2017年に『Number PLUS』誌上で掲載された対談記事を、今年7月場所にて
安美錦関が引退されたことを節目とし、特別にNumberWebで再配信いたします。
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現役関取最年長の“曲者”安美錦と、国技館にも足を運ぶという
相撲好きとして知られるミュージシャン・甲本ヒロトが初顔合わせ。
それぞれの世界でキャリアを重ね、現在も第一線で活躍する2人が、
自らの経験をざっくばらんに語り合い、若い後輩たちへエールを送る。

――おふたりは今日が初顔合わせということですが、まずは甲本さんが大相撲を好きになったきっかけをお聞かせください。

甲本「僕らの親や祖父母の世代は、本場所が行われている夕方の時間帯に、必ず家のテレビに大相撲中継が映っていました。必然的に幼い頃から大相撲を見る機会が多かった。仕事を始めて忙しくなってからは『大相撲ダイジェスト』を見る程度になっていたんですが、あるとき、知人に誘われ、両国に行こうということになりまして。実際に足を運んでみたら、国技館独特の雰囲気に心奪われてしまった。大相撲を生で観戦した時の素晴らしさは言わずもがなですが、その世界観に終始圧倒されました。ピンと背筋が伸びるんだけどリラックスもできる。いい意味で心が矯正される印象を受けました」

安美錦「それは嬉しいですね」

甲本「当時から安美錦関にぞっこんでしたよ。今日は何をするのか分からないなと、ワクワクさせてくれるような相撲を取っていたので。休場されると、安美錦関が1人いないだけでこんなにさみしくなっちゃうんだなって思うくらい。本当に相撲界になくてはならない存在です」

――初場所もご覧になりましたか?

甲本「ツアーと重なり国技館には行けませんでしたが、小さなテレビを持ち歩いていて、毎日楽屋やホテルの部屋で、録画したものを何時間もずっと見ていました。夜のダイジェストでは駄目なんです」

安美錦「ありがたいですね」

甲本「ファンの方も僕が相撲好きなことを知っていて、ライブ中に『アミちゃん、今日勝ったよ!』って言われるんですよ。そういう時は、『公共の場所でスポーツの話はするな。お客さんの中には、「今日はクロマニヨンズのライブだから相撲中継は録画して後で見よう!」と楽しみにしているやつがいるんだぞ』って。まあ、それは自分のことなんだけど(笑)」

安美錦「まだまだ辞められませんね」

――安美錦関は現在38歳、関取最年長です。「曲者」と呼ばれるほど多種多様な“技”という個性を持っていて、土俵上ではいぶし銀の輝きを放っています。

安美錦「そう言ってもらえるのはうれしいことです。『曲者』とは『何かしてくれるんじゃないか』と期待されてこその言葉だと思いますからね。『やってやろうかな』という気持ちになります」

甲本「ファン心理としては、『期待』と『予想』という2つがあって、期待には応えて欲しいんですけど予想は裏切って欲しい。そこが面白いところで、安美錦関はそれをちゃんとやってくれるんです」

安美錦「そんなこと言われたら、まだまだ辞められませんね。実は僕は21歳で幕内に上がったときは最年少、最軽量だったんですよ」

甲本「太るのは大変でしたか?」

安美錦「大変でしたね。20年前に部屋に入ったときは親方(現伊勢ヶ濱親方・元横綱旭富士)の付け人をしていて、晩御飯のときもノルマじゃないですけど、みんなのテーブルとは別にテーブルが置かれていて、そこに並んでいるおかずを全部食べなければならなかった。ご飯も5杯。でも朝起きたら体重が減っているんですよ(笑)。それだけ若いときは稽古をしていたということなんですが、なかなか太らず苦労しました」

安美錦「土俵の上では、自分を表現したい」

――甲本さんもスランプや曲作りができないという時期もあったのでしょうか。

甲本「始終スランプですよ。1曲作り終えたら、死ぬまで僕は曲なんか作れないだろうなあって確信するくらい、もう無理だなあって。それは20代のころから変わりません。

 気付けばもう200曲ほど作っていますが、1曲作ると、『もう出てこないだろう』って毎回思うんです。その状態が苦しいかといえば……出てこなくてもいいやと思っているんです。『もう出てこないな』『出てこなかったらバイトするしかないかな』とか、毎回そんな感じで。

 だから、『これまでの29年のことはもう忘れてちょうだい。今日の僕だけ見てください。僕も今日のあなたを見ますから』って。それがたまたま30年続いているだけで、長く続けたからどうっていう気持ちはない。常に、『今日やっているぞ』という気持ちだけ。だからなかなか辞められないんですけどね」

安美錦「辞められなくなりますね。僕もそれに近いです。

 昨年5月場所でアキレス腱を断裂したんですが、9月場所で復帰して相撲を取ったときに、『こういう相撲はみんな望んでいないんじゃないか』と考えることがあったんです。自分でも相撲になっていないなとわかっていましたし、そういう状態で相撲を取るのは、安美錦は横綱や大関を倒すイメージだと思っている方たちに対して申し訳ないなという気持ちがあった。『こういう相撲しか取れないのか』と葛藤しましたね」

甲本「前人未到の領域に足を」

甲本「でも、僕は今の安美錦関の姿を見ていると、むしろ『こんなやり方もあるんだ。こんな風にしていれば続けられるんだ』と可能性を感じます。だからこそ、前人未到の領域に足を踏み入れてほしい」

安美錦「でも、何度も葛藤は感じながらも、心のどこかで相撲を取り続けようと決めてるんですよね。妻も『好きなだけやりなさい』と言ってくれているので、やれるところまでやろうと思います」

