武藤敬司が9月1日、横浜文化体育館で1年半ぶりに「WRESTLE1(W-1)」のリングに上がった。武藤が新日本プロレスで1984年10月、蝶野正洋を相手にデビューしてから35年の歳月が過ぎようとしている。

 武藤は昨年、両ヒザに人工関節を組み込む手術をした。今では普通に歩くことができる。そして、リングに上がって戦うこともできる。それなのに、できることなら階段は使いたくない、という。エレベーターがあれば武藤の視線はすぐにそれを捕らえて、エレベーターのボタンを押してしまうのだ。

 それを武藤は、後楽園ホールの5階の試合場から4階の控室へ降りるときでも、思わずやってしまう。習慣化したその動きは人工関節を付けた今でも変わっていない。

 武藤は6月26日の長州力の引退試合で復帰、それから2カ月のインターバルで8月30日に後楽園ホールで行われた「プロレスリング・マスターズ」にも出場したから、この横浜は復帰3戦目となる。

テーマがないと気持ちも体も動かない。

「毎日、普通の試合に出るのはきついんですよ」

 武藤はポツリと言った。

 団体のシリーズに出て、連戦を続けるというスタイルは精神的につらいというのだ。「気力で戦っているから」テーマがないと気持ちも体も動かない、というのが現状のようだ。

「(マスターズから)中1日の試合で正直、横浜まで来る道のりは、体が重かった。でも、リングに上がったら、TARUに挑発されて一気にアドレナリンが出た。35周年の試合をいい形で終わることができました」

 武藤はカズ・ハヤシ、ペガソ・イルミナルと組んで、全日本プロレス時代に戦ったブードゥー・マーダーズのTARU、ゾディアック、近藤修司と6人タッグマッチで戦った。TARUに苦しめられた武藤だったが、エルボードロップやドラゴンスクリュー、足4の字固めも披露して、最後はヒザ蹴りシャイニングウィザードでゾディアックを仕留めた。

少しサイボーグ化した体で「生涯現役」。

 少しサイボーグ化した体で「生涯現役」を掲げる武藤だが、言葉とは裏腹に大変な部分もある。

「やっぱりヒザの不安もあったし、恐怖心もあるから。その不安を乗り越えるっていうのはなかなか大変ですよ。家族に支えてもらっている部分もある」(武藤)

 ヒザの人工関節に負担のかかる十八番のムーンサルトプレスは医師の指示により封印した。だから、もうムーンサルトプレスを放つことはない。そして新たな武藤スタイルを探しながら「生涯現役」を目指す。

「前から言っている引き算のプロレスをどこまで磨くか。技を少なくしてもファンを魅了できるスタイル。そこを極めていかなくちゃならない。そのパイオニアとしてオレがやることで、たぶん他のレスラーもマネしてくると思う。そこにもオレは挑戦していきますよ」

「挑戦していかないと退化するからね」

 だが、引き算ばかりしていたら、最後はゼロになってしまう。だから、武藤は「もちろん足し算もやりますよ」と言った。

「でもね、シャイニングウィザードにしても、ドラゴンスクリューにしても、4の字にしても、お客さんに定着しているから、それを超える説得力のある技を作るのは至難のワザだよ。でも挑戦していかないと退化するからね」と武藤は自分に言い聞かせた。

 スペース・ローン・ウルフ時代の武藤の写真がスクリーンに映し出された時には、客席から「若い」という声が聞こえた。

 武藤はデビュー35周年記念と銘打たれた試合の印象を語った。

「(W-1の若手がセコンドにいたにもかかわらず)オレのところだけはなんとなくW-1と関係ない空間で、この空間って35年の歴史の中の数ページだったような気がするね。テーマがあった。生涯現役のために、この3日間で2試合というのはすごく自信になった」

馳はすでに引退、ライガーも来年1月……。

 武藤は9月8日に全日本プロレスの金沢大会、そして16日にノアの大阪大会と、武藤自身を試すような間隔で異なる団体のリングに上がる。

 金沢で武藤はウルティモ・ドラゴンとX(後に馳浩と発表された)と組み、黒潮“イケメン”二郎、野村直矢、秋山準と対戦、大阪では清宮海斗と秋山準と組むが、その対戦相手は発表されていない。

 8月30日の後楽園ホールでのマスターズで武藤は馳浩、獣神サンダー・ライガーと組んで、中西学、西村修、永田裕志と戦った。セコンドには珍しいエル・サムライの姿もあって、いわば新日本プロレスの同窓会だった。

 馳はすでに引退している。ライガーは来年1月に引退する。

「おそらくマスターズと今日の試合は全然違う形なんですよ。そこもオレにはプラスになっているし、ノアも情報のない人との試合だったり、全日本もそうだよ。オレの35周年を出発点として、この連戦を乗り切れたらまた自信になります」

 そう語る武藤敬司56歳の眼は若者のようにランランと輝いていた。

(「プロレス写真記者の眼」原悦生 = 文)