学校の最上位概念は、あくまで生徒ごとに最適化された環境の実現である。

 工藤校長は麹町中に赴任したとき、部活動の改革にも取り組んだ。

「赴任当初は野球部もサッカー部もなくて、どちらかを作ろうと考えました。ただし、学校だけで運営するのではなく地域との連携を図った方がいいだろうということで、調べていくとFC千代田というクラブチームがあり、小学生のカテゴリーはあるけれど、中学生のカテゴリーがなかった。そこでFC千代田からコーチを派遣してもらい、指導してもらう形を取りました」

 ただし、工藤校長は創部当初からサッカー部を将来的に「なくす」プランを描いていた。最初から、である。

「当初、麹町中として中体連には加盟しますが、FC千代田との連携が軌道に乗ったら中体連は脱退し、クラブチームとして活動していきますと説明していました。そして実際、いまは中体連には加盟せず、学校としてクラブの活動を応援する形になっています」

 この運営形態は現代の部活動運営に、大きなヒントとなる。

 まず、学校が積極的に地域のスポーツクラブと連携して、生徒の活動場所を確保する。

 そしてまた、長年の部活動の問題であった公立校での指導の安定性も図られるようになる。全国の学校で問題になるのは、教員の異動によって、生徒たちの活動に大きな影響が出ることだ。こればかりは「運」が左右してしまう。

 しかし、クラブチームのコーチに指導を仰ぐことが出来れば安定性は増し、教員の労働負担は軽減されることになる。

評価を求めた競争を排除するために。

 ただし、外部との連携を図るうえで、工藤校長はここでもクラブ側にリクエストを出した。

「カテゴリーによって、チーム別の担当コーチを決めないようにと話しました。教える立場の人間は、担当を決められると保護者、生徒からの評価を得たいと競争し始めるものだからです」

 この発想は麹町中の「全員担任制」と通底している。固定担任制を廃止し、教員の能力や専門性に配慮しつつ競争ではなく協力を引き出す。

「医療世界をイメージしていただければいいかと思います。治療するにあたり、ドクター、看護師、理学療法士、いろいろなスタッフが関わりますよね。それを教育現場で取り入れたわけです」

戦後のスポーツで重視されてきた「同質性」。

 工藤校長のアプローチは、「教員の労働負担を減らす」ことを目的に、部活動に大鉈を振るう学校経営者とは大きく違う。部活動の縮小を進める学校経営者は、生徒の活動を後回しにしているからだ。

 そういう学校経営者に問いたい。

 課外活動の最上位概念とは、どこにあるのですか、と。

 工藤校長のスポーツに対する最上位概念も確固たるものがある。

「戦後のスポーツで重視されてきた言葉は、『頑張れ』だとか、『ガッツ』だとか、情緒的に紐づけされたものがとても多いんです。そしてチームワークが重視され、成功するためにみんな仲良くしようという同質性を重視した価値感が、ずっと支配してきたわけです。

 私は野球部の顧問を務めたことがあるので、ここでは野球を例に採りますが、野球は根本的に1対1のスポーツで、ピッチャーであれば強打者を相手に三振を取りたいし、バッターであればホームランを打ちたいはずです。野球の楽しみとは、同質性からは程遠いものだと思います」

学校の設備を遊ばせておくのはもったいない。

 工藤校長は山形県の中学校を振り出しに教員生活に入った。多くの教え子の中には、東京の修徳高校で甲子園に出場し、セガサミーを経て、2011年から2015年まで北海道日本ハムに所属した齊藤勝がいる。

「『ランディ・ジョンソンのようにスリークォーターで投げてみたら』とアドバイスしたことはありますが、優れた部活の顧問が他にいたので、私はほとんど傍観者ですよ」

 と工藤校長は笑顔を見せるが、どうやったら効率よく練習が進められるか、練習の段取りが記されたチャートをいまでも大切に保管していた。

「野球部の顧問の先生が腐心するのは、練習の効率化なんです。打撃練習が始まると、それしか出来なくなってしまいますから」

 部活動の指導に当たっていた間は、自分の子どもの運動会にも顔を出せなかったという。

 野球の指導にどっぷりの時間があったからこそ、部活動にも様々なアイデアが浮かぶ。

 これからも、部活動の指導を希望する教員がいれば、将来的には指導への対価が生ずるような仕組みを作りたいという。

「それは部活動に限定されないかもしれませんね。麹町中は都心の一等地にありながら、室内温水プールや冷暖房設備の整った体育館、武道場があります。こうした設備は夏休みの間は稼働しないことになります。もったいないと思いませんか?

