清水邦広(パナソニックパンサーズ)が、日本代表に帰ってきた。2016年以来3年ぶりに、日の丸のユニフォームを身につけた。

 この3年間は怪我との戦いだったが、その中でも、2018年2月の試合中に負った大怪我は引退を覚悟するほどのものだった。右膝の前十字靭帯断裂、内側側副靭帯断裂、半月板損傷、軟骨損傷で全治12カ月の診断。度重なる手術と長い入院生活。順調にリハビリが進んだかと思えば、感染症などの影響で何度も後戻りした。

「全日本も、オリンピックも、今は考えられません」

 昨年の夏、清水はそう話していた。

 それでも、何度も心を折られそうになりながらも一歩ずつ、復帰に向けて歩みを進め、今年2月2日、V.LEAGUEのサントリーサンバーズ戦で、約1年ぶりにコートに立った。 

 その時、こう語った。

「まだまだ、東京オリンピックも諦めていません。やっぱり人間、欲が出るんですよね(笑)」

試合後に感極まる場面も。

 その後、再び感染症で離脱を余儀なくされるが、3月下旬に復帰。4月に発表された今年度の全日本登録メンバーの中に清水邦広の名前があった。8月3日に行われたカナダとの親善試合で、約3年ぶりに代表のコートに立つと、試合後のコートインタビューでは感極まった。

 ただ、感傷に浸ったのはこの時だけ。再び日の丸のユニフォームを着られたことだけで満足するわけにはいかない。

 今、日本代表のオポジットのスタメンは19歳の西田有志(ジェイテクトSTINGS)だ。8月24、25日に行われた中国との親善試合でも、清水は2枚替えでの途中出場。試合後、こう話した。

「急遽呼ばれることが多いので、そこに僕自身まだちょっと慣れていないところがある。サッと入って、パッと結果を出さなきゃいけないのはなかなか難しいんですけど、でもやりながら、結果を出していかないと。

 もちろんレギュラーも、ここから狙っていきます。そのためにはもっとコンディションを上げないといけないし、いろんな面でパワーアップしなきゃいけない。競争の中で生き残っていけるようにやっていきたいと思います」

脳裏に残る北京五輪での敗戦。

 何としても生き残り、来年の東京オリンピックの舞台で、伝えなければならないことが清水にはある。

 それは「オリンピックは勝たなければ意味がない」ということだ。

「やっぱり勝つことによって注目されるので。それがバレーボール人気につながり、競技人口が増えていき、バレーボール界の活性化につながる。やっぱり負けるチームを応援したいという人は、なかなかいないと思いますから。そのために僕たちは結果を残さなきゃいけない」

 それは2008年の北京オリンピックで痛感したことだった。

 2008年、日本は北京オリンピック世界最終予選を勝ち抜き、オリンピックの出場権を獲得した。男子にとっては実に4大会、16年ぶりのオリンピック出場だったため、当時の盛り上がりや、オリンピック開幕までの注目度の高さは相当なものだった。大学4年でメンバー入りしていた清水も、当時の盛り上がりを鮮明に覚えている。

 しかし、北京オリンピックで日本は1勝もできなかった。途端に周囲の熱は去った。

戦う姿勢で伝えることが大事。

「出場が決まった時にはあれだけ期待されたけど、オリンピックで結果を残さなければ、世間は離れていってしまう。僕たち選手はそれを実感してきました。自分たちの名誉のためというのもそうですけど、一番はやっぱり、バレー界のために結果を残さなきゃいけない。

 ただ出るだけでは、出てうれしいという気持ちだけでは絶対にダメだと思う。それを、僕と福澤(達哉)が一番知っていると思うので、感じたままを、若い人たちに伝えられたら。言葉で言うというより、戦う姿勢だったり、目の色を変えてやる姿だったり、そういうもので伝えることが大事なんじゃないかなと思います」

 そうした使命感や、オリンピックにかける覚悟は、すでに周囲には伝わりはじめている。

 エースの石川祐希(キオエネ・パドバ)は、「清水さんが加わったことで、『自分がやるんだ』という雰囲気を1人1人が持ってやれるようになっている」と語った。

石川も感じる、清水の影響力。

 石川は、今年度の代表チームが始動した時から、「今シーズンはチームとして戦うこと以上に、個人1人1人の力で世界と勝負できる代表チームにする。個人の力を、プレー面でも精神面でもレベルアップさせる」という理想を口にしてきた。その理想の実現に向け、清水の復帰は心強い材料になったと言う。

