大きく膨らんだ期待の陰に、不安要素は存在する。しかし、そこに目が向けられることはあまりない。

 9月1日のトルコ戦から中国W杯の戦いをスタートするバスケットボール日本代表では、渡邊雄太と八村塁のNBAコンビが昨年9月以来となる代表に戻ってきたことばかりがフィーチャーされる。2人の成長があるからこそ、これほどまでに大きな期待がうずまいているのだ。

 ただ、忘れてはならないことがある。

 昨シーズンのBリーグMVPで、リーグ史上初の1億円プレーヤーにとなるほどの実力の持ち主である富樫勇樹が、7月の代表合宿中に右手を骨折。W杯への出場は叶わなくなってしまったのだ。

 5月にBリーグのシーズンが幕を閉じると、富樫はアメリカや沖縄にわたり、積極的な自主トレに励み、W杯への準備に余念がなかった。司令塔のPG(ポイントガード)として、これまでチームを引っ張ってきた責任感は、その精力的なトレーニングとなって表れていた。

富樫不在のPG候補は4人。

 では、その富樫の怪我により、ぽっかりと空いた“穴”はいかにして埋めていくべきなのだろうか。

 8月、日本代表はすでに終わったニュージーランドとのテストマッチ2試合を含め、中国W杯を控えて5試合の強化試合を戦う。その5試合を戦った候補メンバーの中から、W杯本大会に出場する12人のメンバーが選ばれるが、そのなかに現段階ではPGの候補が4人いる。

 篠山竜青、安藤誓哉、ベンドラメ礼生というPGを本職とする3選手と、アルバルク東京ではシューティングガード(SG)として登録されている田中大貴の計4人だ。

 2018年以降はキャプテンを任され、W杯予選で富樫が欠場した試合ではスターティングメンバ―に名を連ねていた篠山と、SGとしてもプレーできる田中はすでに当確と言っていいだろう。そのうえで、残り1枠を安藤とベンドラメが争う状況にある。

長身PGに対抗する田中の起用。

 本来はSGである田中は、昨年11月30日に富山で行われたカタール戦で急きょPGを務めた。フリオ・ラマスHCもその活躍を絶賛していたように、大会でも興味深い役割を担うことになりそうだ。

 ラマスHCはW杯の対戦国の選手を挙げ、田中の新たな役割を説いている。

「たとえば、W杯で対戦するチェコ代表には(トマシュ・)サトランスキという大型のPG(身長201cm)がいるのですが、そのようなサイズの大きいPGに対抗する方法として、田中大貴の起用などを考えたりしています。

 大貴も、場合によっては(起用するかもしれないSGの)比江島(慎)も、クラシックなタイプのPGではないです。でも、彼らにはSGでやることと、まったく同じことを1番(PG)でやってもらいたい。マッチアップする必要があるときには、サイズのある選手にマッチアップできるようにということです」

 確かに、日本代表でPGを務める選手たちの身長を見てみると、田中がこのポジションを務めるときの優位性は見えてくる。

 田中大貴 192cm
 富樫勇樹 167cm
 篠山竜青 178cm

ラマスHCの期待は「守備」。

 田中自身もこう話している。

「自分がPGをやることで、何で良い影響を与えられるかといったら、ディフェンスの際のサイズだろうと思います」

 興味深いのはラマスHCが「富樫が怪我をしてチームを離れたから田中にPGを任せようとしているわけではない」と話していることだ。

 ラマスは日本と平均身長がそれほど変わらないアルゼンチンからやってきた名将である。彼は早い段階から、体格に恵まれないチームが世界と戦うためにどうすればいいのかを考えていた。その言葉が嘘ではないのは、昨年11月のカタール戦の田中のPG起用で証明されている。

 そして、何より大切なのは、とりわけ「守備」の局面で田中に指揮官が期待を寄せている事実である。

田中も認める篠山のスイッチ。

 同様に、W杯でPGを務める可能性の高い篠山も、「守備」での貢献を自らの最大の役割として挙げている。

「ディフェンスでチームにスイッチを入れるというところが、自分の一番の役割だと思います」

 篠山の守備について、PGを本職としていない田中もこう語っている。

「竜青さんはずっと相手にプレッシャーをかけ続けているじゃないですか? そういったところは、自分も勉強していかないといけないなと思っています」

 99-89で勝利をつかんだ8月12日のニュージーランドとの1試合目でも、篠山の守備におけるインテンシティー(強度)の高さは際立っていた。第1クォーター(Q)では最大16点差をつけたのだが、序盤からのアグレッシブな守備がチームに活力をもたらしていた。

 14日のニュージーランドとの2試合目は87-104で敗れたものの、クォーターごとのスコアを見てみると、第3Qだけは28-23で日本が上回っていた。そんな第3Qの開始直後でも「プッシュしていけ!」という篠山のチームメイトへの怒号はコートの外にも響き渡り、激しい守備からチームにリズムをもたらしていた。