 だったら、学校と社会をつないでしまえば、施設の効果的な活用ができます。地域の人たちに施設を開放し、そこで教員がスポーツの指導に当たることも可能ですし、民間の指導者が入ってくるのも歓迎です」

行事や制度も、生徒が当事者として変える。

 麹町中の特色は、あらゆる民間企業との連携を図っていることだ。

 たとえば、校内にある「購買局」は監査法人、「EY Japan」に運営のノウハウをサポートしてもらっている。教員も民間企業と協同して授業計画を立案し、生徒たちもたくさんの大人と関わることで社会性を身につけていく。

 工藤校長の話を聞いていくと、麹町中の教育目標が単なるお題目ではないことが分かってくる。

「自律」=自分をコントロールする能力
「尊重」=多様な集団の中で協働できる能力
「創造」=言語や情報を使いこなす能力

 中学受験で自信を失った13歳の生徒たちが自らをコントロールする力を発見し、その過程で他者にも寛容になる。そのうえで、創造性を身につける。リセット期間が終わると、生徒たちは主体的に課題を解決する「当事者意識」を持つフェーズへと移行するのだ。

 定期テスト、宿題が廃止された昨年度は、体育祭の運営も生徒の発案で変わった。競争が主目的ではなく、「みんなにとって楽しめるもの」を最上位概念として。

「勝つためにクラスの団結を誇ったり、忍耐や試練を強いるものは必要ないことを、生徒が理解していますから、自ずとプログラムも変わってきます。たとえ、障害があったとしても楽しめるプログラムを作る。

 その一方で、運動能力を発揮したい人、体育自体に苦手意識のある子もいる。企画委員はいろいろと悩んだことと思います」

10%の反対のために、伝統の種目を廃止。

 2019年の春、麹町中を卒業した生徒会長は、卒業式でこんな言葉を残している。

「全員リレーは例年、3年生全員でリレーをする伝統的な種目でした……(中略)……どうするか悩んだ挙句、3年生にアンケートをすることにしました。『あなたは全員リレーに賛成ですか、反対ですか』というアンケートです。

 もし、賛成が100%だったなら、僕たちは全員リレーをやったと思います。

 でも、結果は違いました。10%、約15人は反対と答えました」

 企画委員は10%の意見を尊重し、全員リレーを行わず、違う種目を実施する。

「多数決で決めるべきではないと、そう決めました」

という言葉は感動的ですらある。

3年間でできた「出る杭を打たない」空気。

 そして彼はこんな言葉を残している。

「生徒会活動の時も、自分がどう見られているのか、周りの目を意識してしまっていました。目立つこと、それは少し悪いことだと思い込んでいたのです。『出る杭は打たれる』と思っていました」

 しかし彼は自由に活動ができたという。なぜなら……。

「出る杭を打たない学年だったからです」

 部活動、甲子園のあり方が問われている時代、工藤校長が何度も口にした「最上位概念」を考えることは様々な問題の突破口になるはずだ。

 教育現場で「出る杭を打たない学年」が実際に生まれたのだから。工藤校長は言う。

「これからは、教育現場と民間が手を取り、オールジャパンで上位目標の合意形成をしていく時代になります。対話を繰り返していけば、上位目標は決められます。日本は、それをないがしろにしてきたとしか思えません。対話の中では、自分の自由も大切だし、人の自由を認めることも大事です。全員が"OK"になる仕組みを作り、対話を繰り返していけば、日本の教育も変わるはずです」

(「スポーツ・インテリジェンス原論」生島淳 = 文)