甲本「力士になる条件はたくさんあると思うし、みなさんそれをクリアされて土俵に立っている。でも、音楽家ってそこに条件がないんですよね。他人が見て面白いと思えばデビューできてしまう。だからこそ、厳しい条件をクリアしている人たちを見ると背筋が伸びる思いがする」

安美錦「でも、逆に条件がないからこそ、すごいなと思いますよ。自分の中で完成度を上げないといけませんから。そういった意味では、僕も土俵の上では自分を表現したい、自分の相撲を出したいという思いでやっています。なんだかんだいっても国技館の土俵はいいですから(笑)。『あそこに立ちたい』と思いながら日々稽古に励んでいるんです」

甲本「安美錦関は勝負の世界にいながら、そうやって表現もされるでしょう。そういう人にはどうやっても勝てないな」

甲本「自分が楽しいなあっていう極限まで」

――おふたりはそれぞれステージや土俵に上がる際、どんな心構えで向かいますか。

甲本「最近はもう純粋に楽しんでいます。自分が楽しいなあっていう極限まで。『一番楽しいぞ、僕は』、『こんなに幸せなやつを見たことがあるか?』という気持ちで。それを馬鹿だなあと思えばそれでいいと思っているし、調子こいてるなと思われても、『調子こいてるよ。最高に調子乗っているんだもん』って」

安美錦「若い頃は楽しむことも大事にしていて、それが思い切り相撲を取ることにつながっていました。でも、今はとにかく土俵の上では思い切って相撲を取ろうということに尽きる。ただ、やはり勝ちたくなるし、負けたくない。その気持ちが強くなりすぎると、思うような相撲が取れない。難しいところですね」

甲本「『すげえバンドやってるんだぜ』って」

甲本「安美錦関の取り口は、毎回アッと言わせてくれますが、あれはいつ考えているんですか?」

安美錦「あまり緻密には考えていないんですよ。何パターンか頭に入れておいて、その中で何があっても対応ができるようにしています。こっちが有利に立てるような考え方を。もちろん、すべてできるわけではないですけどね」

甲本「勝負は一瞬ですもんね」

安美錦「あとはとにかく思い切って相撲を取る。それだけですね」

――安美錦関は普段、どんな音楽を聴いていらっしゃいますか。

安美錦「以前は車の中でラジオをかけていました。最近はいろいろな音楽を試しているんですよ。たとえば、クラシックをかけてみたり。怪我をした時には、よくブルーハーツの歌を聴いていました。一番聴いていたのは、『情熱の薔薇』。気持ちが落ちてふさぎ込んでいるときに、妻が『歌でも聴きなさい』と勧めてくれたんですが、歌詞がすごく心に響いてきて。

 泣きました。

 情熱の薔薇をいっぱい胸に咲かせるには、結果を出すためには、やはり稽古しかないんだなって。心の奥に答えがあるとはそういうことなんだなと思いました。僕はこの曲のおかげで開き直って稽古に臨めるようになったんですよ。本当におかげ様です」

甲本「ありがたいですね。僕も大相撲から感動をもらっていますよ」

安美錦「相撲も一生懸命やっていれば、見ている方の心に響く。あと、素直に向き合ってやることが一番大事だと痛感しました。僕は相撲が好きで、やりたいことをシンプルにやっているだけ。これからもその気持ちを大事にしたいですね」

――そんなおふたりが、今、後輩のミュージシャンや力士たちに伝えたいことは。

甲本「30年間頑張ってきたから偉いんじゃなくて、今日やっているからかっこいいんだぜっていうことだけですね。僕は『すげえバンドやってたんだぜ』って言いたくないんです。『すげえバンドやってるんだぜ』って言いたいんです。過去形ではなくて、現在進行形。その気持ちは安美錦関からも感じられる」

安美錦「そうですね。稽古すれば上に上がる世界ですからね。うちの親方もよく言うんですけど、相撲ほど稽古すれば強くなるスポーツはないし、頑張った分だけ返ってくる世界。だからこそ、もう少し頑張ればいいのにと感じることもあります。それを言われて気づくのではなく、自分で気づければなおいいですよね」

安美錦「妻に『本当に相撲が好きねえ』って」

甲本「やっぱり、好きこそものの上手なれということをすごく感じます」

安美錦「最近、妻に『本当に相撲が好きねえ』ってよく言われるんですよ」

甲本「それはテレビで見ていてもわかります。一番傍にいる方がそう言うのであれば、本当に好きだという証ですよ」

安美錦「まあ、でもそれでだいぶ苦労をさせているとは思うんですけどね」

甲本「奥様もきっと楽しんでいますよ」

安美錦「怪我でサポーターを巻いてもらったりすると、申し訳ないなっていう気持ちになります。だからこそ、もうひと花咲かせた姿を、幕内に戻った姿を見せたい。それが僕のモチベーションにもつながっています。引退するときは『やることはやった』と思えるようやりきりたい。だからこそ、『今日で最後かもしれない』という気持ちで日々臨んでいます」

甲本「でも、怪我などいろいろ苦労はされていても、やはり楽しそう。『楽』という漢字には2つの意味がありますが、安美錦関は楽(らく)は捨て、楽しみを取っていらっしゃる気がします。これからも相撲ファンとして、安美錦関の相撲を楽しみにしています。応援しているので、ぜひ頑張ってください!」

安美錦「ありがとうございます。ぜひ稽古も見に来てください」

 明日は、安美錦関が現役引退を表明(7月場所)し安治川親方となった後の今秋、甲本ヒロトさんと再会した対談記事を配信予定です。お互いが考えている「引退」について、また、それぞれの音楽&相撲について時を忘れて存分に語り合った全3回のコラムです! お楽しみに!

(「Number Ex」佐藤祥子 = 文)