ルディ・ガルシアがル・マンを去ってリールの監督に就任したのは2008年のことだった。その3年後には、リーグとカップのダブルを達成する。リールでの最初のシーズンに、話題にのぼり始めたのが17歳の若きアタッカーだった。

 その若者――エデン・アザールは、前任者クロード・ピュエルのもとではわずか4試合しかプレーした経験がなかった。ガルシアは違った。彼はアザールにできる限りの機会を与えて、原石に磨きをかけようとした。ザビエ・バレ記者のインタビューで、当時の様子をガルシアが振り返る。(監修:田村修一)

傑出した対人能力とドリブルの意志。

――あなたがリールに赴任した2008年に、エデン・アザールのことを何か知っていましたか?

「ほとんど何も知らなかった。知っていたのはリールにとって厳しかったシーズン(7位で終了)に、何度か出場したことがあるということだけだった。かつてのチームメイトだったジャン・ミシェル・バンダムとリールで再会し、育成センターのディレクターを務めていたバンダムに、プレシーズン合宿に参加すべき選手たちのリスト作成を依頼した。

 ケガや不測の事態で参加できない選手が必ず何人かいるから、若手も何人か呼ぶことに決めた。ジャン・ミシェルが推薦した5人の若手の中に、ヤニス・サリブル(現マジョルカ)とともにアザールが入っていたんだ。そのころから彼は才能の面では突出していた。最初からそんな感じだった。だから私は彼ら若手を練習の初日からルシン(以前のリールの本拠地)に呼んで、プレシーズン合宿にも連れて行った」

――アザールのどんなところに注目しましたか?

「まず目についたのが対人能力の高さとドリブルへの意志だった。1対1の能力は傑出していた。ドリブルばかりしたがる傾向があったが、17歳という年齢を考えれば理解はできる。練習で彼がベテランたちをチンチンにすると、興奮した彼の気を静めるのがひと苦労だった」

バロンドールを獲りたい、と。

――(ベテラン選手に)殴られたこともあったと聞きましたが。

「たしかにありうるが、私には覚えがないから私が来る前のことだろう。プレーを離れたときのエデンはとても大人しかった。ただ、自分に対しては自信を持っていて、自分がどこを目指しているのか、何をしたいのかは明確に理解していた。バロンドールを獲りたいと言ってはばからなかった。実際、メッシとクリスティアーノ・ロナウドに陰りが見えたら十分に可能だろう」

――どんな点で彼は進歩しましたか?

「自分に絶対の自信があったから常にボールを要求した。彼には他の選手とプレーすることを学ぶ必要があった。それに戦術や攻撃の際のポジショニングでも学ぶべきことは多かった。あの年代に共通の課題だ」

トップ下で戦術理解が進化した。

――彼にとって最も適したポジションはどこでしたか?

「エデンはよく左サイドのアタッカーとしてプレーしたが、私が常に言っていたのは、今の彼がそうであるように、彼は攻撃のポジションならセンターフォワードも含めてどこでもプレーできるということだった。ただ、理想的なポジションは第2列の3つ――左右と中央――だろう。本物のゲームメイカーになったのだから」

――あなたもトップ下の10番としても彼を起用しました。

「ああ、それもあったが、当時のリールにはリオ・マブバ、フローラン・バルモン、ヨアン・カバイエという3人の優れたミッドフィールダーがいたし、イドリサ・ガナ・ガイエ(現パリ・サンジェルマン)もデビューしたばかりだった。彼らの誰かが欠けたときや、ホームで攻撃的にプレーするときなど私は彼を10番で起用し、それが彼の戦術理解を進化させた。

 攻撃の動きに関して彼は大きく進歩したが、守備でも目覚ましい進化を見せた。たしかに守備は彼の得意とするところではないし、若いときには真剣に取り組みにくい。だがチームにとっては、サイドアタッカーの守備能力が向上するのはとても有益だった」

同じことを2度話す必要がない知性。

――彼にいろいろ理解させるのは難しかったですか?

「アザールのアザールたる所以は、同じことを2度話す必要がないことだ。人の話をよく聞くしプレーに知性がある。一度説明すると、即座に理解してピッチ上でそれを再現する。たしかに最初のころ彼は、サッカーはボールをいかにうまく扱うかだと思っていた。ボールをキープしたがったし、個人的な違いを作り出すことにばかり熱心だった。でもいつもそればかりできるわけじゃないだろう」

――練習嫌いで守備も嫌いだったと言われていましたが?