ファールを厭わないディフェンス。

 もちろん、そんな篠山にも課題はある。激しいディフェンスと表裏一体なのだが、どうしてもファールが増えてしまう傾向があるのだ。W杯予選のときからそうだった。ニュージーランドとの1試合目でも、第3Qの早い段階で3つ目のファールを犯してしまい、5つのファールをもらって退場を命じられないように、一度ベンチに下がらなければいけなくなった。

 それでも、篠山は断言する。

「激しい守備を変えるつもりはもちろんないです」

 なぜなら、それが自身の強みを出すことであり、チームにとって欠かせない仕事だと考えているからだ。

「(退場になってしまう)5つのファールを計算して、状況に応じ、有効に使える選手にならないといけないと思うので。そこは感覚の部分になってしまいますけど、今のディフェンスの高いインテンシティーのなかでファールを使うというのは、色々な海外のチームとやりながら、自分の感覚を研ぎ澄ましていかないといけないと思います。これからアルゼンチンやドイツなどの強豪国との強化試合で良い経験を積めると思います」

 この「守備」こそが、富樫不在の日本に求められるキーワードである。

簡単には埋められない富樫の穴。

 そもそも、富樫の凄みとはどこにあるのだろうか。Bリーグで彼と対戦したチームの指揮官らのコメントが、それを雄弁に物語る。

「富樫選手にスペースを与えてしまい、11本の3Pを沈められた試合もありました。NBAのスティフィン・カリーしか、決められないような本数だと思います」

 アルバルク東京のルカ・パビチェビッチHCは、そう言って富樫の得点力をたたえた。

 あるいは、昨シーズンまで川崎ブレイブサンダースの指揮をとっていた北卓也氏も、そう話したことがある。

「うちとしては富樫選手からの速攻を警戒しているわけですが、彼は『このタイミングでは速攻はないのかな』と我々に思わせておきながら、繰り出してくることもあります。スピードだけではなくて、そのあたりの駆け引きもすごく上手い選手です」

 そんな富樫の穴を簡単に埋められるはずがないし、誰かが彼と同じ役割を担えるわけでもない。

 ただ、富樫がいないからこそ、チームに必要なことは何かを見つめなおし、襟を正すことならできるはずだ。

ファジーカス、渡邊、八村だけでは……。

 昨年4月に帰化が認められたニック・ファジーカスに加えて、NBAプレーヤーとなった渡邊と八村の3人が、W杯予選を突破するための起爆剤になったことに異論の余地はない。彼らの存在があるから、日本がアジアだけではなく世界でも通用するようなチームになったかのような言説、空気も存在している。

 自信は時に大きな武器になるから、一概に否定されるものではない。しかし、ニュージーランドとの2試合目で17点差をつけられて敗れたのも、そうした空気と無縁ではなかったはずだ。

 だからこそ、ラマスHCは以前から警鐘を鳴らしてきた。

「彼ら3人が日本代表の一員として入るということは、良い結果が約束されるということではありません。例えば、W杯で対戦するトルコに関してはヨーロッパでもNBAでも活躍している選手が大勢いますし、これまでの功績があります。リスペクトをしないといけないチームだと思います。

 期待感を持ってくれるのはうれしいですけど、私は(日本が一気に世界の強豪の仲間入りをしたというような)嘘はつきたくないので。(あくまでも)そういった強豪と戦う立場だということだけは理解してもらいたいなと思います」

武器は「粘り強い守備」と「切り替え」。

 派手なオフェンスや華麗なパスワークを武器に、日本はアジア予選を突破してきたわけではない。

 粘り強く、激しい守備をベースに、攻撃への素早い切り替えを武器にして、ゲームのテンポを上げながら、泥臭く戦ってきた。だからこそ、自力では21年ぶりとなるW杯の出場権を手にすることができたのだ。

 昨年と比べて渡邊が経験を積んだ、八村がNBAのドラフト1巡目で指名された、それだけを理由に一気に強豪へと躍り出るほど、甘い世界ではない。実際に、国際バスケットボール連盟が発表するFIBAランキングは世界で48位に過ぎない。

 サッカーのFIFAランキングで見ると、アジアカップで準優勝した日本は33位だ。1998年からW杯に7回連続で出場しているが、過去にベスト16に進んだことはそのうち3回だけ。競技人口の多い競技はそれだけ競争も激しい。世界との差が一気に縮まるものではない。

 得点力や、プレーと判断のスピードを兼ね備えている司令塔の穴は簡単には埋められない。富樫の役割を誰かが肩代わりしようとするのではなく、そんな状況だからこそ、チームが一丸となって取り組むべき「守備」に意識を向ける。すべては「守備」から切り開いていかないといけない。

 それこそが、富樫不在という苦しい状況で良い結果を手繰り寄せるために欠かせないことなのである。

(「バスケットボールPRESS」ミムラユウスケ = 文)