「清水さんも、『自分がやる』『自分がなんとかする』というタイプだから。『周りになんとかしてもらう』という集団では勝てないけど、清水さんが入ったことによって、練習の質も上がっている。清水さんが出している雰囲気を見て、間違いなく周りも影響されていて、今、全員がすごくいい雰囲気、いいモチベーションで練習できているなと感じます。

 僕自身も、バレーに対する姿勢だとか、勝負どころでここ1点欲しいという時に1点を取るだとか、学ぶところは多いです。ゲーム形式の練習でも、結局最後は清水さんにトスを上げて点数を取っていますから」

 日本のオポジットとして、長い間、勝敗を背負ってきた清水だからこそ出せる空気がある。

「最近は全然怖くない」(高橋)

 その一方で、以前よりも格段に、年下の選手との距離は縮まった。ミドルブロッカーの高橋健太郎(東レアローズ)は言う。

「前は清水さん、めっちゃ怖かったんですけど、最近は全然怖くない。僕もう付き人みたいになってます(笑)」

 そこは清水自身、意識して振る舞い方を変えているのだと言う。

「以前の僕は中堅という立場で、若い選手もいたけど、僕より上の選手もいた。でも今は、僕と福澤が一番上なので、僕らが話しにくい環境を作ってしまったら、下の選手たちがやりづらいと思うので。だから僕らも若い子たちと同じ目線で、他愛ない話をしたり、お風呂にも一緒に入ったり、高橋健太郎をいじったりしながら、コミュニケーションをとっています。

 そういう意味では、怖さはなくなってきたんじゃないですかね。僕は結構人見知りなんで、なかなか難しかったんですけど、それをやらないといけないと思うんで」

どこか楽しそうな同級生コンビ。

 代表合宿では、練習前に清水と福澤が並んで、念入りに体を調整する姿がある。たとえば、専用のゴムバンドを脚に巻いて筋膜リリースをすることで、体の動きがスムーズになったり、疲れが取れやすくなるという。

 昨年から代表に復帰していた同級生の福澤は、「やっと痛みのわかる人が来てくれた」と笑った。

 昨年大怪我をした清水だけでなく、福澤も、昨シーズンのVリーグ中、膝に炎症が出て後半戦はほとんどプレーができなかった。33歳になった2人は、自身の体をコントロールする難しさを痛感している。

 福澤は、「通販番組でお年寄りの人用の膝痛予防のグッズとかを見つけたら、迷わず買ってしまう」と苦笑する。

 清水も、「年齢を重ねるごとに1個ずつ、体のメンテナンスの道具が増えていきますね。通販だったり、口コミだったり。練習前後にやらなきゃいけないことがどんどん増えていくんで、1日の練習がどんどん長くなる」と言いながらも、どこか楽しそうだ。

「最後、笑って終われるように」

 大学時代に共に代表入りし、一緒に北京オリンピック出場を果たした。大学卒業後は2人揃ってパナソニックパンサーズへ。パナソニックでも、代表でも、同じコートにいるのが当たり前だった。

「今、福澤と一緒に(代表で)できているというのは、僕にとっては本当に幸せなこと」と清水は噛みしめるように言う。ただ、このまま1年後の東京オリンピックまで、すんなりと行けるとは思っていない。

 今、2人の合言葉は、「オリンピックに、現地集合」だ。

「僕も福澤も、お互いに怪我も抱えているし、ポジション争いもある。僕たちはベテランの年齢で、必ず行けるという保証はどこにもない。その中で、東京オリンピックが開幕した時に、2人揃って現地で集合できたら、一番いい形なんじゃないかなと思う。そこに向かって、僕らは今一生懸命やっているので、最後、笑って終われるように、残り少ない時間を過ごしていきたいと思います」

 オリンピック行きを引き寄せるために。

 9月13日に開幕するアジア選手権と、10月1日から日本で開催されるワールドカップが、清水の正念場となる。

(「バレーボールPRESS」米虫紀子 = 文)