8月21日、フィレンツェの街が沸いた。

 元フランス代表の名ドリブラー、フランク・リベリーがフィオレンティーナへの移籍を決めたのだ。契約は2年間。年俸と成功ボーナスも併せて450万ユーロ(約5億2000万円)が支払われるのだという。

 バイエルンに12年間所属し、チームに9回の優勝とCL並びにクラブW杯のタイトルをもたらした紛うことなき国際的スターは6月で契約を満了していた。そんな彼が新天地に選んだのはかつてのチームメイト、ルカ・トーニの古巣だった。

 翌22日、彼がプライベートジェットでフィレンツェの街に入るや大騒ぎだ。一際愛情の深いファンやメディアは、メディカルチェックが行なわれる医療センターの前に集まり、クラブハウスの前にも人だかりができた。

 リベリーが紫色のシャツに身を包んで挨拶に来れば、チャントを歌って手厚く歓迎する。22日に記者会見と急遽用意されたお披露目セレモニーがホームスタジアムのアルテミオ・フランキで行なわれると、急なプログラムにもかかわらず1万5000人のファンが集った。

イタリアの新居はグラウンド?

「ルカとは3年間一緒にいたから兄弟みたいなもんさ。何度も彼に言われたよ。『行って来いよ。綺麗な街だし、街の人たちは素敵だ。フィオレンティーナで楽しんでこい』って。だから俺は、ここにいるというわけさ。家をどこにするかって? いや、このグラウンドがあるじゃん」

 セレモニーで司会者から質問されたリベリーは、イタリア語で返答した。個人契約するフィジオセラピストもイタリア人で、日常会話程度なら大丈夫なようだ。垣根を作らない気さくな姿勢に、ファンは大歓声を上げた。

「チームを助けて上位5位には入りたい。なんなら3位以内だって目指したい。野心的なクラブに来たんだからね」

 リベリーは、そうぶち上げていた。

リベリー獲得は再建計画の1つ。

 とはいえ昨シーズンのフィオレンティーナを振り返ると、突拍子もないセリフのように思われる。若手やセリエA初挑戦の選手たちで構成されたチームは脆く、後半戦はまるで勝てずに低迷。最終節で何とか残留を決めるという体たらくだった。

 そんな彼らがリベリーのようなスターに手を出し、大きな目標を宣言させるとは、現実を考えない無茶な経営戦略なのではないかと思う向きがあっても不思議ではない。

 しかし、事実は少し異なる。6月にアメリカ資本下となったクラブの経営陣は、堅実な計画に従ってチームを立て直そうとしている。リベリーの獲得は、再建計画に相応しい補強として実現したということのようだ。

クラブを尊重する新会長。

 経営権を取得して会長に就任したのは、個人総資産はおよそ48億ドル(約5000億円)と言われる大金持ちである。ケーブルテレビやインターネットの放送事業会社『メディアコム』を保有するイタリア系アメリカ人資本家のロッコ・コミッソだ。

「ここには、たくさん金を使うために来たよ」と積極的な投資を約束したが、その一方で野放図な補強などには走らなかった。会長の一存でベースから変えるようなことはせず、これまでのクラブのスタンスを尊重することにした。

 コミッソ会長は、スポーツビジネスの経験豊富な側近のジョー・バローネをクラブに置き、現場とアメリカ資本の架け橋となるように努力している。結果、彼らはディエゴ・デッラバッレ率いる前経営陣が残した優秀な若手と、それを輩出した優秀な下部組織をクラブ戦略の柱とする判断を下したのだ。

 そのうえで、競争力あるチームに仕立てることを目指している。まずはイタリア代表のエース格に成長していた21歳のフェデリコ・キエーザの慰留へ動いた。彼には水面下でユベントスやインテルなども接触していたとの噂があったが、コミッソ会長が直々に会談に乗り出し話し合った。

弱点を補強、リーダーはリベリー。

 さらには、チームの弱点と目された部分も補強。昨季はあまりにも若手への切り替えを急ぎすぎて後半戦で崩れたが、その分実力派を足した。ボローニャから移籍したチリ代表のエリック・プルガルやサッスオーロから獲得したポル・リロラらは、セリエAで実績を築いている選手だ。ミランやサッスオーロで確かなプレー経験があるケビン・プリンス・ボアテンクも引っ張ってきた。

 そして、補強の止めがリベリーだったのだ。前述の通り、日常会話程度のイタリア語はこなせるのでコミュニケーションは問題ない。また、プロとして若手の手本になる人物であることは長年の実績が物語る。トーニは『ガゼッタ・デッロ・スポルト』のインタビューにこう答えている。

「誤解されることもあるけど、フランクはリーダーとして周りを引っ張ってくれる人物で、バイエルンではみんな頼っていた。キエーザも犠牲の大切さなどを学べると思うよ」

 今季もチームの柱となるのは若手である。つまり、彼らを一人前にするためのリベリー獲得というわけだ。

優勝候補ナポリ相手に健闘。

 そんなフィオレンティーナは、24日に行われた開幕ナポリ戦で堂々とその姿勢を打ち出した。コンディションが十分上がっていないリベリーはもちろんのこと、ボアテンクもベンチスタートとなる。その代わり、キエーザを始めフィオレンティーナの下部組織から育った選手が実に4人もスタメンに入れられていた。

 優勝候補に挙げられるナポリを前に、ビンチェンツォ・モンテッラ監督が下した決断は随分と大胆で、一歩間違えれば……である。ところが、いざ試合が始まると、若者たちがナポリを大いに苦しめた。

 9分の先制PKは、この日がセリエAのデビュー戦だったガエターノ・カストロビッリがエリア内で奪ったもの。その後ナポリに逆転を許すが、再び盛り返す原動力となったのも下部組織の生え抜きだった。右ウイングに起用された20歳のリッカルド・ソッティルが、爆発的な縦へのスピードでナポリの守備陣を切り崩す。キエーザとともに鋭い速攻を演出した挙句にCKを獲得し、ニコラ・ミレンコビッチがヘディングでゴールを決めた。

 とはいえナポリも、華麗な速攻からホセ・マリア・カジェホンの正確なシュートで突き放しにかかる。ここでモンテッラ監督はボアテンクを投入する。すると彼は期待に応え、強引なミドルシュートをねじ込んで3-3と同点にしたのである。最終的にナポリに突き放されてしまったが、昨季2位のクラブと対等に戦って点を奪い合った。

漂うポジティブなムード。

 若手中心の布陣である点は、フィオレンティーナは昨シーズンとおおむね同様だ。

 だが、少なくともナポリ戦のパフォーマンスからは精神的な脆さは感じられなかった。ファンやメディアもそれを理解し、試合終了後に温かい拍手を送った。25日の『コリエレ・デッロ・スポルト』は「(アルテミオ・)フランキに拍手。負けはしたがスペクタクルで、ナポリを苦しめた」との見出しを打っている。

 新会長就任。そして、国際的スターの加入。そうした一連の出来事に触発されたのか、フィオレンティーナの若手を取り巻くムードはポジティブなものに変わっている。そこにリベリーがどう絡み、どのようなノウハウや教訓を授けていくのだろうか。

「すごい戦いでファンからのサポートもすごかった。結果を得られなかったのが残念だ」

 リベリーは自身のインスタグラム上で、そんな声明を出していた。
 

(「欧州サッカーPRESS」神尾光臣 = 文)