必要なので、大儲けはできなくても損はしないように、継続できるということをいちばんの目標にしています」

 思い切った事業に見えて、社内体制は意外なほどにコンパクト。編集や装丁などの作業は外注するものの、社内の専任は実質的に赤津さんひとりで、出版エージェントなどとの交渉も自ら行う。

「社員にはそれぞれ担当の業務があるし、かかわる人が多いと業務が複雑になって判断がブレるので」

 これは本業が順調であるからこそできることでもあるはず。近ごろはこうした、本業を別にもつ会社や個人が作る本のなかに、驚くほど質の高いものを見る機会が多い。出版のひとつの未来はこういうところにあるのかもしれない。

「それから、こういうアウトドアに関連した本を出版するのは、私たちのお客さんに対するサービスや販促的な意味合いもあるんです。たとえば、ダッチオーブンを買ってくれた人なら、その使い方には興味があるはずだし、その詳しいことが知れるなら本も欲しいと思うはずですよね。

 逆に、本を読んでダッチオーブンに興味をもつ人もいるかもしれない。こういうことは、道具の販売会社であるからこそできるし、やる価値があることだとも思っています。

 まあ、そういうビジネス的な計算ももちろんあるんですが、根底には、自分が欲しいものを作りたいという思いがあることは確かです。人生のなかで影響を与えられることって、人から学ぶことがいちばん大きいのはもちろんだけど、本はその次に人に強い影響を与えるものじゃないかと思っているんです。

 テレビを見ても忘れちゃうし、ネットの情報もすぐ流れていってしまうけれど、本はひとつの形あるモノとして残っていますよね。匂いとか手ざわりも含めて。やっぱり価値あるメディアだと思うんですよ」

 本を自分で作れることに、すごく満足している――赤津さんの表情にはそんな充実感がにじんでいた。

(「クライマーズ・アングル」森山憲一 = 文)