メダルに届かなくても、得られるものはある。彼の姿を見て改めて感じた。

 7月27日にあった水泳世界選手権・競泳男子50メートル自由形。塩浦慎理(しんり、イトマン東進)は、この種目の日本勢として18年ぶりに決勝まで進んだ。27歳で迎えた自身4大会目の挑戦で初のファイナリストに。決勝では8人中8番目に終わり、「未熟。勝負させてもらえなかった」。悔しさを口にしつつも、表情には充実感が漂っていた。

 2歳で水泳を始めた。幼いころから自由形の短距離1本。「一番速い種目。格好良かった」。この種目では、パワーで勝る海外勢が優位に立つ。選手層も厚い。いまや競泳の有力国となった日本が苦手としている、数少ない種目だ。2001年大会で山野井智広の獲得した銅メダルが、五輪、世界選手権を通じて日本勢唯一の表彰台。将来のことを考えてコーチから他種目への転向を勧められても、塩浦は譲らなかった。

 昨秋、のどの病気で入院と手術を余儀なくされた。海外勢に対抗しようと数年かけて鍛え上げた体重100キロ近い体は、10キロ以上しぼんだ。病室の天井を見上げながら、思った。「学生のころはもっと楽に速く泳げていたはず」。力に頼る泳ぎを見直そうと決めた。

 復帰後は無理に体重を戻さず、水の抵抗を減らす技術を磨くことで世界と戦おうとした。今年4月の日本選手権では日本記録を更新。その勢いを世界選手権につなげた。

 昔はテレビにかじりついて、海外のスプリンターたちが世界の舞台で泳ぐ姿に目をこらした。そこに、日本選手がいない寂しさもあった。決勝に残れたいま、ようやくこう言える。「自分の姿を見て、子どもたちが何かを感じてくれたら。自由形の選手がどんどん出てきてくれたらうれしい」。高い壁に挑み続ける彼の言葉だからこその、重みを感じた。(清水寿之)