「確かに練習嫌いで通っていたが、現実のエデンはコンペティターだ。練習でも競い合う場面――11対11の試合形式に限らずミニゲームでも――が生じると、エデンは常に存在感を見せつけた。何か競争の場面になると、それが小さなグループの中でのことであっても、彼は本気でトップを目指した。ボールを使ったトレーニングが多かったが、彼はプレーが大好きだし本物のコンペティターだ。

 そういう負けず嫌いは私も嫌いじゃない。練習では誰が一番勝って誰が一番負けたかを選手たちに伝えて、彼らの競争意識を刺激した。彼らにしても、勝つことが大好きだからモチベーションが大いに高まった。

 そのなかでエデンは常に上位にいた。ピッチの周りを周回するとか、あまり興味を掻き立てられないものにはさほど熱心ではなかったけれども。でもマラソンのようなランニングを好む選手なんていないだろう。

 身体機能をレッドゾーンまで上げる厳しいトレーニングの際には、精神面がとても重要だ。限界を超えてもやらねばならないときがある。身体が悲鳴をあげても、頭は続けることを命じる。それもまた若いうちに学ばねばならないことで、精神的な鍛錬が必要だ。

 彼はそれができた。才能に恵まれたうえに、才能を生かせる知性が彼にはあった」

君に対して厳しいのは才能があるからだ。

――だから他の若手たち――例えばヤニス・サリブルとは異なり、ここまで来ることができたのでしょうか?

「私はエデンにこういい続けた。『君に対して厳しいのは、君に才能があるからだ』と。彼は自らの上限にまで達することができた。私は彼には常に厳しかったし、彼も厳しさを受け入れていた。

 ヤニス・サリブルはエデンより少し遅れてトップチームに入った。ヤニスも最高のキャリアを築きうる選手だったが、進歩の速度は人それぞれ異なる。エデンはリールに残るのが最善の選択肢だったが、ヤニスには新たなチャンスを得るための環境の変化が必要だった。より自由に力を発揮できる環境だ。スタート時点でふたりは似たような状況にあったが、その後たどった道のりは別々のものになったわけだ」

チェルシーを離れるいい潮時だった。

――ではアザールは、どうやって成功を手にしたのでしょうか?

「彼が賢かったのは、リールが2011年にリーグとカップのダブルタイトルを達成した後も、多くのオファーを受けながらクラブに残ったことだった。もう1年リールでプレーすることを彼は選択し、それが大きな進歩をもたらした」

――ダブルの後では残留を説得するのは難しかったのでは?

「エデンの場合、周囲を取り巻く環境が素晴らしかった。家族はベルギーにいて、リールから遠くない。私は家族も当時の代理人も良く知っていた。

 彼がもう1年リールに残ると決めたのは、周囲のアドバイスを聞きながら彼自身が決断したことだった。誰も彼に対して、今が売り時だから絶対に移籍すべきだとは言わなかった。エデンもスポーツ面こそが重要で、金は後からついてくることをよく理解していた」

――近年のチェルシーでは、彼は望まれたときにしかプレーしていない印象を受けました。リールでも“試合を選んでいた”のでしょうか?

「繰り返すが彼はコンペティターだ。常にチャレンジを求め、レアル・マドリーでプレーしたいという夢を抱いていた。今がチェルシーを離れるいい潮時だったと思う。チェルシーではいいときも悪いときもあったし、28歳でレアルに入団するのはもの凄く大きな刺激になる。

 私が思うにこれから彼は最盛期を迎える。そのためのすべてを彼は備えているし、大きな足跡をレアルに残すだろう」

ジダンであれば敬意を抱いて……。

――アザールのようなタイプにとって、名選手だったジダンの言葉のほうが、選手の経歴がほとんどないジョゼ・モウリーニョの言葉よりも頭に入りやすいのでしょうか?

「選手として見るべきキャリアはないが、モウリーニョが偉大な監督であるのは間違いない。名選手ではなかった監督でも、選手との間に素晴らしい関係を築くことはできる。コミュニケーション能力に長けた監督ならば、優れた選手との関係でも他との違いを作り出せる。

 とはいえジダンのような監督であれば、選手も敬意を抱いて両者は同じ言葉で話をする。リール時代のエデンにジダンが何を言ったか私はよく覚えている(当時レアル・マドリーのスタッフだったジダンが『いますぐマドリーに連れて帰りたい』という趣旨の発言をしたと言われている)。

『ちょっと待て。額面通りに受け取らないほうがいい』と思った。変に勘違いすることなく、地道に努力することこそが一番大事だと考えていたからだ」

高いレベルのレアルに身を置いて。

――今でも彼とコンタクトはありますか?

「メッセージはいつも交換している。家族がロンドンの生活に満足しているときに、チェルシーを離れるのは1年早い気もしたが、彼はレアルに行きたがっていて、そうする必要があったと思っている」

――リスクも伴うなかで、自尊心を満足させるための移籍という見方もあります。

「まず彼は見栄っ張りではない。落ち着きがあって、それが彼の力になっている。親しみやすさも以前から変わっていない。

 EURO2016の際に、私はボルドーに彼の試合を見に行った。そこで目にしたのは、若いころと変わらない気取らない彼の姿だった。ただ、人は誰でも満足のいく環境に囲まれると、心からリラックスする。ちょっと安易になってしまうこともある。

 レアルではさらに高いレベルに身を置く。チームメイトも超一流ばかりでリラックスはできない。それがさらなるモチベーションになるだろう」

(「Number Ex」サビエ・バレ = 文)