8月半ばの蒸し暑い午後、アメリカ合衆国中西部の大都市シカゴから、車でおよそ30分ほど南へ行った町クレストウッド。アメリカのどこにでもあるような郊外の小さな町の片隅に、その野球場=スタンダードバンク・スタジアムはあった。

 アメリカでは珍しく内外野すべて人工芝で、天然芝のグラウンドなら土であるはずの塁間部分がこげ茶色にペイントされているさまは、まるで日本の野球場のようだった。

 違っているのはマウンドで、その傾斜にまでこげ茶色の人工芝が貼られている。

「投げにくいっすよ」

 ビジターチーム、シャンバーグ・ブーマーズの赤沼淳平はそう言った。キリッとした眉毛と顎の無精髭のセットが逞しい。

「アメリカの大学にはこういうところもあるけど、うちの球場は内外野が天然芝なんでマウンドも当然、土ですから」

「なんとかマイナーに入り込まないと」

 京都の立命館高校からアメリカ西海岸の短期大学に進学した赤沼は、そこで語学と野球のスキルを同時に磨き、奨学金を得てテネシー州のリー大学に編入した。きちんと卒業して運動科学の学士号も取得している。

 大学時代は先発投手としてノーヒッターを記録するなど活躍し、卒業後にメジャーリーグのドラフトを待ったが指名されず、そこで仲介者を通じてアメリカン・アソシエーション(AA)というインディペンデント=独立リーグのサウスショア・レールキャッツのトライアウトを受けて合格した。

 今季の大部分はそこで救援投手として過ごし、トレードでフロンティア・リーグのブーマーズに移籍した。ちなみにレールキャッツもブーマーズも、内外野すべて天然芝の美しい野球場を本拠地としている。

「ここでプレーするのは楽しいんですけど、もう24(歳)なんで、この1、2年が勝負だと思ってる。結果を残して、なんとかマイナーに入り込まないと」

 彼が言う「マイナー」とは、今いる場所「独立リーグ」のことではなく、メジャーリーグの傘下にあるマイナーリーグのことだ。

メジャー球団とマイナー契約するハードル。

 マイナーリーグも独立リーグも試合運営は独立採算制で成り立っているが、メジャーリーグ傘下のマイナーリーグ球団の選手はすべてメジャーリーグから供給される。一方の独立リーグは、選手をすべて自前で調達しなければならない。

 それゆえに独立リーグの各球団は、入場料やスポンサー収入で収益を生み出すと同時に「メジャー球団とマイナー契約できるような選手を育成し、送り出して移籍金を獲得すること」も存在理由の1つとなっている。

「そういう意味ではシカゴ郊外に本拠地があるっていうのが、このチームにとっては最大のアドバンテージになるんだよ」

 そう言ったのは赤沼のチームではなく、彼が訪れた人工芝の野球場を本拠地に持つウィンディーシティー・サンダーボルトのブライアン・スミス監督だ。

「ここは地理的にホワイトソックスやカブスのエリア(地域)スカウトが立ち寄りやすいし、ミルウォーキーやセントルイスなど、中西部に本拠地を置く他球団のスカウトだって来やすい環境にある。タイセイだって良い成績を残していれば、彼らの目に止まるんだ」

 タイセイとは、今年、フロンティア・リーグでプレーしたもう1人の日本人選手、21歳の福原大生外野手のことだ。

福島大学に在学しながらアメリカへ。

 北海道の小樽潮陵高校から福島大学に進学した福原は、今も現役の大学生だが昨秋、同校の野球部を退部して、やはり仲介者を通じてAAのミルウォーキー・ミルクメンと契約し、同チームを自由契約になった後、サンダーボルトに移籍した。

「ミルウォーキーの時はベンチだったし、監督ともうまくコミュニケーションが取れてなかったけど、今はレギュラーでほぼ毎日試合に出ているから、監督だけじゃなく、周りの選手もどんどん声をかけてくれるようになったんで、楽しいっすね」

 福原はそう言いながら、屈託なく笑った。つるんと日焼けした肌が、見るからに若々しい。

150キロが前提になるほどの世界。

 赤沼や福原が言う「楽しい」には、独立リーグとは言え、アメリカのプロ野球で戦う厳しさも当然、含まれている。

「僕みたいなピッチャーはまず何よりも結果出すこと。でも、もう少し球速も上げたい。今の平均球速(時速140キロ前後)でも戦える自信はあるんですけど、メジャーの平均とか今は93マイル(149.7キロ)ぐらいだし、平均が88、9(143.2キロ)じゃスカウトの目にも留まらないから、難しいと思う」

