この夏も他の欧州主要リーグより一足先に移籍市場が閉まり、プレミアリーグの新シーズンが始まっている。開幕早々にインパクトを残した新戦力ベスト11を選ぶのなら、ゴールを守るニューフェイスは「VAR」になるだろう。

 決まったと思われたゴールを、開幕2試合で計4度も阻止しているのだから。

 御察しの通り、この新顔は実在の選手ではない。8年前にチェルシーの監督となったアンドレ・ビラス・ボアスが「AVB」と略されて以来、イングランドのメディアでは二重姓を持つ人物の頭文字標記がすっかり一般的になっている。

 例えば、マンチェスター・ユナイテッドの新サイドバックで、開幕戦からスタメンのアーロン・ワン・ビサカは「AWB」という具合だ。

 そしてVARは今季から正式導入された「ビデオ・アシスタント・レフェリー」の略称に他ならない。

開幕節の10試合で計65回のVAR。

 開幕節の全10試合で、計65回も出番が訪れたビデオ判定は、予想通り脚光を浴びることになった。評判は概ね好評で、いきなり判定が味方したクラブにすれば、待望の「新戦力」が期待通りの滑り出しを見せたことになる。

 8月11日の開幕戦、ウォルバーハンプトン相手にスコアレスドローで終えたレスターは、ホームでの黒星発進を免れた。相手MFレアンデル・デンドンケルに蹴り込まれたボールが、空中戦の際にチームメイトの腕に触れていたことが確認され、ウルブズの先制点が取り消された結果だ。

 翌週には、ウェストハムが引き分け(1-1)で開幕2連敗を回避した。アシスト役の左足が30センチほどオフサイドだった事実がVARで確認されていなければ、レアンドロ・トロサールのデビュー戦2ゴールでブライトンに軍配が上がっているところだった。

マンCは2戦連続ゴール取り消し。

 同日、トッテナムは敵地でマンチェスター・シティから勝ち点1ポイントを奪うことに成功した(2-2)。後半アディショナルタイムにCKの流れからFWガブリエル・ジェズスが決めたシティの3点目を、クロスを競ったアイメリク・ラポルテのハンドで無効とする判定が下った。

 その途端、トッテナムファンがゴスペルソングのメロディーに乗せて「VAR、我が主よ」と歌うなど、それこそ「救世主」が登場したようなものだ。

 一方、シティ陣営としてみれば、文句なしと思われたゴールを2週連続で取り消され、「天敵」の出現と言ったところに違いない。

 ウェストハムとの開幕戦、結果(5-0)にこそ影響はなかったものの、ジェズスが決めた幻の3点目をお膳立てしたラヒーム・スターリングは、報道では最短で「1ミリ」、最長でも「数センチ」という、数字上だけとも言えるオフサイドのビデオ判定を受けた。

 翌節でラポルテに下った判定も正当だが、非情。CKが放り込まれた混戦のゴール前で、不可抗力としか言いようのないハンドだった。

 特にトッテナム戦では、劇的な勝ち越しゴールの興奮と喜びを打ち消された。マンC陣営のやるせない思いには、中立的な立場でも同情を覚える。そこには、VARがテクノロジーで武装した「破壊王」となってしまうことに対する危惧もある。

「最終的に確認されるまで喜ばない」

 サッカーとは情熱を抜きにしては語れないスポーツである。とりわけチームとファンの情熱が最も激しく、美しく、そして眩しくほとばしる、ゴールが生まれた瞬間の喜びを、ビデオ判定によってなきものにされかねないのだ。

 実際、第2節終了後には「これからは、最終的に確認されるまでゴールは喜ばない」とSNSなどで嘆くシティのファンが多かった。

 もちろんVAR導入前から、ゴールに「イェーッ!」と大声をあげた観衆が、オフサイドを告げる副審の旗に気付いて口をつぐむシーンは見られた。

 しかし、VARのビデオ副審は目の前の会場にはいない。マンCのホームから300キロ以上も離れた、ロンドン西部にあるスタジオにいるのだ。イヤーピースを通じて主審とやり取りしている最中、スタジアムのスクリーンには「ゴール確認中」といったメッセージが出るが、具体的に何を確認しているのかがわからない。

