8月18日。この日はアイントラハト・フランクフルト(町の名前との混同を避けるため、チーム名はアイントラハトで統一します)のブンデスリーガ開幕戦。

 アイントラハトは、すでにヨーロッパリーグ2次予選、3次予選などの公式戦をこなしていますが、リーガでは今シーズン初のホームゲーム。なので今回は少し早めにスタジアムへ向かい、街の様子やサポーターたちの佇まいを観察しようと思い立ちました。

 試合開始3時間前、フランクフルト中央駅はサポーターの大集団で埋められていました。僕はいつもトラム(路面電車)でコンメルツバンク・アレナへ向かいますが、近づくほどに今季のアイントラハトのホームキットである赤、黒、白の縦縞のユニホームを着た方々が車内へ乗り込んできます。

今季のユニホームは「パジャマみたい」

 ちなみに今季のユニホームデザインは少し派手で、知り合いのサポーターの奥様からは大変不評です。

「昨季の黒一色のユニホームの方がずっとダンディ。今季のは、なんだかパジャマみたい」

 言い得て妙です、はい。

 ドイツも日本と同じく、応援するクラブのユニホームを身に纏う方々が大変多いです。背中にお気に入りの選手名と背番号をプリントするのも同じ。わざわざ20ユーロくらい多く支払ってまで付けるのですから、そこには明確な思い入れがあります。

 ちなみに、昨季は超強力3トップのルカ・ヨビッチ、セバスチャン・アレ、アンテ・レビッチの3人が抜群の人気でした。

 しかしヨビッチはレアル・マドリー(スペイン)、アレはウェストハム(イングランド)へ移籍してしまったため、今季は違う選手の名前を刻んでいる方が多かったようです。

大男たちに人気なクラッシャー。

 個人的統計で最も多かったのは、左サイドの“槍”フィリップ・コスティッチ! 10番というエースナンバーも人気の一因でしょうが、あの無尽蔵のスタミナでガンガン敵陣を突破して自慢の左足で相手ゴールを撃ち抜くパワフルなプレーは圧巻でエモーショナル。間近でプレーを観ると、彼の魅力が増幅されるように思います。真冬の時期は、ボールを持って突進する彼の身体から湯気が出ていますから。

 第2位は、意外にもディフェンダーのマルティン・ヒンターエッガー。昨季はシーズン途中にアウクスブルクからのレンタルでプレーしましたが、リーガでもELでも大貢献。今季は晴れて完全移籍となりました。最適ポジションは我らが長谷部誠の真横、3バックのストッパーになります。対人能力が高く、相手エースFWを潰すクラッシャーとしての能力が突出しているのはもちろんのことですが、類稀な攻撃センスをも備えています。

 これも個人的な印象ですが、ヒンターエッガーのユニホームを着ている方は大抵男性で、しかも少し恰幅の良い体型の方が多いような。常に屋台の前に立って、ソーセージパンを注文しているイメージが……。

昨季よりも増えている「20番」。

 第3位以降は横並び。“ブレーキの壊れたダンプカー”ことFWレビッチ、“フィジカルモンスター”ことDFダニー・ダコスタ、アレに代わるターゲットマンと期待されるFWゴンサロ・パシエンシア、今試合のファンブックでのゴルフウェア姿が凛々しかったMFセバスティアン・ローデ。

 そして“カイザー”『Makoto Hasebe』の名前も多く見られました。

 昨季よりも、明らかに背番号20が増えている! しかも、その男女構成、年齢構成は千差万別。うら若き女性や落ち着いた佇まいの淑女、溌剌としたサッカー少年、ガラガラ声で熱弁を振るいながらビールを流し込む中年男性などなど、実に多種多様、多士済々なのがなかなかに興味深いです。とにかく頼もしいのは、ほとんどがドイツの方々であること。

 一方、ベルギーのシント・トロイデンへのレンタルから戻った鎌田大地の背番号15は、あまり目撃することができませんでした。

記者席から見たプロポーズ。

 リーガの開幕戦は、そのシーズンの幕開けを告げるイベントでもあって、サポーターの方々の高揚感をひしひしと感じます。

 例えば、スタジアムに併設されたファンショップは長蛇の列。普段はすんなり店内へ入れるのに、この日は入場規制が行われていて、入口に立つ係員さんが忙しく動線を整理していました。チームグッズの一番人気は断然レプリカユニホーム、次はクラブマフラーだそうですが、スタンドの椅子に敷くクッションも人気とのことで、アイントラハトのクッショングッズは手で持ち運びやすいようにバッグ型の形状をしています。

 アイントラハトの記者席はメインスタンドの一番上にあって、階段を幾段も昇って辿り着かねばなりません。ただ、コンメルツバンク・アレナはスタンドの頂上でもピッチまでの距離が近く感じ、臨場感は十分得られます。

