ヤフオクドームの住所は中央区地行浜。それが示すようにすぐ裏手には、福岡市中心部から最も近くにあるビーチが広がっている。

 海水浴を楽しむ若者、散歩をする老夫婦、そして汗だくで走るホークスの選手。

 ナイターが行われる日の日常の風景だ。朝の海辺は練習場所になる。選手、コーチ、球団スタッフの姿が目撃されるのは珍しいことではない。

 高谷裕亮もまた、その常連の1人だ。

 ホークス生え抜き13年目の捕手。年間出場試合が100を超えたことは一度もないが、一軍出場のなかったシーズンもまた一度たりともない、今年11月で38歳を迎えるチーム最年長の野手だ。

 福岡で絶大な人気を誇るホークスの選手なのだから、顔バレは珍しくない。ある日は「今日はお母さん世代の人たちに声を掛けられましたよ」などと笑っていた。

 いやいや、走っている時なのだから遠慮してあげればいいのにと思うのだが、高谷は握手を求めるご婦人方に「汗まみれだけど大丈夫ですか?」と言って丁寧に対応したという。

 そういうところは、ずっと変わらない。

「僕以外に誰かいるんですかね?」

 憶えていることがある。

 高谷が入団してきた年の最初の春季キャンプだ。ファンに握手を求められた高谷はバッティング手袋を外して、1人1人に応対していた。

 いわゆる苦労人だ。

「僕以外に誰かいるんですかね?」

 高谷自身もそう語っていた異色の経歴がそれを表している。

 小山北桜高校を卒業後、3年後のプロ入りを目指して富士重工業に入社するが、高校時代に痛めた膝の古傷に苦しみ、かばって動くうちに腰も痛めてしまった。一度の公式戦出場もないまま、2年目の冬に退部。そのまま会社も辞めた。しばらくは実家の造園業の手伝いをして過ごした。

大学に入り直し、一気に日本代表へ。

 そのまま実家の後を継ぐ選択肢もあったが、「高卒だし、社会人経験も2年だけ。大学でイチから勉強するのも悪くない」と机に向かった。

 ずっと野球一筋だったので、体を動かさない受験勉強の日々に悪戦苦闘したが、その安静が効いたのか膝や腰の痛みがみるみる消えていくではないか。

 もしかしたら、また野球ができるのでは――捨てきれなかった情熱に火がついた。

 白鴎大に一般入試で合格。21歳の大学1年生は迷わず野球部の門をたたいた。入学後は「社会人を経由した選手は1年間公式戦に出場できない」という規定によりひたすら練習だけの日々もあったが、その後は関甲新リーグを代表するプレーヤーとして大学球界で全国に名を轟かせる選手となった。

 大学4年時には日本代表の一員として台湾で開催されたインターコンチネンタルカップに出場。そして、25歳でのプロ入り。

 あの時、「僕は遠回りだとは思っていません。いろいろなことがあったから人間的に大きくなれた」とまっすぐな瞳で話していたのも忘れない。

いつ来るかわからない出番のために。

 数奇な野球人生を送ってきた高谷だから、野球に対して失礼な行動をとるはずがない。

 いつ出番があるか分からない立場だ。でも、準備を欠かしたことは一度もない。砂浜に姿がない日は、午前中からウエイトトレーニングを行う。どうしても午前中にトレーニングが出来なかったら、ナイターが終わってからやるべきことをやる。帰宅が午前0時に迫ることも珍しくはない。

「同じことをずっと続けるのはしんどい時もあります。でも、行けと言われた時に準備が出来ていないことの方がずっと後悔するじゃないですか」

競争相手の甲斐に惜しみなくアドバイス。

 ホークスの正捕手はずっと年下の甲斐拓也だ。可愛い後輩でありチームメイトでもあるが、“コイツさえ居なければ”と考えても不思議でないのがプロ野球という世界だ。

 しかし、高谷はダグアウトで、そしてロッカールームでも甲斐に惜しみなく声を掛けてアドバイスも送る。

「今のホークスは彼の頑張りで首位にずっといる。お互いが高め合い、1つの勝利に向かうことでチーム力が上がっていくんです」

 チームの為になるのなら、脇役にだって徹する。その象徴は少し前までチームメイトを形態模写するモノマネだったが、最近はグラシアルが本塁打を放った際に行うパフォーマンスの相手役だ。

 ベンチでのハイタッチの最後にボクシングポーズを行うのが通例なのだが、高谷は殴られ役を演じてチームメイトだけでなく観客席までも盛り上げてみせるのだ。

 もちろん、高谷自身もまたマスクを被り、チームの勝利に幾度となく貢献をしてきた。特に「調子の上がらない投手を上手くリードして、しっかり試合を組み立てる」ことにかけては定評がある。そういった守りの信頼が高いから、試合終盤から出場することもしばしばだ。

グラシアルも自分も驚いたホームラン。

 ペナントレースが佳境に入ってきた今日この頃。高谷の出番が増えている。9月5日のイーグルス戦(ヤフオクドーム)では、今季初めて2試合連続でスタメン出場した。

 1つ年下で今季初登板だったベテラン中田賢一の粘りの投球を見事アシストした。そして1-1の同点で迎えた5回裏だ。バットで大仕事をやってのけた。

 美馬学の投じたストレートを芯でとらえると、打球は右翼席へ一直線に伸びていった。今季1号勝ち越しソロ。ようやくマークした今季初打点でもあった。

「みんな驚いたと思うけど、僕が一番驚きました。奇跡です(笑)」

 悠然とベースを回ればいいのに、足早にホームへ帰ってきた。ベンチで笑顔の仲間に出迎えられる。「あ、そうだ」と思い立った。ベンチの端でパンチを繰り出すと、グラシアルが急いで駆け寄ってきた。

「いつか俺がやるよなんて言っていたけど、本当に打つなんて思っていなかったから。ギクシャクしてましたね。ちゃんと打ち合わせをしておけばよかった(笑)」

去年、日本一マスクは高谷だった。

 9月初めに行われた本拠地7連戦では4試合で先発マスクを被った。工藤公康監督は「チームに欠かせない存在」と改めて高評価を口にする。

 一方で甲斐には大きな刺激になった。

 この翌日の6日、千賀滉大とバッテリーを組みノーヒットノーランを達成。試合後に嬉し涙を流したのは、甲斐の方だった。

 勝つチームに名捕手ありと言われるプロ野球。近頃は投手起用と同様に分業制なのか、捕手併用のチームも多い。

 捕手層の厚さがチーム力を左右する。思えば昨年の日本シリーズ。MVPに輝いたのは甲斐で、日本一決定の瞬間にマスクを被っていたのは高谷の方だった。

 熱戦パ・リーグは果たしてどんな結末を迎えるのか。一投一打に多くの注目が集まるが、じつは守備の要がその行方のカギを握っているのかもしれない。

(「野球のぼせもん」田尻耕太郎 = 文)