8月25日に開幕した世界柔道選手権は9月1日の混合団体戦をもって閉幕した。

 来年の東京五輪と同じ日本武道館が会場になるなど、まさにオリンピック前哨戦だった今大会で、日本は個人戦で男子が金メダル2、女子が2という結果で終えた。

 過去2年の世界選手権のメダル数を見てみると、

<2017年>
男子 金4
女子 金3、銀4、銅1

<2018年>
男子 金2、銀2、銅3
女子 金5、銀3、銅1

<2019年>
男子 金2、銀2、銅3
女子 金2、銀4、銅2

メダル総数は昨年から1つ減った。

 昨年と比べれば、男子はどの色も同数、女子は金メダルを3つ減らし、メダル総数では1つ減らしたことになる。この結果を、どう捉えるべきなのか。

 五輪前年の段階での厳しさをあらためて感じさせる大会であったとともに、来年への可能性もうかがわせた。そんな世界選手権ではなかっただろうか。

 まず、金メダル5から2に減らした女子。増地克之監督は「悲観していません」と語り、こうも話している。

「昨年の世界選手権は金5個でしたが、紙一重でした」

 実際、昨年も拮抗した勝負の中で得た金メダルは少なくない。紙一重の実力差であれば、結果は容易に覆る。

山下会長「研究されている」。

 全日本柔道連盟・山下泰裕会長はこう語る。

「よく研究されていて少し苦戦している、柔道をさせてくれない。そんな印象を持ちました。どうやって日本人選手に柔道をさせないで戦いを続けていくか、かなり研究しています」

 その言葉通り、研究で海外勢が上回ったことが、紙一重の中で後れをとった面もあるだろう。

 また、大会全般を通じてうかがえたのは、五輪前年の大会であるからこその、気迫だった。その前提には、技術や日々の練習の積み重ねがあるのはいうまでもない。

 気迫の重要性を感じさせた戦いとしてが、初日の男子60kg級が象徴的だった。

 世界選手権では、各階級の代表枠が各国1名に限られるのと異なり、2つの階級は、1国あたり2人の選手を出場させることができる。60kg級で準決勝に勝ち上がったのは、2枠を用いた国の代表選手だった。しかも、それぞれの国で競争がきわめて厳しい、あるいは「2番手」と目される選手たちが進出したのだ。

3連覇を狙った新井に立ちはだかった壁。

 女子70kg級では世界選手権3連覇を目指した新井千鶴が3回戦で敗れた。この結果は波乱と言ってよかった。

 相手はバルバラ・ティモ。ブラジルの実力者として長年、国際大会に出場し、上位進出を果たしたこともある選手だが、オリンピックには縁がなかった。同国には彼女を凌駕する第一人者がいたからだ。

 そこで今年に入り、ティモはポルトガルに国籍を移した。自身の可能性を追い求める、広げるためだったのだろう。そんなティモに対して新井は試合開始早々技ありを奪われ、それが決定打となり敗れた。

 この結果は立ち上がりから勝負をかけてきたティモの姿勢あればこそであり、長年2番手であった立場から、環境を変えて臨んだ覚悟がそこにあった。

丸山、素根の金メダルが持つ価値。

 男女を問わず、必死さを生む根源は、選手個々に事情が異なるだろう。ただ多くの選手は、五輪前年の大舞台であること、つまりはオリンピックへの切符を手にしたいという気迫にあったのではないか。

 そういう意味で、阿部一二三との熾烈な争いにある男子66kg級の丸山城志郎、朝比奈沙羅を追い続けてきた女子78kg超級の素根輝の金メダルは、意味のあるものだ。

 別の見方をすれば、あと一歩のところで優勝に届かなかった日本勢にとっては、次へ向けての糧を得たことにもなる。

 女子63kg級の田代未来は昨年の決勝の雪辱を期して挑んだものの、昨年と同じ相手に敗れはした。それでも試合時間11分を超える熱戦を繰り広げ、昨年より差を縮めた。

 そして78kg級で連覇を果たせず銀メダルに終わった濱田尚里も、翌々日の団体戦で意地を見せた。本来出場する予定だった選手のコンディション不調により急きょ出場することになったが、堂々とした試合運びで団体金メダルに貢献している。個人戦の悔しさをばねにした結果だった。

 今回出場し、思うような結果を残せなかった他の選手、代表に選ばれず見守るしかなかった選手、誰もが、大会を通じて何がしかの刺激を得たはずだ。

 それを生かせるかどうかが代表争い、そして来年のオリンピックでの成績につながる。

 世界の厳しさを実感しつつも、そういう意味では、収穫も少なからずあった世界選手権だった。

(「オリンピックへの道」松原孝臣 = 文)