 赤沼がきっぱりそう言えば、福原も毅然とこう言う。

「このリーグには95マイル(152.9キロ)投げるピッチャーも結構いて、力負けじゃないですけど、思ったより打球が飛ばない。それに毎日試合に出るようになったら相手が(守備)シフトを敷いてきたりして、打球が抜けなかったりする。自分の周りにいた選手がどんどんクビになるんで、そういうのが続くと正直、焦ります」

「一芸」がなければマイナーには入れない。

 独立リーグからメジャー傘下のマイナー球団への移籍は珍しいことではないが、頻繁に起こることでもない。

 突出した成績はもちろん、とてつもなく速い球を投げられることや、とんでもなく遠くへ打球を飛ばせること、そうでなければ変則投法やスイッチヒッターや足が速いことなど、いわゆる「一芸」に秀でていることが求められる。

「僕はサイド気味のスリークォーターで、スライダー、カーブ、チェンジアップ、球種が何でも全部ストライク取れる。今ツーシームを封印しているのは、トレーニングをしっかりやって普通の真っ直ぐ、フォーシームでも空振りが取れたり差し込めるようになったから。球速さえ上がればチャンスはあると思う」(赤沼)

「守備とか走塁は自信があるし、打撃については引っ張った時の飛距離だったら誰にも負けない自信がある。でも、そういう選手はほかにもいるんで、やっぱり逆方向に強い打球を打たないと目立たない。こっちに来てからかなりモデルチェンジした。それがアピールにならなくても、今後の大きな財産になると思う」(福原)

高校で結果を出せなかった選手がなぜ?

 もちろん、独立リーグと言えども、アメリカのプロ野球は甘くはない。9月1日、シーズンが終わった時点での2人の成績は以下の通りだ。

赤沼 2チーム計26試合(3先発)に登板して、3勝2敗1セーブ、防御率4.26。

福原 2チーム計44試合に出場して、打率.277(OPS.694)1本塁打15打点、6盗塁。

 それらの数字は、彼らに厳しい現実を突きつけている。それでも彼らの独立リーグ挑戦には、伝えるべき価値がある。

 なぜか――?

 赤沼は高校時代の自分について「全然、結果を出せなかった」と言った。福原も「とりあえず大学行ってみてから、どうか」という評価だったと言う。

 日本にはきっと、そんな高校生、大学生が大勢いると思う。それが普通なのだ。

 それが普通とされているのに、赤沼は「高校で野球は終わり」と考えず、「プロを目指すならば(球団数も指名数も多い)アメリカのほうが広き門なのではないのか」と、他の人々とは違った思考で動いた。

 一方の福原も大学野球に身を置きながら、いつの頃からか憧れたメジャーリーグを胸に「選手として一番伸びる20代前半に、日本かアメリカかっていうのは結構、大きな違いになるのではないのか」と、やはり他の人々とは違った思考で動いた。

 日本のアマチュア選手が独立リーグやマイナーリーグに挑戦したのは、赤沼や福原が初めてではないが、彼らの「決断」が他の選手たちには出来なかった新たな地平を拓いたのは間違いない。

メジャーリーグにほんの少し近づいて。

 赤沼が最初にプレーしたサウスシェア・レールキャッツのグレッグ・タガー卜監督は、こう言っている。

「ジュンペイ(赤沼)は高校卒業後、経済的な負担も覚悟してアメリカの大学に通ってチャンスを広げた。それはもちろん、家族の理解や仲介者の存在なくしては成り立たないことだが、それはすべて彼自身が望んだから起こったことなんだよ」

 どれぐらい可能性があるのかなんて、どうでもいい。少しでも可能性があるのなら、動くだけ――。赤沼と福原はとても自分に正直で、とてもシンプルな思考でアメリカの独立リーグに挑戦したのだ。

 日本のアマチュア選手がメジャーリーグを見るとすれば、それはきっと、遥か彼方にある。

 だが、「そんなの無理だ」と諦めず、海を渡った赤沼と福原には、それがほんの少しだけ、近くに見えている――。

(「メジャーリーグPRESS」ナガオ勝司 = 文)