今月23日、イタリアのミラノで「ザ・ベスト・FIFA・フットボール・アウォーズ」が催される。今年の世界最優秀選手(男女)、世界最優秀監督(男女)などが発表されて表彰を受けるのだが、この中に「ファン・アウォード」というあまり目立たない賞がある。

 2016年に創設され、2016年はドルトムントとリバプールのサポーター、2017年はセルティック・サポーター、昨年はペルー代表サポーターが受賞した。今年は、ブラジルのシルビア・グレッコさん、ウルグアイのフスト・サンチェスさん、今年の女子ワールドカップ(W杯)で自国代表に熱い応援を送り続けたオランダ代表サポーターがノミネートされている。

生まれつき盲目で自閉症のニコラス君の母親。

 シルビア・グレッコさんは、生まれつき盲目で自閉症のニコラス君(11)の母親だ。
 ただし、生みの親ではない。「一人娘が成人したので、もう一人子供が欲しいと思い」(シルビアさん)、子供を育てる能力が乏しい親の赤ちゃんの養子縁組を申し込んだ。シルビアさんの前に、12人の親の候補者がいたが、赤ちゃんに障害があるとわかると皆尻込みした。シルビアさんは、「ニコラスは、私の息子になる運命だったのよ」と言って大喜びで受け入れ、実子と変わらぬ愛情を注いだ。

 シルビアさんは自身がサンパウロの名門クラブ、パルメイラスの大ファン。ニコラス君が幼い頃からスタジアムへ連れて行き、一緒に試合を観戦した。

「ニコラスは試合の様子がわからないから、最初はラジオの実況中継を聞かせていたの。でも、どうもピンと来なかったみたい。それで、私が耳元で、個々のプレーはもちろん、スタジアムの雰囲気、選手たちの顔つきや髪型やシューズの色まで事細かく教えるようになったの。もちろん、愛するパルメイラスが得点したら『ゴール!』と絶叫し、抱き合って喜んだわ。すると、彼も次第に大声で叫んだり、悔しがったり、飛び上がって喜んだりといった自由な感情表現をするようになったの。

 私は、障害者は積極的に社会へ出てゆくべきだし、社会も障害者を健常者と分け隔てなく受け入れるべきだと思っている。今では、ニコラスはスタジアムにいるときが一番幸せ。それは、私にとっても至福の時間なの」

テレビのピッチレポーターが気付いた。

 昨年9月の試合中、パルメイラスのベンチの真後ろの観客席で女性が盲目の少年にひっきりなしに話しかけているのをテレビのピッチレポーターが気付き、2人の様子を映像で流した。それが大きな反響を呼び、後日、クラブの練習場に招かれ、監督、選手らと親しく交流した。今年8月末にはクラブの創立105周年記念パーティーに招かれ、「ファンの鑑」として特別表彰を受けた。今では、パルメイラスのクラブ関係者とファンで彼らを知らない者はいない。

 2人は今月のブラジル代表のアメリカ遠征にも招待され、ブラジル代表のスター選手らと交流。6日にマイアミで行なわれたコロンビア戦で、ニコラス君はエース・ネイマールと手をつないで入場した。 

 ブラジル国歌の吹奏中、ネイマールは右手でニコラス君の肩を抱き、左手で彼の左手を握っていた。シルヴィアさんは、「ピッチに入ったとき、ニコラスは大きな爆竹の音に驚いて、少し怖がっていた。でも、ネイマールがそれを察して、気遣ってくれたの。彼には心から感謝しています」とコメント。

 これを知った国民からは、「このところ公私両面でトラブル続きのネイマールだが、たまにはいいこともするらしい」という声が聞かれた。

首都モンテビデオのライバルクラブ。

 ウルグアイのフスト・サンチェスさんの応援ぶりも、ちょっと普通ではない。

 首都モンテビデオの下町に、セーロとランプラ・ジュニオールというライバルクラブがある。いずれもウルグアイ1部リーグに所属するが、ビッグクラブではない。

 フストさんはセーロの、そして息子のニコラス君はランプラ・ジュニオールの熱心なファンだった。ニコラス君はサポーター・グループに入り、ほぼすべての試合に駆けつけ、大きな旗を振り回し、声をからして応援していた。

ニコラス君が自動車事故で死亡した。

 2016年3月、悲劇が起きた。ランプラ・ジュニオールのアウェーゲームに行ったニコラス君が、帰路、自動車事故で死亡したのである。19歳になったばかりだった。

「私は呆然とした。ニコの部屋に入ると、ランプラの旗やらユニフォームやら選手のポスターなどがたくさんあった。最初は、それらを全部焼いてやろうと思った。でも、よく考えると、ランプラに罪はない。ニコが短い生涯を通じて愛情を注ぎ続けた唯一のクラブだった。

 私は、子供の頃からずっとセーロのファンだった。宿敵ランプラを応援するなんて絶対にありえないこと、のはずだった。でも、ランプラにはニコの魂が宿っているような気がした。

 次にランプラがホームで試合をする日、私はスタジアムへ行き、いつもニコが立って応援していた場所に彼の灰をまいた。そして、生まれて初めてランプラの応援をした。そのとき、自分のすぐ隣にニコがいるような気がした。

『ニコは永遠にここにいる』という横断幕を用意し、それを持ってランプラの試合に行くようになった。ニコがいつも応援していた場所に立ち、フェンスに横断幕を張り、ニコの代わりにランプラを応援する。やがて、ニコと交流があった若いサポーターたちとも仲良くなった。

 私の体には、セーロの血が流れている。しかし、私のハートはニコが愛したランプラのものだ。死ぬまでずっと、私はランプラの試合に来て、横断幕を張り、ランプラを応援する。ニコの魂と一緒に」

誰が表彰されるかなど、重要ではない?

 シルビアさんとフストさん。いずれもサッカーをこよなく愛する南米人であり、片や母親として、片や父親として、くしくも同名の息子への深い愛情をサッカーを媒介として貫く。

 今年の女子W杯で代表チームを熱狂的にサポートしたオランダ人たちも実に素晴らしい。しかし、個人的には、シルビアさんとフストさんのいずれかが今年の「ファン・アウォード」を手にするのではないかと考えている。

 いや、誰が表彰されるかなど重要ではない。大切なのは、我が子を、人を愛する気持ち、そしてサッカーというこの素晴らしいスポーツを愛する気持ちなのではないだろうか。


 

(「熱狂とカオス!魅惑の南米直送便」沢田啓明 = 文)