先日閉幕した世界水泳選手権の競泳で、最も光ったのは瀬戸大也だった。

 最初の種目の200mバタフライで銀メダルを獲得すると、200m個人メドレーでは金メダル。さらに400m個人メドレーでも金メダルを手にした。日本水泳連盟の規定により、200m個人メドレーと400m個人メドレーでは東京五輪代表の座も得た。

 しかも、それら個人種目の間には江原騎士が故障したことから、当初出る予定がなかった4×200mフリーリレーにも出場しての成績だ。

 大会を通じて好調を維持し、タフネスも見せつけた。2013、2015年の大会でも400m個人メドレーで優勝している瀬戸は、世界選手権での金メダルは通算4個となった。これは日本競泳史上最多である。

 記念すべき大会となった2019年は、瀬戸の進化を証明してみせる場でもあった。

「長い強化を耐えてこそ強くなれます」

「積み上げてきた練習の成果を発揮できてよかったです」

 大会を終えての言葉には、新たに身につけた強さが表れていた。

「コツコツやるのがあまり好きじゃない」

 2015年の世界選手権で金メダルを獲得したあと、瀬戸はこんなことを言っていた。

「練習、コツコツやるのがあまり好きじゃないんです」

 指導にあたってきた梅原孝之コーチもまた、「練習はそんなに好きじゃないんですよね」と当時、語っている。誤解のないように言うと、練習嫌いなわけではなかった。ただ、コーチに認められるほど熱心なわけでもなかった。

 一方で、試合そのものは好きだったから、多くの大会に出ること、大会の中で多種目を泳ぐことは、「疲れた」と言いつつ、苦にはしなかった。その中で強さも培い、世界のトップを争うスイマーとなっていった。

リオ五輪で感じた「努力」の差。

 だが、壁にあたった。それは2016年のリオデジャネイロ五輪だった。400m個人メドレーで銅メダルを獲得したが、目標としていたのは金メダルだった。かなわなかった理由を、こう分析した。

「足りなかったのは、努力ですね」

 初めてのオリンピックで各国の選手たちを目の当たりにして、そう思わずにいられなかった。

「表彰台に上がった選手たちの表情をたくさん見ました。勝った人の笑顔、負けた人の不満そうな顔、いろいろあったけれど、どれも、本気だからこそこの表情だと感じられた。そのとき、『あ、そうだ、本気で夢を追いかけてきたから、それも4年間をかけて、ずっと努力してきたからなんだ』と気づいた」

トレーニングにも現れた変化。

 2017年のシーズンは「社会人1年目の年だったのでしっかりと自分に集中できていなかったところがあったので」と話したように反省を生かしきれなかったが、2020年への視線は揺らがずにいた。

 2018年、「自分の土台を固める」とテーマを掲げ、すべてのレースで前半から積極的に入ると決めた。

「(調子が悪いときでも)びびらずに入りました。自分の思ったことをぶらさずにやれましたね」

 先を見越しての長期的な戦略だった。そのためのトレーニングも実践してきた。

 ウェイトトレーニングでは、漫然と体全体を大きくするのではなく、泳ぐのに適したメニューに取り組み、ランニングも行うようになった。さらにボクササイズなど、他の選手がやらないような練習も取り入れた。そんな積み重ねがあっての世界選手権だった。

東京五輪こそ、金メダルを。

 リオで努力が足りなかったと感じたのが原点だ。ただそれを実行できるかどうかは、また別の話だ。瀬戸は努力がおざなりにならなかった理由を、こう語っている。

「しっかりトレーニングできたら、間違いなく負けないなと思うんです。負けたくないですし」

 かつては好きではなかった「コツコツやること」を実践できたのは、瀬戸のハートにほかならない。2つの金メダルを手にした今、覚悟はさらに固まっている。

「ここからの1年間は、人生で最大の山場になります。嫌になるくらいトレーニングすれば、かなえられると思っています」

 かなえたいこと、それは東京五輪での金メダルにほかならない。

 しっかりと青写真を描き、そのもとで積み重ねることが結果につながると実感した強みとともに、大舞台を見据える。

(「オリンピックへの道」松原孝臣 = 文)