かつてその激しさから「マーダーボール(殺人球技)」と呼ばれたこともある、車いすラグビー。車いす同士が真っ向から衝突する激しさはあるものの、実は緻密な作戦と駆け引きが求められる男女混合の競技だ。

 障害の程度によって選手に持ち点が設定され(0.5~3.5)、障害が軽いほど点数が高く(ハイポインター、オフェンス中心)、重いほど低い(ローポインター、ディフェンス中心)。チームはコート上の4名の合計点が8点以内で構成され、顔ぶれによってどう戦略が変わるのかも見どころだ。

倒されると「お前、やるな」。

稲垣 僕は昨年の日本選手権で初めて車いすラグビーを観戦しました。なにより驚いたのが、車いす同士がぶつかり合うときの音。他の競技であんなに大きな音を聞いたことがなくて、その迫力に興奮してしまいました。車いすに乗ってタックルを受ける体験もしましたが、ものすごい衝撃でした。試合中に選手はタックルを受けて倒れることもあったのですが、実際みなさんは怖くないんですか?

乗松 初めは怖かったですよ。見学に行ったときは、僕もまずその音に驚きました。「これを自分がやるのか……」と。それまで車いすバスケをやっていましたが、車いすラグビーほど激しくありませんでしたし、しばらくは辛かったです。でも、恐怖に打ち勝って良いプレーができたときの気持ち良さはクセになっていきました。

池 僕は持ち点3のハイポインターなので、より強いタックルが求められます。ハイポインターは自分のパワーに自信を持って相手を倒しに行く選手ばかりなので、いざ自分が倒されると、思わず「お前やるな」という感じでニヤリとする選手もいますね。倒し倒されることを楽しんでいるような空気もあるんですよ。

稲垣 へー! なんだか、ぶつかり合った者同士に友情が芽生えそうだな。

池 強いタックルは見せ場でもあり、お客さんの熱気も一気に上がります。海外ではビール片手に盛り上がる人も多いんですよ。

稲垣 僕が観に行ったときも男性ファンの方々の血の気がすごくて……。倉橋選手は日本代表で唯一の女性ですが、男性選手に囲まれて恐怖心はなかったんですか?

倉橋 怖いと思ったことは一度もありません。私は大学生のとき、トランポリンの練習中に首の怪我をして頸髄を損傷し、障害を負いました。入院していたとき、看護師さんからは「危ないから気をつけて」と色々と行動を制限されていました。

 もともと運動が大好きだったので、当時は自由に動けないのがもどかしかった。でも車いすラグビーはぶつかり合いが認められていて、倒れても笑っている競技。それがいいなと思って始めたので、ぶつかっても「こんなに揺れた!」「わ! 飛んだ!」って楽しんじゃってます。

女性選手が増えるメリットとは。

稲垣 すごい、僕はぶつかり合うとか無理なタイプなので(笑)。日本に女性選手はどのくらいいるんですか?

倉橋 私を含めて3名です。海外だともっとたくさんいるのですが。

稲垣 少ない。僕は日本選手権でよく覚えていることがひとつあるんです。僕の席の近くに、車いすに乗った小さな女の子とお母さんが来ていて、その女の子がすごく楽しそうに観戦していました。この子が将来選手として活躍する可能性もあるんだよな、と嬉しくなったんです。

倉橋 もっと女性選手が増えてほしいですね。女性選手が1人入るごとにチームの持ち点の上限が0.5点ずつ増えるので、その分より攻撃的な選手を加えることができ、チーム編成の選択肢が増えます。

持ち点によって違う役割。

稲垣 乗松選手と倉橋選手はディフェンスが中心のローポインターですが、その中でもそれぞれ役割が違うんですか。

乗松 結構違いますね。僕は持ち点が1.5点で、ローポインターの中では障害が最も軽いんです。ですので、ディフェンスにもより強度が求められますし、時にはハイポインターと同様のオフェンシブな動きもしなくてはなりません。それが楽しさでもあり、難しさでもあって。実際にゴールして得点を決めることもあって、多いときで1試合に5、6点決めることもあります。

倉橋 私の持ち点は0.5点で最も障害が重いので、乗松のような動きはしません。ハイポインターの選手が動きやすいようにスペースを作ったり、相手選手の車いすを引っ掛けて動きを止めるのが主な役割で、ボールを持つことはほとんどありません。

池 女性選手が、ハイポインターで体格も大きな男性選手をがっちり押さえ込んで、そのおかげでビッグプレーが生まれることもあります。コンタクトスポーツですけど、結構頭を使うし戦略的な競技なんですよ。

稲垣 試合前に動きのパターンをシミュレーションしたりもするんですか?

池 誰がボール出しをするかによって、ディフェンスのパターンを考えたり、相手選手の障害によっても戦略を変えます。例えば、相手が両手欠損の選手の場合、ボールハンドリングが苦手なので、あえてその選手にボールを回すことでミスを誘います。

緻密さのスポーツと感性の演技。

乗松 試合中は、今から5秒後、6秒後にどういうフォーメーションになるのかを瞬時に計算し、「そろそろあの位置に移った方がいいな」とか、常に考えていますね。

稲垣 緻密ですよね。感性ではできない。

倉橋 稲垣さんのお仕事は感性が大切になるイメージがあります。

稲垣 うーん……そうですね、僕の仕事はルールを決めすぎると予定調和になり、つまらなくなる可能性があって。舞台やドラマを何度も経験してくると、自分なりの“型”ができてきて、条件反射で台詞が口から出てくるようになるんですよ。

 台本通りにできたからといって、人を感動させられるとは限らないのが難しいところ。演技の仕事は俳優が持っている“型”が外れた、“想定外”のときに面白くなったりもするので、スポーツの世界とはまた違うのかなと思っています。

“ありえない負け方”から立ち直り。

池 “想定外”といえば昨年8月の世界選手権を思い出します。

稲垣 え、そうなんですか? でも見事に優勝されましたよね!

