ベルリンはドイツの首都。これは大抵の日本人の方が認知していると思うのですが、この街をなんだか遠くに感じる方が多いとも思います。それは日本の成田や羽田、関空からはフランクフルトやミュンヘンへ飛ぶ直行便があるのに、ベルリンへの直行便が就航していないこととも関係しているのではないでしょうか。

 かく言う僕も、初めてベルリンを訪れるまでは、この地への見識が深くありませんでした。

 1989年にベルリンの壁が崩壊したことはニュースで見て知っていましたが、これはイギリス、アメリカ、フランスの信託統治地であった西ベルリンと、ソビエト連邦(現・ロシア)が統治していた東ベルリンとの境界にあった壁だったことなどつゆ知らず、「西ドイツと東ドイツの境界が取り払われたのかぁ」と勝手に解釈していた始末。後にベルリンはあくまでも東ドイツ領内にあったことを教えられて汗顔の至りと、まったくの無知をさらけ出していたものでした。

オルタナティブな存在として認識。

 さて、ここからが本題です。旧東ドイツ地域のクラブであるウニオン・ベルリン(以下、ウニオン)がクラブ史上初めて1部に昇格し、今季2019-2020シーズンのブンデスリーガで戦うことになりました。

 旧東ドイツ地域のチームが1部でプレーするのは2009年に降格したエネルギー・コットブス以来のことになります。ちなみに2013-2014シーズンから1部に所属するヘルタ・ベルリンは旧西ベルリンに属する地域で発足されたクラブ。またRBライプツィヒの本拠地であるライプツィヒは旧東ドイツ地域ですが、こちらはドイツ統一後の2009年に創設された新興クラブのため、この括りには入りません。

 ウニオンはドイツサッカー界からオルタナティブな存在として認識されてきました。オルタナティブ(alternative)とは英語で「二者択一」という意味ですが、現在では「既存・主流のものに代わる何か」として捉えられていて、昨今は音楽やアート、そしてスポーツの世界でも用いられることの多い言葉です。

旧東ドイツの社会主義独裁政権に抵抗する反体制派

 ウニオン(Union)の(良い意味での)特異性は多岐に渡ります。

 ウニオンの母体は1906年に発足しましたが、第二次大戦後に東ドイツ政府によってクラブ再編が行われ、現在のクラブは1966年に発足したとされています。元々ウニオンは労働者階級の方々を中心にクラブが結成された経緯があり、旧東ドイツの社会主義独裁政権に抵抗する反体制派の心の拠り所として成り立っていました。

 クラブは何万人もの会員(現在は3万人以上とも言われています)が捻出する月10ユーロの会費を下支えにし、彼ら会員の総意のもとで会長などのクラブ経営者が選出されて今に至っています。

「無償の愛」の伝説。

 これ自体はバルセロナなどの「ソシオ制度」と相通じる部分もあって特に珍しくもないのですが、旧東ドイツの当時の国家状況などから何度も経営難に陥ったクラブに対してウニオンのサポーターが示した無償の愛は、幾多の伝説として語り継がれています。

 例えば、ドイツでは献血に報酬制度が設けられていたため、サポーターが自発的に献血を行って、その報酬をクラブへ寄付したりもしました。まさに「血の結束」。また、スタジアム改修費用が枯渇して工事が頓挫した際は約2300人のサポーターが無償で建設作業に従事して、約350万ユーロの費用削減に貢献したりもしました。

「金がなきゃ、自前で賄えばいい」。なんてシンプルな思考なのでしょう。素晴らしい。
「我々がクラブを支える」。これがウニオン・サポーターのスローガン。なので、彼らはその対極に位置する(と思われる)RBライプツィヒのことを心底嫌っています。ライプツィヒは先述したように2009年に発足したのですが、当時5部のSSVマルクランシュタットのライセンスをオーストリアの飲料メーカーであるレッドブルが買収して生まれたクラブです。

アイデンティティの差異に嫌悪感。

 ちなみにドイツ・ブンデスリーガでクラブを運営するためには原則として親会社の名前をチーム名に入れてはならず、20年以上クラブを保有していないクラブオーナーは最高でも49%までしかオーナーシップを保有できない、いわゆる「50+1ルール」というものがあります。レッドブルの場合はその規約に抵触することで「RasenBallsport」、ドイツ語で芝生の球技という造語をわざわざ作って、その頭文字を取って「RBライプツィヒ」と名付けたのです。

 これもひとつのクラブ経営の形ですから是非もありませんが、ウニオンのサポーターにしてみれば、RBライプツィヒと我がクラブのアイデンティティの差異に嫌悪感を抱くのも無理はありません。

試合開始から15分間の沈黙。

 そんななか、ドイツ・ブンデスリーガが粋な計らい(?)でウニオンvsライプツィヒという宿命の対決を今季開幕戦のカードに指定しました。そこでウニオンのサポーターは、ライプツィヒのクラブ経営手法に抗議する意味合いとして試合開始から15分間の沈黙というボイコット手段に出ました。実は2014年に当時両クラブが共にブンデスリーガ2部に在籍していたときにも同じくウニオン・サポーターが15分間の無言抗議を行っているのですが、今回は栄えある1部での初ゲームの場でもあったわけで、当然賛否両論が沸き起こりました。

 ウニオンの選手間でもサポーターのボイコットに賛同する者、自制を促す者に別れたりして、まさに侃々諤々。でも決行するとなれば皆が結束するのがドイツらしいところでして、結局今回も15分間の沈黙は行われたのでした。

 で、その試合がどうなったかと言いますと、試合開始から15分が過ぎる直前にサポーターが「3、2、1」とカウントダウンして大歓声をあげた直後に失点……。その後も相手強力攻撃陣にシュートを浴びまくって0-4の敗戦と、ユニオンは全く良いところなくUEFAチャンピオンズリーグにもよく出場するようになったライプツィヒに完敗を喫してしまいました。

スタジアムの西側、東側はすべて立ち見席!

