「山形にいいピッチャーがいる」という情報を聞き、見てみたいと思ったが、その投手の体重が100キロを超えていると知り、正直どうしようか迷った。しかし、そのチームにはほかにも興味をひかれる選手が何人かいたこともあって、春の県大会を観戦するこ…

「山形にいいピッチャーがいる」という情報を聞き、見てみたいと思ったが、その投手の体重が100キロを超えていると知り、正直どうしようか迷った。しかし、そのチームにはほかにも興味をひかれる選手が何人かいたこともあって、春の県大会を観戦することにした。

 山形県酒田市にある光が丘球場には初めて訪れた。海がすぐ近くにあり、松林に囲まれたのどかな球場だ。

「これだけ囲まれていても、海から風が吹く日は砂が舞って……大変なんですよ」

 地元の監督から泣きが入るほど、酒田の”風”は山形では有名なのだそうだ。



140キロを超すストレートが武器の酒田南の大型右腕・渡辺拓海

 グラウンドでは第1試合が行なわれていた。ネット裏の隅のほうで、お目当てである酒田南の選手たちが試合を見ていた。そのなかに、背番号1の渡辺拓海の大きな背中もあった。

 第1試合は予定よりも長引いており、次に試合を控える選手たちはどんな心境なのだろうと思い、彼らの表情を見てみた。このあとに行なわれる試合に勝てば、次の相手になるチームだけに関心はあるだろうが、さすがに選手たちも「待ちくたびれた感」が漂っていた。

 そんななか、視線をグラウンドに据えたまま、じっと”観察”を続けている渡辺の姿があった。さらに近づいて見てみると、時折ブツブツとつぶやきながら、”本気の視線”は最後まで変わらなかった。

 いよいよ2試合目が始まったが、酒田南の先発は渡辺ではなかった。だが、試合はロースコアのまま進んでいったので、これは「あるな……」と。案の定、6回に渡辺がブルペンに向かう。

 100キロ超の体重とはいえ、身長も191センチあり、均整はとれている。キャッチボールも見たが、下半身と上半身がうまく連動していて、自然な感じで体重が前に乗っていく。100キロ超の体重による”不自由さ”みたいなものをまったく感じさせない。

 そして驚いたのは、”ロッキング”からピッチング練習を始めたことだ。ロッキングとは、あらかじめ自分のステップ幅に踏み込んでおいて、体重移動を意識しながら投げるという練習方法だ。股関節の可動域を意識して、下半身主導で、エネルギーロスなく投げられているのかを確かめるためのもので、とても有効な練習方法である。

 その渡辺だが、このロッキングがじつにうまい。つまり、この練習をスムーズにできる投手というのは、股関節が柔らかく、ひざ、足首がうまく使えているという証拠だ。

「それはいいぞ!」と思ったら、ピッチングフォームがじつにすばらしい。いわゆる体が開かないフォームで、ボールの手どころがわかりづらい。半身のまま、つまり左肩を打者に見せたまま踏み込んで、十分にためをつくってから一気に体を切り返して右腕を振り下ろす。

 抜群のボディーバランスから放たれるストレートは、勢い、重み、すべてがド迫力だった。最終回、ようやくマウンドに上がると、あっという間の3者連続三振。145キロ前後のストレートと縦に鋭く曲がるスライダーに、相手打者は手も足も出なかった。

 投げたのは15球ほど。待ちくたびれて溜まったエネルギーを一気に爆発させたような、まさに圧巻のピッチングだった。

 体重は100キロを超えていても、十分にピッチャーらしいピッチャー。間違いなく全国レベルの逸材であることはわかった。本音を言えば、少なくとも3イングは見たかった。

 試合後、酒田南の学校関係者から面白い話を聞いた。渡辺は子どもの頃、”ちびっこ相撲”で鳴らしていたというのだ。あのしなやかで力強い股関節は、ここに理由があったのだと合点がいった。

 また地元の記者からは、前日の試合で2安打、11奪三振、無四球完封したと教えてもらった。見た目もボールも豪快だが、決して腕力だけに頼ったピッチングではない。このギャップがじつにいい。豪快かつ繊細な投手、それが渡辺拓海だ。

 チームを7年ぶりの甲子園へと導けるのか。渡辺のピッチングから目が離せない。