「大相撲秋場所・9日目」(16日、両国国技館)

 元関脇で関取最年長37歳、西十両7枚目の嘉風(尾車)が16日、都内のホテルで現役引退と年寄「中村」襲名の会見を行った。

 師匠の尾車親方(元大関琴風)と並び万感。「入門した時、37歳まで現役続けられるとは思いもしなかった。尾車親方とおかみさん、最高の部屋の環境でこの年までやれた」と、頭を下げた。12日に引退を表明して4日、「何とも言葉にできない。自分が現役をやめた、親方になった実感はまだわいていない」と今の率直な心境を明かした。

 「ありがたい相撲人生を送らせていただいた」と感謝。一方で「相撲は人生そのものだった。悔いは残ります」と無念さがにじんだ。

 まさか、このタイミングで辞めるとも思っていなかった。6月に地元の大分県佐伯市での合宿中、同市のPRイベントに参加。そのイベント中に右膝を負傷し、ドクターヘリで病院に担ぎ込まれた。

 右膝前十字、後十字靱帯(じんたい)損傷などの重傷で緊急手術。全休した先場所に続き12年ぶり十両に降下した今場所も休場。「土俵にもう1回、立つのは難しい。このケガを負って復帰したアスリートはいない」という診断を「覆してやろう」と思いリハビリを続けたが、もう限界だった。

 「足首に装具を付けなければ歩行することも難しい。あきらめるしかない」と相撲を取るどころではなかった。来場所の幕下陥落は避けられなくなり、今場所中、師匠に「引退させて下さい」と、申し入れ了承された。

 現役16年、現役1位の金星8個を獲得。体も大きくはなく、若い頃は器用で変化技も多用したが、30歳を越え、真っ向勝負1本を貫き、本格化。勝っても負けても全力を出し切る相撲でファンを魅了した力士だった。

 30歳を過ぎ、相撲人生では3つのターニングポイントがあったという。5、6年前、まだ師匠が巡業部長を務めた頃、大阪場所で大負けし、その後、春巡業の初日、伊勢神宮でのことだった。師匠から「嘉風はこのまま終わるのか。幕内上位で名前を覚えてもらったのに落ちるのは早い。稽古してもう1回頑張れよ」と、ハッパをかけられた。それから巡業でも稽古を重ね。番付を再び上げた。

 2つめは「いつかの九州場所」。ケガからの復帰場所で地元から大応援団が来た取組だった。はたきにいく「恥ずかしい相撲」を見せてしまった。その取組後、母から「勝つ姿を見に行ったのではなく土俵に立つ姿を見に行ったんだよ」と伝えられた。「勝つ姿じゃなく、全力で取る相撲を取ろうと思った」と、真っ向勝負を誓った取組になった。

 最後は家族の存在。愛夫人から「あなたと対戦する人はみんな三役に上がっているのに、あなたはなぜ三役に上がれないの?」と素の表情で言われたこと。「妻も家族も悔しい思いをしている。上を目指して頑張りたいと思った」と大きな発奮材料となった。