日本人初の快挙は、新進気鋭の若手エースによって達成された。

 韓国・光州で開催されているFINA世界選手権の男子200m自由形決勝。前半から力強いキックとストロークで世界最高峰のレースを牽引していく松元克央(セントラルスポーツ)は、100mを50秒91の2番手で折り返す。

 少し順位を下げて150mをターンすると、爆発的なキックを入れながらモーターボートさながらの勢いでラストスパートをかけて3番手でフィニッシュ。記録も1分45秒22の日本新記録で、電光掲示板を確認してガッツポーズを見せる松元。

 次の瞬間、1分44秒69の1位だったリトアニアのダナス・ラプシスがフライングで失格と判明。順位がひとつ繰り上がって銀メダルが確定したとき、もう一度スタンドにいる日本チームに向かって大きくガッツポーズで喜びを表した。

「3位と分かった時点でうれしかったんですけど、2位に繰り上がって、今は信じられない気持ちでいっぱいです。メダルラインは日本記録と同じくらいだと思っていました。日本記録も更新できて、メダルも獲れて本当にうれしいです。自分を信じてきて、鈴木(陽二)先生を信じてきて、本当に良かったと思います」

高校時代から知られる存在だったが。

 高校時代からその存在は全国に知られていた。

 3年生時のインターハイでは、100mと200m自由形で2冠を達成。そのときすでに、200mは高校生ながら1分48秒77という高いレベルの記録を持っていた。

 ところが大学1年生となった2015年にタイムが伸び悩む。

 泳ぎも生活も、気持ちもリズムが崩れていた。どこか水泳に対して真剣になれない。それは若さゆえの反発でもあり、どれだけ練習しても結果が出せないことへの不安の表れでもあった。

名将との出会いが松元を変えた。

 松元に変化が訪れ始めたのは、2016年のカナダ・ウインザーで行われた世界短水路水泳選手権だった。

「最近、ようやく少しずつ自信を持ってレースできるようになってきました」

 そう話す松元は、男子4×200mリレーのアンカーで、引き継ぎながら200m自由形の短水路日本記録に近い記録をマークする。練習の成果がタイムに現れ始めたのである。

 そして翌2017年シーズンから、松元は名将・鈴木陽二コーチの元で練習することになった。努力が数字として残り始め、少しずつ自分に自信が持てるようになってきた最高のタイミングで訪れたこの出会いは、松元を大きく成長させることになる。

世界で戦う覚悟が成長を促した。

 2017年、日本選手権の200m自由形で3位に入った松元は、はじめて世界選手権への切符を手にする。リレーメンバーとしての選抜だったが、200m自由形の個人種目にも出られるチャンスを得た。

 ところが、結果は予選27位と惨敗。この悔しさが、松元の心に火をつけた。

「決勝の舞台で戦いたい」

 松元はとても素直で真面目な選手だ。だからこそいくら練習しても不安をぬぐいきれなかったり、結果が残せない自分自身が許せなくなっていく。だが、それは自分が目指すべき目標が明確になったとき、一直線に駆け抜けていける強さにもなる。

 2017年の世界選手権を経験したことで、松元の目標が“日本代表入り”から“世界で戦う”に変わった。

 師事する鈴木コーチも同じ。鈴木コーチの頭には、昔も今も世界一という言葉しかない。ふたりの目指すべき道が重なった瞬間だった。

長所は“練習から逃げない強さ”。

「彼の良いところは、練習から逃げないこと」と鈴木コーチは話す。

「高地合宿でもしっかりと本人なりに追い込んで頑張っていました。それが今回の結果につながっていると思います。そういうところは、(アテネ五輪銅メダリストの)森田(智己)に似ているところはあります」

 以前、冬場のトレーニング時に首を寝違えて全く動かなくなってしまったことがあった。普通の選手なら練習が始まる前から泳げないと決めつけて、「泳げそうにないので休みます」となるところだ。

 しかし松元は「とりあえず泳いでみます」と言って水に入る。このときは結果としてろくに泳げなかったのだが、その後は陸上で体幹トレーニングやストレッチなど、できることをひと通りこなしていた。

 自分がどんな状態であれ、練習から逃げたり、途中で諦めたりすることは絶対にしない。その努力は、自分を裏切らないことを松元は知っているのである。

「鈴木先生に喜んでもらいたい」

 松元がよく口にする言葉がある。

「鈴木先生に喜んでもらいたい」

 鈴木コーチはほめないことで有名だ。いくら結果を残しても、「まあまあだな」という言葉が返ってくる。

 事実、松元が日本人初の快挙となる銀メダルを獲得した今大会のレース後、松元に会った鈴木コーチは笑顔で「まあまあだな」と松元に声をかけた。そして、こう続けた。

「まだ上がいるからな」

 そう、やはり鈴木コーチの頭には世界一しかないのである。そして、松元はそのことをよく分かっているし、自分が目指すべき到達点がそこであり、鈴木コーチとなら絶対に達成できると心から信じている。

「だから来年は金メダルを獲って」

「銀メダルでも鈴木先生は喜んでくれると思うんですけど、金メダルじゃないと心からは喜んでくれないと思います。だから来年は金メダルを獲って、心の底から喜ばせたいなと思います」

 同じ到達点を目指す固い絆が、このふたりには存在する。

 競泳で初めて五輪に出場した1920年のベルギー・アントワープ大会から、東京五輪でちょうど100年目を迎える。

 日本人が挑み続けながらも高い壁に阻まれてきた、200m自由形での金メダル獲得という壮大な夢を叶えてくれるかもしれない。

 名将と松元のふたりを見ていると、そんな期待を抱かずにはいられない。

(「オリンピックPRESS」田坂友暁 = 文)