スタジアムの空気が「???」。

 ゴールが決まったと思っている側にすれば、そもそも、なぜ確認が必要なのかがわからない。確認に要する時間は、トッテナム戦でのゴール取り消しの場合で1分半ほどだった。

 人間なら誰しも、何がどうなっているかわからない状況での1分半は長い。相手チーム側のアピールがあったわけでもない場合には、スタジアム全体が「???」という空気の中で時間がゆっくりと経過する。

 こうした空白の時間はサッカー観戦中にあるまじきものである。判定の公正性の一方、スタンドの観衆が不公平な扱いを受けているようにも思える。テレビ観戦者は、すぐにリプレーでビデオ判定の理由を確かめることができる。だが、スタジアム観戦者は「ノー・ゴール」のように判定結果がスクリーンに表示されても、「どうして?」という疑問が消えない。

 今ではフリーWifiを飛ばしている会場もあるが、数万人の一斉使用に耐えられないケースがほとんど。観客の多くが、帰途に着くまでモヤモヤした心境でいることになる。そしてスマホを持たない年配サポーターなどは、帰宅して録画やハイライト番組を見るまで理由がわからないままだ。

リプレー映像が写せない本拠地も。

 スタジアムでも、ビデオ判定に用いられた映像をスクリーンに流せば、少し状況が改善されるかもしれない。現状、プレミアリーグでは物議を醸す類のリプレーを流さない決まりだが、VARによる確認対象は例外とすべきではないだろうか。

 そうした措置がなされていない理由には、マンチェスター・ユナイテッドやリバプールのホームのように、映像を写せる設備がないという事実もある。プレミアを代表する伝統の両ビッグクラブには、物理的なスクリーン設置への早期対応を願いたい。

 それ以上に求めたいのが、ビデオ判定の際の人間的な対応だ。トッテナム戦でのシティの勝ち越し点の取り消しは、故意かどうかにかかわらず、ハンドが絡んだ場合に得点を認めない現行のルール自体に問題があることは間違いない。

 機械的にすべての得点をVAR対象とするのではなく、審判団が「明らかな判定ミスを減らす」という本来の使用目的を意識していれば、何の問題もない。ゴール取り消しに驚きの表情を浮かべた選手の中に、トッテナムGKのウーゴ・ロリスも含まれていたように、ジェズスの得点を認めた主審の判断は、人的エラーではなかった。

露骨な判定ミスは誰もが御免だが。

 ウェストハム戦でのスターリングのオフサイドにしても、カメラの誤差と同等と言える、極めて微妙な世界である。主審と副審の肉眼が捉えたオンサイドを、紛れもない誤審だと責める者など誰もいなかったはずだ。

 主審の露骨な判定ミスで試合が台無しになるのは誰もが御免だが、ネットが揺れても、観衆が黙ってビデオ判定を待っているようなムードは勘弁してもらいたい。

 開幕2試合でゴールの喜びをもたらした選手の1人に、ノリッチのティーム・プッキがいる。

 第2節でのハットトリックを含む計4得点を挙げ、昇格組のチームを支えている。そんな29歳のフィンランド代表ストライカーにはさっそく、プレミアDF陣が対応に注意すべき「ゴール前の刺客」という評判が立っている。プッキと同じくではないが、プレミア審判団もビデオ判定の扱いには注意がいる。

 人間の感情を度外視して事実だけを追求するようでは、VARというニューフェイスは「パッション・キラー」という好ましくないニックネームを頂くことになりそうだ。

(「プレミアリーグの時間」山中忍 = 文)