広島は7日、赤松真人外野手(37)が今季限りで現役を引退すると発表した。25年ぶりのリーグ優勝に貢献した16年のオフに胃がんが見つかり、翌17年1月に手術を受けた。1軍復帰を目指してきたが、今季を含め3年間、1軍出場は果たせなかった。22日の中日戦前に記者会見を開いて思いを伝える。また、同戦が引退試合となり、試合後にはセレモニーが行われる。

 6日に37歳の誕生日を迎えた赤松が、現役生活に終止符を打つ決断を下した。胃がんを克服して戻ったグラウンド。今年1月の自主トレでは「戦力になれないのなら、コンディションが良くても覚悟はある」と、進退について言及していた。体力に問題はなかったが、結果が伴わなかった。1軍昇格は果たせず8月末、球団に引退を申し出た。

 阪神時代から代走・守備固めのスペシャリストとして活躍。2010年8月4日の広島-横浜戦では、村田が放ったバックスクリーン左への大飛球を追ってマツダスタジアムのフェンスによじ登り、本塁打を阻止するスーパーキャッチ。衝撃的なスパイダーマンキャッチは、米メディアからも注目された。

 大切にしたのが「準備」。盗塁では、投手の癖を見つけるため毎日、角度を変えた映像を見返した。癖がなければ投手のクイックタイムを測定。捕手の動きにまで目を配り「走れる根拠を探した」。試合中は田中広、菊池涼、丸らが出塁した場面で、どのような投球をするかに注視し、ノートに書きとめた。

 目標としたのが巨人・鈴木尚広(現1軍外野守備走塁コーチ)。流れを変えるプレーに憧れた。鈴木コーチと現役時代に接点はなかったが、引退後に話をする機会があった。16年10月だった。

 「その後だった。聞いたことをやってみようと思っていたんだけど」。同年12月に受診した人間ドックで胃がんが見つかり、翌17年1月に胃の半分を摘出した。その後の検査ではリンパ節への転移が判明。抗がん剤治療などを続け、18年にグラウンドに戻ってきた。

 胃がんからの生還を何度も「奇跡」と言う。「生きていられるだけで幸せ。野球ができていることはぜいたく」と言ったことも。一方で、プロ野球選手の自分だからこそできることがあると感じた。大腸がんから復帰した阪神・原口のプレーを見るたびに勇気をもらった。「少しでも元気になってもらえたら」。自分やチームのためだけではなく、同じ境遇の人たちを勇気づけるためにプレーしてきた。2軍戦では本塁打やサヨナラ打を放った。胸を打たれた人は決して少なくないはずだ。

 この日は、由宇練習場で汗を流した。週明け10日からは、名古屋でウエスタン・中日戦に臨む予定だ。そして22日の中日戦が、1軍で最後の勇姿を見せる舞台。満員のマツダスタジアムで、ダイヤモンドを勢いよく駆け巡る。