ポルトガル1部リーグ、マリティモへの移籍が発表されてから約1カ月半。自身の目に映る景色は大きな変化を遂げていた。

 日本とは違う生活。言語。サッカー。

 そのどれもが新たな刺激となり、ひとりの青年を成長させている。

 6月。前田大然は日本代表の一員としてコパ・アメリカに参加していた。昨年、U-21日本代表に招集され、初めて代表のユニフォームに袖を通してから1年以上が過ぎ、南米の強豪が集う世界的に有名な大会のピッチを必死に駆け回っていた。

 しかし、多くの期待を受けながら挑んだ大会は、2試合の出場で得点はゼロ。改めて世界との差、自分の力不足を感じるきっかけとなった。

父親になってすぐ、家族を残して移籍。

 帰国後、前田は1つの決断を下した。このままではいけない。立ち止まっているわけにはいかない。

 来年に迫る東京五輪、その先を目指して歩みを進める必要があると判断した。

「オリンピックに行けるというのが目標ではなくて、オリンピックで活躍するというのが自分の目標でもあった。そういうのを含めて日本を離れる決断をしました」

 コパの大会開幕直前には第一子となる長女が生まれている。父親になったばかりのタイミングで家族を残して移籍するのに躊躇はなかったのかと聞くと、「正直ありましたね」と苦笑いを浮かべる。ただ、真剣な眼差しに戻ると、続けて口にした言葉には確かな信念が感じられた。

「会えないわけではないので。“子供のためにも”という思いで海外に行こうと思いました」

内容が悪くてもゴールを奪えば称賛される。

 不安はなかった。言語に関しても最初からできないのは当たり前。苦労するのは1つの経験と腹をくくった。

 もちろん最初はわからない言葉ばかりだったが、「何を言っているかを覚えておいて、それを家に帰って調べるようにしている」。日本語を教えて欲しいというブラジル人たちと仲良くなり、食事に行っては互いに言葉を教え合う日々。一歩一歩、自分で道を切り開いている。

 また海外でプレーをすることで改めてわかったことがある。それは何よりも“結果”が必要なのだということ。どれだけ内容が悪くてもゴールを奪えば称賛され、どれだけいいプレーをしていても得点を奪えなければ非難される。

「どこに行っても基本サッカーが付いてくる。それだけサッカーに熱い国」と表現するポルトガルは、ことサッカーに関しては結果がすべてだった。

街を歩くと「前田」と言われるように。

 それを理解したのは第3節のトンデラ戦で初スタメン、初ゴールを決めた後のこと。

 本拠地となるポルトガル領マデイラ諸島の都市フンシャルは人口約10万人程度の小さな町とあって、街を歩けばサポーターと鉢合わせすることもある。そんな状況下で、おらが町の選手として得点を取ってくれたとなれば、サポーターの目が変わるのは明らかだった。

「歩いていたら『前田』や『大然』と言われるようになった。得点を取るようになって、活躍するとより見られ方が変わるんだなと思いました。逆に結果を残さなかったらたぶんすごくいろいろ言われると思いますね(苦笑)」

 ただ、その状況を「それはそれで楽しい」と答えられるあたりに前田の実直な人間性をうかがうことができる。綺麗なゴールじゃなくてもいい。自分の特徴を出した中でがむしゃらにでもゴールを奪う。それこそが、いまの自分に必要なことだと受け止めている。

U-22日本代表でのプレーにも変化が。

 先日行われたU-22日本代表の北中米遠征では、以前よりもゴールに向かって仕掛ける回数が増えている印象を受けた。強引にでも突破してシュートを狙うなど、得点にこだわる姿勢という点で確かな変化を感じさせた。

 その変化には「海外でFWならば、結果にこだわってやっていかないと生き残っていけない。より大然自身もそこを意識してやっているのかなと思う」と周りの選手も口にするほど。海外に行ったことで結果への意識は強まっている。

 だが、遠征中に体調を崩したこともあって不完全なコンディションで挑んだU-22アメリカ代表戦は無得点で終了。「僕の課題はやっぱり得点力だと思う。そういうのを含めてポルトガルに行く決断をしたので、課題を克服して一皮むけるためにも試合で点を決めたい」と話していた中で、結果という面でアピールすることができず。悔しさを残して帰路につくことになった。

長女を連れて奥さんがポルトガルに来る。

 今回の遠征を終えて再び前田はポルトガルに戻った。週末にはすぐ試合が訪れることもあって、代表帰りの男がどんなパフォーマンスを見せるのかはマリティモのサポーターも注目していることだろう。

「今のチームでしっかり試合に出て点を取るというのが大事。その先は結果を残さないと生まれてこない。まずは目の前のことに専念したい」

 ポルトガルで新たな一歩を踏み出したアタッカーは、1日1日いろいろなものを吸収しながら成長を続けている。ここでの活躍が未来への準備になると信じて、いまやるべきことに取り組んでいる。

 あと少しすれば、首がすわる時期に入った長女を連れて奥さんがポルトガルに来るのだという。そうなれば、いま以上に家族の力を得て、より責任を背負って目の前の戦いに挑むことになるだろう。

 前田はマリティモの地で快速を飛ばしてピッチを翔ける。娘の生まれた日から決めた13番のユニフォームを背負って。
 

(「欧州サッカーPRESS」林遼平 = 文)