8月17日に行われたスペイン2部の開幕戦のピッチに立った。

 公式戦の出場は、ベシクタシュでの5月の昨シーズン最終戦以来のことだった。それ以降の実戦も、ドルトムントに戻っていた7月12日に10部のチームとの練習試合で30分プレーしただけだ。

 そんな状況で迎えた開幕戦だったが、トップ下の位置に入った香川真司は後半35分までプレーし、チームも2-0で勝利した。

「1週間しか練習してないし、フォーメーションが変わって新しい選手も多かった。ぶっつけ本番に近い形だったので、今日は勝つことだけを意識していました。上手くいかないこともあるし、身体のキレを含めてそこまでベストではないのは事実。その中で、本当にチームとしてうまく逃げ切ったというか。チャンスは作られましたけど、今はこういう結果で勝ち続けていくことが何より大事だから、そこはホッとしています」

 メディア上ではスペインを含めてあらゆる国、あらゆるクラブが移籍先として名前が出ていたが、最終的に香川が選んだのはスペイン2部のサラゴサだった。

 コパ・デル・レイの優勝6回を誇る名門だが、昨シーズンは2部で15位に沈み、今は1部復帰を目指す立場だ。

ファン以上に大きい指揮官の期待。

 スタジアムでの移籍お披露目イベントには、およそ7000人が集まった。

 試合の日にも、子供たちがメッセージを書いた巨大な模造紙をかかげて、香川がスタジアムに入ってくるのを待っていた。ファンショップで23番をプリントしてもらうファンも多く、スタンドにはすでに23番のユニフォームを着た地元のファンの姿も目立っていた

 ファンの期待も高まっているが、それ以上に監督からの期待は大きい。チームはこれまでのトップ下を置かない4-1-4-1ではなく、香川を活かすためにトップ下を置くフォーメーションへと変更した。

プレースキッカーも任される23番。

 テネリフェとの開幕戦では、FWのルイス・スアレスが左のウイングに張り出す変則的な形だったが、香川は新たに作られたトップ下のポジションでプレーした。

 FKやCKなど、セットプレーのキッカーも全面的に任されている。開幕戦では後半35分に香川が交代してからPKを得たが、今後はPKを蹴る場面も出てくるはずだ。

 とはいえ香川が話すとおり、チームが上手く機能したとは言いがたい。ボール支配率、シュート数、CK、全ての数でテネリフェに負けていた。

 そもそも、サラゴサはこの試合で先発した前線の6人中5人が新加入。いきなり素晴らしい連係が生まれるはずもない。

内容が悪くても勝つことが大事。

 もちろん香川の頭の中には、サッカーの内容で圧倒して相手をねじ伏せたいという思いがある。

 ただ、チームの強化にむけて正しいプロセスが進んでいたとしても、運に見放されて結果を得られずに終わってしまうケースがあると知っている。

 前シーズンの勝利が嘘のように、新シーズンに勝てなくて失速する経験を、マンチェスターでもドルトムントでも味わった。逆に結果こそが自信をもたらして、それがサッカーの内容につながることもわかっている。

 だからこそ、香川は試合の後にチームの勝利を喜んだ。

「内容的には結構やられていた部分があったし、ラッキーな形もありました。でも、内容がよくても勝てないと意味がないし、内容が悪くても勝っていくことが今は大事だと思っている。

 勝ち続けて得られる自信は必要。そのなかで、サッカーの内容を上げていく。その両方にトライしながら、もっともっと成長していきたいなと思います」

英語が伝わらなくても、話しかける。

 試合中に目を引いたのは、香川が身振り手振りで指示を送る姿だ。

 ドイツには英語も含めて外国人選手とどうにかコミュニケーションを取ろうとする選手が多いが、スペインでは英語を話す選手の数自体が少ない。香川とて、いきなりスペイン語を話せるはずもない。

 それでも少しも躊躇することなく、プレーが切れるたびにチームメイトにジェスチャーを交えて英語で話しかけていた。細かいニュアンスが伝わるとは思っていない。それでも、何%かだけでも伝えたいという思いが香川にはあった。

「サラゴサを昇格させないといけない思いが非常に強いので。チームの結果と個人の結果をどうつなげていくかは難しい作業ですけど、それをやらないと上には行けない。自分だけでは、たぶん成り立たない。チームの力が必要になるので、上手く導いていけるように、ピッチ以外のことも含めてスペイン語は必要になってくる。想像以上に英語を話せない選手が多いので。新しいことにトライしないといけないけど、それも楽しいですね」

リスクと責任を負って攻める。

 入団会見では、(推定)年俸を大きくさげてまでスペインの2部へやってきたことを不思議に思う現地の記者から質問を受けた。給料こそが自分への評価を測るものとされるヨーロッパの価値観からすれば、香川の決断は理解しがたかったのだろう。しかしそれは、自分の夢と成長のためである。

 何年にもわたって香川は、攻撃の選手はリスクと責任を負うものなのだとずっと語ってきた。

 期待は責任となって両肩にのしかかる。でも言い訳できないその状況にワクワクするし、自分のプレーを磨いてくれると感じている。

取材エリアでの嬉しそうな表情。

 30歳になった香川は、新人のような再スタートにあたってこう話している。

「攻撃が常に僕を経由して始まるくらいになれれば、確実に自分のチームになってくると思います。周りの選手も割と見てくれているので。判断をもっとあげていくこと。自分がやり続けていれば必ず信頼は得られるし、結果もついてくると思っています」

 本拠地ラ・ロマレーダを一望できる取材エリアでそう断言した香川は、嬉しそうだった。チームが勝利するためには、自分が活躍しないといけないからだ。

 誰かのために自分を押し殺す必要もなければ、無力さを覚えることもない。自分とチームの浮沈がイコールで結ばれるこの環境を待っていた。

 多くの選手がキャリアを重ねるごとに安定と円熟味を求めるなかで、香川は成長と躍動感を求めている。

 そして、その新たな挑戦が楽しみで仕方がないと香川は考えている。

(「欧州サッカーPRESS」ミムラユウスケ = 文)