また1人、日本の若者が欧州の地に旅立った。

 広島県の瀬戸内高校から鹿島に入団して2年半。安部裕葵は新たな舞台としてスペインの地を選んだ。

 そのクラブの名はバルセロナ。世界最高の選手と呼び声高いアルゼンチン代表FWリオネル・メッシら、世界のスーパースターたちが集うチームの一員になることを選択したのである。

 もちろんバルセロナに加入したとはいえ、トップで出場するには茨の道が待っている。安部が所属するのはトップチームではなく、バルセロナの下部組織(ラ・マシア)のうち最上位に位置しているバルセロナB。

 ここで活躍が認められることでようやくトップチームに昇格ができ、その上で世界を代表する選手たちとのポジション争いに勝っていかなければいけないのだから、簡単なことではないことは容易にわかるだろう。

「世界一のクラブを知りたかった」

 ただ、そんな困難な道にあえて挑もうとする安部の姿勢は実に清々しかった。

「世界で一番のクラブがどういうものなのかを知りたかったし、それはいちサッカーファンとしてすごく興味があった。

 瀬戸内高校から鹿島入団を選んだのと同じような気持ちです。もちろん日本一のチームでやって行けるのかという不安はあったけど、よく考えたら、もともとただの高校生だった。鹿島に行くチャンスがあれば行く。今回もバルサに行くチャンスがあれば行く。良い環境、一流の環境に身を置くことが好きなので、そういう選択をしました」

 不安や心配が上回ることはなく、「直感で行きたいなと思ったので行った」と言い切る安部は、覚悟を決めて世界に飛び出した。

 7月に加入が発表された後、安部は日本でのプレシーズンツアーに参加した。その後、諸々の事情もあり、9月初旬時点ではまだスペインに「実質15日程度」しか滞在していない。ただ、初めての異国での生活で感じることは色々とある。

バルサB選手の強い自己アピール。

「言葉がまだ分からないので、自分の状態をスタッフに伝えるのは難しい。チームメイトともコミュニケーションは取るけど、言葉ができないことには限界がある」

 こう話すように、やすやすと意思疎通が図れるわけはなく、これまでとは異なる環境や文化に身を置くことの難しさを肌で感じている。

 それは普段の生活だけでなくトレーニングも同様である。日本ではどちらかと言うと、個人よりもチームのためにプレーすることが優先される傾向にある。

 だが、バルセロナBではまずは個人のためにプレーする選手が多く、ひとりひとりが自分をアピールするために、何より結果を求めていた。

「チーム全員が“勝利のために”と考えるのはもちろんだけど、その上で自分のために動いているところが見える。例えば日本だったら、チームと個人に懸ける割合が9対1や8対2だとすれば、人によっては五分五分、むしろそれを越える人もいる。その辺りが違うなと感じます」

臆せずエゴを出して公式戦デビュー。

 ただ、考え方の違いに戸惑ったのかと言えば、そうではなかった。

「チームの全員がエゴを出そうとするので自分も出しやすい」と臆することなく自分らしいプレーを続け、1日にはセグンダB(3部)の第2節ジムナスティック・タラゴナ戦で公式戦デビューを果たした。周りとの連係こそまだまだだが、ドリブル突破など積極的なプレーを披露し、確かな一歩を踏み出している。

 刺激のある環境でトレーニングをこなしながら実戦経験を積み重ねる日々。異国でのプレーが半月も経てば、自分に必要なことがわかってきた。技術面を含めて、スペインでやれる能力があることは間違いないだけに、あとは「適応力」だと安部は言う。

「瀬戸内から鹿島に加入した際も、レベルの違いなど驚くことはたくさんあった。だけど、そこに食らいついていけるかどうかだし、いかに慣れるかだった。いろいろなチームに適応できる人もいれば、逆に特定のチームに合う人もいる。それぞれのプレースタイルがある中で、うまく自分に合う選択ができれば成功すると思います」

 この言葉から分かるのは、安部が海外で必要なものを、技術以上に「メンタル」だと捉えていることだ。適応するために、良い意味でいかに自分を変化させるか。難しくもやりがいのある作業を進めている段階なのだ。

2年半前には想像しなかった現実。

 2年半前、瀬戸内高校から鹿島に加入した男は、ルーキーイヤーからピッチで違いを作り出してきた。ひとつずつステップアップしながら成長を続け、バルセロナの門を叩くことになった。それは他の誰でもなく、安部でさえ驚くような現実である。

「ただの高校生だった2年半前は、バルサBに入ることなんて想像できなかったし、鹿島で試合に出ることも想像できなかった。だから縁やタイミングもありますが、2年半、3年弱という時間があれば、自分の想像ができないようなところにも行ける。それはすごく楽しいことですよね」

もし行かなかったら後悔している。

 だからこそ今後の数年、その先を考えた時に、どの環境にいれば自分を高められるかが何より大事だった。

「これからどうなるか分からないけど、オレが引退したときに、バルサから声がかかっていたのに行かなかったら絶対に後悔している。この環境にいられることが幸せですから。鹿島の時も言っていましたけど、鹿島にいられること自体が幸せでしたしね。環境が人を育てると思うからこそ、より良い環境を選んでいきたいです」

 周りの意見は必要ない。

「自分が一番自分のことを分かっている」

 マイペースを貫く男は、バルセロナという環境を楽しみながら誰とも違う道を歩んでいく。

(「欧州サッカーPRESS」林遼平 = 文)