隣に座っていたオランダ人記者は前半の間、ずっとイライラしていた。

 9月6日に行なわれた欧州選手権予選ドイツ対オランダ戦のことだ。

 オランダはボールをキープしているものの、なかなかゴールチャンスが作れない。9分、一瞬の隙をつかれてカウンターからドイツに先制を許すと、その後は相手守備のミスから1つ、2つ好機が生まれたものの、GKノイアーの好セーブに防がれてしまう。

 35分には空中戦でドイツのMFキミッヒとオランダのDFデリフトが交錯すると、そこから両チームの選手がヒートアップし、一触即発の雰囲気に。この状況に隣のオランダ人記者も立ち上がり、猛然と抗議していた。しかし後半、一気にオランダが4ゴールを挙げて逆転勝ちを収めると、今度は立ち上がって大きなガッツポーズを何度も繰り返していた。

 ドイツ対オランダは、ただの一戦ではないのだ。

ドイツは観客動員に苦しんでいる。

 ここ最近の戦績が芳しくなかったことで、どこか燻っていた感もあったが、過去あまたの因縁を抱え、多くのビッグトーナメントで雌雄を決してきたサッカー大国同士の対決である。

 昨年にもUEFAネーションズリーグでも対戦したが、新設された大会の価値が浸透していなかった。またドイツではロシアW杯での惨敗劇からの再出発にフォーカスされていたために、正直そこまでの“バチバチ感”は感じられなかった。

 だが、この日は違った。スタジアムには確かな熱のうごめきがあったのだ。

 実はここ数年、ドイツは代表での観客動員を取り戻すのに苦労していた。

 スタジアムが埋まらない。

 ブラジルW杯優勝後、ファン離れが顕著になってしまった。その原因はいくつかある。W杯優勝でファンの緊張感やワクワク感が薄れ出したのもあるし、チケットの高騰化や代表チームの公開練習がほとんど行なわれないことで、ファンがほったらかされた感じが漂ったことも問題だった。

 勝っていれば、そのうちまたファンも足を運ぶようになる。そんな緩い願いもなくはなかったのだろうが、前回優勝国として臨んだロシアW杯でグループリーグ敗退し、ドイツサッカーは完全にがれきの下敷きになってしまった。

地道な努力と積極的な世代交代。

 このままでいいわけがない。

 自分たちの足元をあらゆる角度から見直す契機として、ドイツサッカー協会は様々な状況を分析し、代表チームのあり方もしっかりとまた見直そうとした。

 昨年は大型スタジアムではなく、ヴォルフスブルクやマインツといった3万人規模のスタジアムで代表戦を開催した。一回り小さいスタジアムで、訪れてくれたファンとともに満員の雰囲気を大切にしようとしている。また公開練習を設け、ファンと触れ合える機会を大事にするようにスケジュールを調整。やれることから丁寧に取り組んでいく。何でも、あたり前に手に入るわけではないのだ。

 そうした地道な努力に、積極的な世代交代を敢行し、その成果が少しずつ出ている高揚感が加わっている。

 ここまでのユーロ予選は3戦3勝。同組最大のライバルであるオランダにはアウェーで勝利し、エストニアにはホームで8-0と快勝していた。このホームでのオランダ戦に勝利すれば、本戦出場チケットはほぼ確実なものとなるはず、だった。

 ハンブルクのフォルクスパルクスタディオンには公式発表5万1299人のファンが詰めかけた。ここ最近で一番の大入りで、スタジアムにはチームとサポーターが一丸となって戦うという雰囲気が漂っていた。

“絶対的なサッカー”からの変化。

 変わったのはそうした外側だけではない。代表チームが志向するサッカーにも変化が見られている。

 ロシアW杯前のドイツは“絶対的なサッカー”を目指していた。それは前回王者としての誇りであり、ただ同時に驕りでもあった。

 連覇を狙う王者として、相手に一切の抵抗も許さずに完璧にゲームをコントロールして自力で圧勝する。分析のフォーカスは相手チームではなく、あくまでも自チームに向けられた。

 だが、サッカーは相手があって成立するスポーツだ。相手は対策を立てて臨んでくる。地力で優位な立ち位置にはいたかもしれない。しかし実際にそこまでの決定的アドバンテージがあったわけではないという事実に、目をつぶっていた。

オランダが驚いたドイツの戦法。

 再出発するためにミスをすべて振り返り、ヨアヒム・レーブ代表監督を中心に現実路線を取りつつ、自分たちの特徴、世界の潮流を探りつづけた。

 圧倒的なポゼッションで主導権を握り続ける戦い方から、相手の出方をうかがい、守備と攻撃とのバランスを最適化させていくスタイルを選択。サッカーというゲームをどうすればより有利に効果的に、自分たちの色を出しながら発展させられるかの考察を深めていった。

