他の人とはまったく違う「野球の教科書」を持っているようだった。

 試合前、習志野の監督である小林徹は、対戦相手の鶴岡東の先発投手はあえて読んでいないと語った。

「読み違えると、そこから修正するのが大変ですから。だったら、予想しなければいい。絞るなよ、と言っていました」

 鶴岡東の投手陣は全部で6人いた。先発候補ということで言えば、ある程度まで絞ることは可能だったがそれすらもさせなかった。

「6パターンの対策を立てるのは僕には無理。やったとしても、6分の5は無駄になるんだったら、自分たちができることをした方がいい。真ん中から投げるピッチャーはいないわけですから」

「真ん中から投げる」という言葉の意味がわからず、思わず聞き返した。

――真ん中?

「どんなピッチャーでも右か左から投げるわけじゃないですか。どちらも、上か、横か、下から投げる。その練習はしてきているので」

 小林らしい本質論だった。

準備しすぎるよりも、選手の感性を信じる。

 情報は最低限に留め、試合が始まってから選手の感性が働く余地を残しておくのが小林流だ。

「試合前に先入観を持たせてしまうより、試合中のコミュニケーションの方がはるかに大事」

 試合の中での対応力こそが「逆転の習志野」の真骨頂だ。この春の選抜大会では5試合中3試合で逆転勝ちし準優勝。この夏、1回戦の沖縄尚学戦でも逆転勝利を収めていた。

「打たれたボールは、どれも説明がつく」

 この日の鶴岡東の先発は長身左腕の影山雄貴。試合の中で選手らは、打てるとの手ごたえを得ていた。だが、小林は、その自信が力みにつながったという。

「ありがちなんですけど、打てると思って力んだんでしょうね。早いカウントでどんどん打っていってしまって、それがヒットになればよかったんでしょうけど、打ち損じて相手のリズムになってしまった」

 ノープランだった継投も、はまらなかった。

 先発の山内翔太は2回途中、4点を先制され降板。2アウト一、三塁からマウンドに上がったエースの飯塚脩人も初球をタイムリー打とされ、習志野は、いきなり5点のビハインドを背負ってしまう。

 いつもの習志野なら、リリーフした飯塚がピシャリと抑え、それに勢いをもらいながらじわじわと追い上げていくのがパターンだった。しかしこの日は終盤、習志野が追い上げると、直後、飯塚が再び突き放されるというパターンが続き、5-9で敗れた。小林が話す。

「打たれたボールは、どれも説明がつく。コントロールミスとか、球種の選択ミスとか、間合いとか。こういう立場なので、相手を過小評価するということは絶対にない。ただ、鶴岡東さんにはプラスαがありましたね。完敗でした」

人間を深く理解するからこそ。

 勝利への道筋は見えていたが、選手たちがその道を踏み外した。悔やまれる敗戦に思えたが、小林は実にさばさばとしていた。

 得意なボールがきてもミスショットすることもある。ここに投げれば抑えられるとわかっていてもそこに投げられないこともある。それが人間だ。小林が携えていたのは「野球の教科書」ではなく、「人間の教科書」だった。

(「野ボール横丁」中村計 = 文)