 試合1時間前、記者席から眼下のスタンド入口付近を見ると、男性が女性にひざまずき、何かを掲げています。

 目を凝らすと男性の手には瀟洒な小箱に入った指輪が。それを見た彼女が顔を覆って肩を震わせると、2人を祝福する指笛と拍手が盛大に沸き起こりました。他人のプロポーズシーンを目撃したのは人生で初めて。でも、男性が嬉し涙に暮れる彼女を優しく抱き寄せた瞬間、スタジアムの屋根の隙間から太陽の光が射し込み彼らを明るく照らしたのを見て、僕も勝手に感慨に浸ってしまいました。

先制点にサポーターは沸き立つも……。

 ホッフェンハイムとの開幕戦は、開始直後にヒンターエッガーが豪快なボレーで先制し狂喜乱舞。アナウンスの「アイントラハト!」という掛け声にサポーターが「アイン!(1点!)」と応える声量はいつもより大きく、続いて「ホッフェンハイム!」に「ヌル!(0点!)」と叫ぶ儀式もお約束。ちなみにホームチームのサポーターはアウェーチームに何点取られようが、「ヌル!」と言い切ります。

 ただ、この日のアイントラハトは少々お疲れの様子。

 先述したようにブンデスリーガの開幕前にEL2次予選、3次予選を戦っていて、この試合の3日前にはリヒテンシュタインのFCファドーツと一戦を交えていたのです。

 昨季のアイントラハトはリーガとELで躍進して、リーガ4位以内でのチャンピオンズリーグ出場権獲得、ELでは悲願の優勝へ向けて邁進していました。しかし、両タイトルで好成績を収めるに十分な選手層がなく、主力の疲労が顕著となりシーズン終盤に大失速。結局リーガは7位、ELは準決勝敗退に終わりました。

 ただでさえ少数精鋭で厳しい戦いを凌いできたチームなのに、今季のアイントラハトはヨビッチ、アレという攻撃の2枚看板を失った状況でのスタート。そして今季はEL予選からの出場となったことで、シーズン開幕から過密日程に晒されているのです。

“長谷部大明神”に拍手喝采。

 先制したアイントラハトは一転、防戦一方に。先発した鎌田はシャドーポジションで大奮闘するもゴールを奪えず、頼みのレビッチは明らかにコンディション不良を隠せません。コスティッチが独力打開で相手ゴール前まで持ち込み左足シュートを放つも、精度を欠き枠外。鎌田と同じくシャドーで先発したミヤト・ガチノビッチはボールロストの連続で、サポーターからもブーイングを浴びてしまう始末……。

 最終ラインは幾度もピンチに直面。キャプテンの右ストッパー、ダビド・アブラアムは息も切れ切れ。殊勲の先制ゴールを挙げた左ストッパーのヒンターエッガーでさえも軽く相手にかわされて大ピンチを迎えるなど、絶体絶命の危機に立たされました。

 そんなとき頼れるのは、やはり背番号20。リベロとしてチーム全体を統率する長谷部は、研ぎ澄まされた危機察知能力で相手よりも一歩先んじてタックル、スライディング、パスカット、ボール奪取と、敵の攻撃の芽を摘んでいきます。安心安全、明朗快活。“長谷部大明神”が醸す抜群の安定感に心を掴まれたサポーターが拍手喝采の嵐を浴びせた時点で、試合の趨勢は決しました。

 アイントラハト「アイン!」、ホッフェンハイム「ヌル!」。正真正銘の1-0で、ホームチームがブンデスリーガの開幕戦を見事勝利で締めたのです。

さすが、心が整っていらっしゃる。

 試合後。テレビインタビューに懇切丁寧に応える鎌田の脇で、何やら長谷部がその場を仕切っております。どうやら長谷部はドーピング検査の対象として指名されたとのこと。通常、メディア取材は受けずすぐさまドーピングルームへ向かうところですが、気遣いに溢れる彼はメディアを集め、「すぐにやってしまいましょう!」と応対してくれたのです。さすが、心が整っていらっしゃる。

 その冷静沈着で聡明な態度を目の当たりにした僕は、改めて長谷部誠というプレーヤーの魅力を再確認したのでした。

子どもには分からない長谷部の良さ。

 後日、シーズンチケットを購入しているアイントラハトの熱狂的サポーターのところへ遊びに行きました。

「カマダは良いプレーヤーだね。彼がボールを持つと、周囲に座っていた奴らも興奮して声を上げていたよ」

 自分が褒められているようで鼻高々。そんな彼の息子がレプリカユニホームを着て颯爽と登場したので、後ろを向かせて背番号を確認すると。おぅ背番号10、コスティッチ……。彼のお母さんが嘆くように呟きました。

「あれだけ『マコートにしなさい』って言ったのに……」

 今季のアイントラハトは戦力的に若干不安。それでも、街の人々は昨季以上にハイボルテージ。鎌田大地は進境著しく、長谷部誠は堂々と健在。フランクフルトの街は今季も、鮮やかな「アイントラハト・カラー」に彩られそうです。

(「ブンデス・フットボール紀行」島崎英純 = 文)