 この試合でも、前半からボールを保持する時間はオランダの方が長かった。オランダ代表のロナルド・クーマン監督は「ドイツがボール保持をこちらにゆだねたのは驚きだった」と試合後に振り返っていた。

 ロシアW杯以前のドイツだったら、良しとしない戦い方だったはずだ。そうした点から考えると、ドイツにとって大事だったのは世代交代そのものではなく、自分たちのサッカーにおぼれることなく、しっかりと向き合うことだった。

「負けないチーム作り」を大事に。

 選手も自分たちがすべきことはわかっていた。

 傾向として、より「負けないチーム作り」を大事にしている。マルコ・ロイスは「相手にボールを渡すこと自体が問題なのではない。ボールポゼッション率が高いチームが自動的にゴールを多く決められるということでもない」とミックスゾーンで振り返っていた。

 ヨシュア・キミッヒもこのように語っている。

「入りは悪くなかったと思う。早い段階で先制点を挙げることもできた。前半はそこまで問題はなかったと思う。オランダにチャンスらしいチャンスを与えなかった。ボールを奪い切るところは少なかったけど、後半開始にもいくつかカウンターからチャンスにつなげることができていた」

 振り返れば、3月にアムステルダムで行なわれたオランダ戦では攻守が噛み合い、試合終了間際にニコ・シュルツのゴールで貴重な勝利を挙げた。自分たちの歩んでいる方向は間違ってはいない。そんな手応えはあった。

まだ十分に成熟はしていない。

 ただ、チームが備える力強さも、安定感も、柔軟性も、意外性も、求めているレベルに達していないのも確かだ。代表チームマネージャーのオリバー・ビアホフはそこを認めている。

「自分たちの現在地はわかっているつもりだ。世界のトップレベルとはまだ確かな差がある」

 そこを埋めるために、ただメンバーを若返らせればいいわけではない。そこに未来が見えなければならない。

 この試合で言えば、前半はある程度は狙い通りだった。だが後半、オランダの猛攻を受け流すことができなくなった。リズムをつかむことができないまま、自分たちがミスを重ね続けてしまう。それは若さではなく、青さだ。

 キミッヒも、そこは否定しない。

「僕らがまだ十分に成熟したチームではないのは確かだろう。先に点を取って逆転されたのも初めてのことではない。2-0とリードしながら逆転負けをしてしまった試合もあった」

現状でのクオリティは、まだまだ。

 相手の攻撃をしっかり整理した守備で制御できているときはいい。しかし、相手が上手でこちらの狙いを外されたり、自分たちのミスで崩れたとき、コントロールを失った状態から、いかに相手の攻撃を押しとどめ、素早く秩序を取り戻し、再び相手を制御できるように持っていけるか。そして、攻撃でもカウンターだけでもポゼッションだけでもなく、どちらもハイクオリティで繰り出すことができるようになる必要がある。

 ドイツのクオリティは、まだ足らない。

 この日の敗戦で、上昇気流に乗っていた雰囲気は少し興ざめてしまったかもしれない。だからといって必要以上に落ち込む必要はないことはわかっている。

 DFズーレは試合後「プレッシャーはいつでもある。今日の試合も絶対に勝とうと思っていた。ここ数試合、褒められるだけの試合をしてきたけど、今日は良くないゲームだった。理由はいくつかある。僕らはまだ若いし、ここから学ばなければならない。ミスについて話をして、改善していく。でもすべてが悪いわけではない。僕らはみんな次の試合は新しい一戦だというのはわかっている。ショックとかそういうのはないよ」と、冷静に答えていた。

ロイス「また勝つために戦う」

 ロイスもスパッと言葉を発した。

「次の試合に勝つ。それだけだよ。今日の試合から切り替えて、ミスを分析して、頭を上げて、また勝つために戦う」

 試合が終わった後で荷物をまとめていると、「ドイツに4-2だぞ!」と満面の笑みでジェスチャーをしてきたオランダファンがいた。僕のそばでそれをじっとみていたドイツファンがいた。ここがゴールではないことはわかっている。でもだからとライバル国に負けたことをすんなりと受け入れることもできない。

 だから、悔しさを噛み殺し、その映像を目に焼き付けている。次こそは。その思いを飲み込んでスタジアムを後にしたのはファンだけではなく、選手も監督もスタッフもみんなそうだろう。

 道のりが困難なものであることは百も承知だ。いまの歩みはすべて大きなチャレンジであり、だからこそそこに大きなチャンスもある。新生ドイツ。また世界の頂点に返り咲くために、あらゆる障害を乗り越える覚悟をもって戦い続ける。

(「欧州サッカーPRESS」中野吉之伴 = 文)