貴景勝が、大関復帰をかけて9月場所に臨む。

 5月場所の御嶽海戦で普段見せない四つの形から右膝を負傷し、一度は再出場するも休場を余儀なくされた。加療5週間だった重傷の影響は大きく、名古屋場所も全休。大関復帰には復帰場所で10勝というハードルを受け入れての決断だ。

 世の関心は、貴景勝が9月場所で大関復帰できるか? ということだ。連続休場の影響や現在のコンディション、上位力士との力関係などを総合的に考慮して10勝以上の成績を残す可能性がどの程度あるか? ということになるが、現在の貴景勝の状況を考えるとかなり厳しいと言わざるを得ない。

 まず、この9月場所は貴景勝にとって初めての長期休場明けだということである。

 およそ4カ月、本場所の真剣勝負から離れた中で、実戦感覚を取り戻すのは容易なことではない。

 引退した稀勢の里が大けがを負った後でも長期休場に踏み切れなかったのも、それが理由の1つと言える。

 ましてやこれが初めての経験となると、復帰場所の難易度はさらに上がる。稽古場の相撲と本場所の取組は全く異なり、ブランクがある力士が相手であれば、様々な手段をチラつかせるのはよくあることだ。たとえば立合いの駆け引きや変化、張り差しやカチ上げのような取り口にも対応する必要がある。

今場所の10勝のハードルは高い。

 また9月場所は、横綱・大関のコンディションが名古屋場所より上がってくることも想定される。

 豪栄道と栃ノ心はカド番で、是が非でも勝ち越しが欲しい場所。勝てる相手には勝っておきたいと考えるのは自然なことだろう。そして横綱だと鶴竜、そして白鵬も休場明けの5月場所を経て、さらに状態が上がることが予想される。

 他の三役には大関を目指す御嶽海、伸び盛りの阿炎、実力者の遠藤がいる。そして平幕を見れば北勝富士や逸ノ城、大栄翔も控えている。上位が充実していることを考えると、豪栄道と栃ノ心にしてみれば、元大関とはいえ貴景勝も星勘定の中に入れるのは間違いない。

 貴景勝は上位が苦しむ中で大関獲りのチャンスを生かした経緯があるが、当時の10勝よりも今場所の10勝の方が、ハードルは明らかに高い。

休場して状態を取り戻す決断。

 加えて、貴景勝の相撲に対する研究が進んでいる。

 貴景勝はここまで壁らしい壁を経験せずに大関まで昇進してきた。しかし九州場所での優勝を足がかりに大関を掴み取ってはいるものの、1月場所は11勝、大阪場所は10勝だった。

 対戦成績4勝7敗の御嶽海、3勝7敗の豪栄道、3勝6敗の高安、1勝4敗の白鵬という明確な苦手力士もいるうえに、優勝した九州場所以降も彼らに苦しめられている。逸ノ城が大活躍した次の場所で、多くの上位陣にやり返されたところからも分かるように、上位力士は対策が早いのだ。

 ただ、悲観的な要素だけではない。

 貴景勝が大関在位のまま地位を死守するのではなく、1場所休場して状態を取り戻す決断をした。このことは大きい。

 ここ10年、番付を駆け上がってきた力士たちは、上位で長く相撲を取り続ける体とスタイルができていない状態で昇進し、厳しい対戦の中でけがを負った。それでも地位を保つために強行出場を続けるという苦しい状態が続いている。

 妙義龍や照ノ富士、遠藤、琴勇輝、千代鳳、常幸龍、宇良といった、上位でも通用する潜在能力を見せた力士の多くが、このパターンで苦しんでいる。貴景勝のライバルである阿武咲も、同じ理由で幕内中位から下位に留まっている。

期待を抱かせる稽古総見の内容。

 だが、貴景勝は一度休むという選択をした。

 期待半分、不安半分ではあったのだが、8月31日に両国国技館で開催された稽古総見の内容は期待を抱かせるには十分なものだった。

 碧山の攻めを受けて、耐えながら突き押しに転じる姿は力強かった。膝の負傷を抱えて強行出場している力士は、攻めを受けるリスクを避けて自ら攻める相撲を取るものだ。しかし貴景勝が碧山クラスの攻めに対応できるならば、コンディションが上がっている可能性が高い。

 ただ一方でスタミナを戻すには時間がかかっているのか、白鵬との稽古では息が上がっていた。貴景勝の取り口は長期戦になりづらく、致命的になるわけではないとはいえ、まだ万全ではないようだ。

貴景勝の相撲を取り戻すことが大事。

 若くして大関に昇進した力士が、陥落して大関復帰を目指した事例は多くない。一番近い例で言えば24歳で陥落した大受と雅山の2人だが、大受は在位5場所、雅山は8場所という短命の大関で、その後の土俵人生を大関復帰に捧げたが叶わなかった。

 一度陥落すると、若くても大関復帰へのハードルは相当に高い。

 大関復帰を遂げた力士(魁傑、三重ノ海、貴ノ浪、武双山、栃東:2回、栃ノ心)は、いずれも中堅からベテランという年齢だった。大関陥落の多くは衰えによるものであり、若くして怪我が原因で陥落したというケースが少ないことも事実である。

 今場所、素晴らしい相撲で大関復帰を果たすのを見たいが、もし復帰が叶わなかったとしてもそれで相撲人生が終わるわけではない。

 また3場所で33勝すれば良いのだ。上位陣は堅調とはいえ、今は絶対的な力士が存在せず、好成績で再昇進するチャンスはまだまだ残されている。

 厳しい状況ではあるが、希望もある。これは前例のないチャレンジである。大関の地位を手放してでも休場し、貴景勝の相撲を取り戻すという決断こそが大事なのだ。試金石となる9月場所での活躍もさることながら、5年後、10年後の貴景勝の活躍を願わずにはいられない。

(「大相撲PRESS」西尾克洋 = 文)