 それでも名は体を表すとの言葉通り、このクラブは、それに関わる者たちの「連帯」の下で確かに成り立っています。

 ウニオンのホームスタジアムは昨今のブンデスリーガクラブの大半が採用するネーミングライツではなく、1920年に建設された当時の「シュタディオン・アン・デア・アルテン・フェルステライ(Stadion An der Alten Forsterei)」という名称が今でも用いられています。日本語に訳すと「旧林務官駐在所の傍にあるスタジアム」と長ったらしい意味合いなのですが、このスタジアムのスタンドはなんとメインの北側と南側の一部に座席が設けられているだけで、他の西側、東側はすべて立ち見席!

ライプツィヒ戦の観客動員数は収容人数より450人多い。

 収容人数は2万2012人で、立ち見席が1万8395人、そして座席数は3617席のみ! なぜ立ち見席が多いのかを地元サポーターに聞くと「サッカーは立って観るもんだろ!」という身も蓋もない答えだったので知り合いの記者に聞き直すと、立ち見席にしてチケット代を安価にすることでサポーターに報いているという理路整然とした答えをいただきました。なるほど。

 最寄り駅の「クーペニック」から徒歩でヴールハイデ市民公園を通り抜けて約15分。そこかしこに建てられた屋台でソーセージとビールが売られ、飲みすぎた男どもが森林の影で立ち○○するのが日常風景。でもその空間を抜けると、そこにはウニオンの“メンバー”が思い焦がれる最終目的地があります。

 初めての1部でのゲームとなった先述のライプツィヒ戦の観客動員数は2万2467人と記録されました。あれ? 収容人数より450人も多いと思った方はなかなかに鋭いです。それには理由があるのです。

亡き夫のポスターを受け取った奥様が涙した。

 1部での開幕戦に先立ち、ファンクラブなどのサポーター有志がある企画を立ち上げました。それはウニオンのサポーターでありながら、すでに故人となった家族、友人、元選手、クラブスタッフなどの写真を13ユーロでアップロードして、それを70センチ四方のポスターに印刷して当日のスタンドで掲げるというもの。スタンドでは亡き夫のポスターを受け取った奥様が涙し、7歳のときに初めて「アルテン・フェルステライ」に連れて行ってくれた父親の生前の姿を掲げた中年男性が誇らしげにチャントを奏でていました。

 そう、総観客数よりも多かった450人は、愛するクラブがトップカテゴリーで闘うことを夢見た故人の数をカウントしていたから、なのです。

試合前はサポーターのコールやチャントだけが鳴り響く。

 ドイツ・ブンデスリーガでは試合前にサポーターを対象にした各種イベントやプレゼント抽選会が行われたりしますが、ウニオンのゲームではそれが一切ありません。観衆を鼓舞するような音楽もほとんど流れず、試合前はサポーターのコールやチャントだけが鳴り響きます。

「鉄のウニオン」を意味する「Eisern Union(アイザン・ウニオン)」のコールを大サポーターが奏でると、スタジアムのボルテージが最高潮に達します。クラブの広報部長にして名物スタジアムDJでもあるクリスティアン・アルバイト氏がピッチへ姿を現すと、それは選手紹介の合図。でも他のスタジアムではお決まりの紹介音楽も鳴らず、アルバイト氏の野太く迫力のある選手コールだけが響きます。

 ドイツ・ブンデスリーガでは選手紹介時や得点時にアナウンサーが選手の名前をコールするとサポーターが苗字で返す風習があります。長谷部誠ならば、「マコト!」「ハセベ!」といった感じですね。でもウニオンでは違います。

「サッカーの神様!」と叫ぶ。

 アルバイト氏は選手のフルネームをコールして、それに呼応したサポーターが「Fussballgott!(フースバルゴット)」と叫ぶんです。フースバルゴットとはサッカーの神様の意。我らを代表する選手たちは皆、サッカーという競技に見出された神様。サポーターは、彼らに、その親愛の情を一心に注ぐのです。

 彼らは味方にブーイングをしません。ライプツィヒに0-4で完敗した後も、ウニオン・サポーターの大半がスタンドに残っていました。責任を感じてうなだれる選手たちに向けて、サポーターが一斉に拍手してその労をねぎらいます。そのスタンディングオベーションは選手たちがロッカーへ引き上げるまでの約15分間、鳴り止むことはありませんでした。

大迫や長谷部とも9月中に対戦。

 そんなウニオンは第2節のアウェー・アウクスブルク戦をドローで終えて立て直し、8月31日の第3節では優勝候補のボルシア・ドルトムントに3-1で快勝して1部での初勝利をマーク。まさに風雲昇り龍の勢いで、「Die Eisernen」(ウニオンの愛称)がブンデスリーガを席巻しようとしています。

 異端にして崇高。プライドと慈愛が共存するウニオン・ベルリン。大迫勇也が所属するヴェルダー・ブレーメンは9月14日、そして長谷部誠と鎌田大地が所属するアイントラハト・フランクフルトは9月27日に、彼らのホーム、「アルテン・フェルステライ」に赴きます。

(「ブンデス・フットボール紀行」島崎英純 = 文)