池 もちろん優勝は狙っていたのですが、そこに至るまでの試合で“想定外”が起きてしまって。僕がキャプテンになってから最も悩んだ大会のひとつです。予選リーグでオーストラリアに対して13点差という、この競技ではありえない負け方をしてしまったんです。野球でいうと、10対3とかで負けるイメージですかね。

稲垣 確かに車いすラグビーっていつも接戦で、どの試合も1点差とかで勝敗が決まるイメージがあります。

池 オーストラリアには2カ月前の試合で勝利していて、勝つ気満々だったのでショックも大きかったです。いつも試合後に僕らは必ずビデオを見直して反省会をするのですが、その日に限り、監督から「見るな、忘れろ」と言われました。翌日には決勝進出を賭けたアメリカとの試合が待っていたので、選手に気持ちを切り替えさせるための指示でした。

 でも、どうしても僕の中で気持ちを整理することができなかった。悩んだ末に、アメリカ戦当日に選手だけで集まって、みんなで話し合う時間を設けました。そのときに、「日本のチームの良さ」というポジティブな意見をベンチの選手も含めて12名全員に挙げていってもらったんです。そしたら「はい、はい、はい!」って次々手が挙がって。

乗松 そのとき、僕は一番最初に手を挙げたんですよ。後になればなるほど、言うことがなくなりそうで(笑)。「ベンチにいる選手もみんながひとつになって戦うことができる」と言いました。

倉橋 私も最初それを言おうと思ってたけど先を越された(笑)。私は「キーオフェンス」(ディフェンスの選手のファウルを誘う、代表的な戦略)がよくできるチームだ、と話しました。

ベストゲームはアメリカ戦の勝利。

池 ポジティブな意見を聞いて、チームの雰囲気がどんどん良くなりました。結果、すごく集中して、僕が代表に加入してからは公式戦で勝ったことがなかったアメリカに、5点差で勝利しました。あの試合は、僕の中でこれまでのベストゲームです。

乗松 アメリカにはリオパラリンピックの1次リーグで負けた苦い経験があるので、リベンジできて良かった。それ以降、僕の所属チームでも、試合前に「いいところを出しあう」やり方を取り入れるようになりました。

稲垣 いいですね。言霊というか。このミーティングの話、個人的にすごく好きです。今お話に出たリオは池選手、乗松選手にとって初めてのパラリンピックですよね。やっぱり独特の緊張感がありましたか。

乗松 観客の多さも普段の試合とは桁違い。接戦の状態で交代に入るときは「なんでここで? 僕のせいで負けたら……」と思うこともありました。

池 僕は実はそんなに緊張しなかったんです。色々な方から「パラリンピックはほかと違う、パニックになるよ」と言われていたので「すごく緊張している自分をどうやって立ち直らせるのか」を何度もイメージして本番に挑みました。もともとパニックになるタイプではないのですが、準備のおかげもあり、落ち着いてプレーできました。

 稲垣さんはたくさんのお仕事を日々こなしていらっしゃると思いますが、仕事への準備はどのようにされているんですか。

適当でいることも大事ですよ(笑)。

稲垣 僕の仕事は同時に色々なことをこなさなくてはいけないので、「切り替えの仕事」だと思っています。ひとつの仕事に準備をかけたいけれど、時間的にかけられないことも多い。

 もちろん真剣に向き合っていますが、演技の“型”の話と同様で、ときにはある種の“適当さ”も必要。目の前のことに瞬時に対応できるように、ひょうひょうとやるようにしています。本来、僕はしっかり準備をして地道にブラッシュアップさせていくような作業が好きなんですけどね(苦笑)。日々同じことをしても全く飽きないですし。スポーツ選手も同じ練習を繰り返していますよね。

池 そうですね。僕は逆に「あれもやりたい、これもやりたい」というタイプなので、実は毎日同じことをするのは辛いのですが。

稲垣 ときには適当でいることも大事ですよ(笑)。来年の東京は、きっと客席が日本人で埋め尽くされますね。

倉橋 パラリンピックはコートで選手同士の声が聞こえないくらい、すごい歓声だよ、と聞いています。今は東京を目標に頑張っていますし、すごく楽しみです。

10月開催のWWRCにぜひ注目を。

乗松 もちろん応援はとても大きな力になるのでたくさんして欲しいのですが、試合中に知っている人の顔が目に入ると、集中が切れやすくなるという面もあって(苦笑)。10月に東京でWWRCという大きな大会があり、2020年と似た会場の雰囲気を作れたらいいなと思っているので、是非多くの人に応援に来て欲しいです。

稲垣 それは僕も観に行きたいな。日本は年々、強くなっていると感じますか。

池 強くはなっていますが、競技全体のレベルが上がっているので油断は絶対にできません。日本も含めた上位5カ国が肩を並べている状態です。(※最新の世界ランキングは1位オーストラリア、2位米国、3位日本、4位イギリス、5位カナダ)

乗松 今はランキング上位にいない国でも、あと1年あればいくらでも強くなります。どの国が金メダルをとってもおかしくないスリリングな大会になると思いますよ。

本連載は約2カ月に1度の掲載、次回は8月29日発売号の予定です。(※日本財団パラリンピックサポートセンターとの共同企画です)

(「語ろう! 2020年へ」Number編集部 = 文)