広島は6日、球団最多の通算165セーブ記録を持つ永川勝浩投手(38)が、今季限りで現役を引退すると発表した。広島新庄、亜大を経て02年度ドラフト自由獲得枠で地元広島に入団し、1年目から救援投手としてチームを支えた。23日にマツダスタジアムで記者会見を開き、同日の中日戦が引退試合になる。試合後には引退セレモニーに臨む。

 球団史に名前を刻んだ永川がユニホームを脱ぐ。広島一筋17年で通算165セーブは球団最多。05年から5年連続50試合登板、07年からは3年連続30セーブ以上をマークした。数々の記録を残し、低迷期から救援投手として支え続けた右腕が、現役生活にピリオドを打つ。

 「1年間、1軍で結果を出すことが一番。年齢は関係ない」

 2年ぶりに1軍登板を果たし、勝ち星も手にした昨季の契約更改後、こう言って力を込めていた。だが、今季は1軍登板なし。8月中に球団に引退を申し入れた。「今年、上がれなかったことで自分で決断した」と鈴木球団本部長。続けて「お化けフォークだった。よくセーブを挙げてくれた」とねぎらった。

 左膝を肩の位置まで上げて投げ下ろす豪快なフォームから150キロ超の直球とフォークを武器にした。力でねじ伏せてきたパワーピッチャーは、10年の故障を機にフォームを変更。スポーツ選手の動作解析をする多くの専門家を訪ねながら無駄な動きを省き、右腕の使い方も小さく「シンプル」にした。

 球の出どころが見えにくいフォーム。かつて三振を奪っていた右腕は、スライダーに手応えをつかんだことで打たせて取る投球を身に付け、バックに守られながらアウトを積み重ねた。磨いてきた技術。四球で走者を出し、ストライクを取りに行って痛打されることは少なくなっていった。

 球団投手最年長。1980年生まれの“松坂世代”は、後輩に慕われる存在だ。自身に経験を伝え、アドバイスも惜しまなかった。この日は大野練習場で山口を誘い、海岸に面するグラウンドでランニングした。

 「いろいろ話をしてもらった。先を見すぎずに、目の前のことをやるのも大事だと言ってもらった」。今季プロ初勝利を手にしながら、その後は壁に当たっている若鯉。重みのある一言一言が胸に刺さった。

 ラスト試合になる23日の中日戦前に思いを言葉にする。チームの順位が確定していない可能性があり、鈴木本部長は「試合に出られるかは現場の判断」と話すにとどめた。それでも、永川は最後の舞台を目指してトレーニングに励む。最高の1球を投げるために。