今回、『Number』カープ特集の「スカウトに『発掘眼』を学べ」の記事では、広島・松本有史スカウトが活動の中で関わった多くの関係者の方たちから、お話を伺う機会をいただいた。

 記事の中に盛り込めなかった中にも興味深い内容がいくつもあったので、この場をお借りして、そんな「こぼれ話」をご披露したい。

 西川龍馬選手の話を伺いに「社会人・王子」のグラウンドを訪れた時に、何かとお世話をしてくださった川口盛外(たけと)マネージャー。

 実はこの方、元・赤ヘル戦士である。

中継ぎでいける、という確信。

 静岡高のエースとして甲子園にも出場し、早稲田大では準硬式野球部の「絶対的エース」として君臨し、4年間で34勝と“無敵”の大活躍。そこから王子製紙に入社して、やはり左腕のエースとして奮投した。

 1年目から都市対抗野球でチームの準優勝に貢献して、新人王に相当する「若獅子賞」を獲得する大活躍。

 その覇気に満ちた投げっぷりに、東海地区担当・松本スカウトの心の針がビビッと動いた。

「本人、まっすぐのつもりで投げているボールが全部カットボールなんですよ。右打者の内角をガンガン突いていくピッチングで、打者のバットを粉砕した場面、何度見たことか……」

 どうしてそんな“クセ球”になるのか。

 川口投手の左の手首がほんの少し内側に曲がっているのを、松本スカウトは発見した。

「左手を空に向けた状態で、ちょっと小指側に傾いている。そのままストレートの握りで投げれば、スライダー回転になりますよね」

 打者の手元でキュッと動くこのボールがあれば、中継ぎでいける。

2年のファーム生活の後、王子に復帰。

 社会人2年目が終わった秋、川口投手はドラフト6位で広島カープに入団した。

 しかし、キュッとカットボール状に動いていた「ストレート」が、プロに入ってから次第に動かなくなり、普通のストレートになってしまった。そうなると、いくら左腕でも球速帯が135キロ前後の川口投手には、プロは厳しかった。

 2年間のファームでの奮投が終わったところで広島カープを退団。古巣の「王子」にカムバックしていた。

 川口投手の社会人2年目にピッチングを受ける取材をさせてもらってから、彼とは顔なじみになっていた。

 王子に戻ってまず投手として投げ、その後に「アマチュア資格」を取得するとコーチとしてもチームに貢献してきた。

「常識人、企業人としては文句なし」

「ご無沙汰してます。おかげさまで、今年からマネージャーで頑張っています。何かできることがありましたら、なんでもおっしゃってください」

 プロ野球選手にもなった人なのに「一般人」の雰囲気が漂う腰の低い青年なのは、社会人で投げていた当時とぜんぜん変わっていない。

「そうなんですよ。ほんと、川口はいい人。なんていうか、常識人なんです。企業人としては、文句なしでしたね」

 川口投手が王子で奮投していた当時の藤田貢元監督(現・副部長)が太鼓判を押してくださった。

「こういっては失礼かもしれないですけど、プロで活躍する選手って、ちょっと違いますよね。それ考えると川口はほんとに普通過ぎるぐらい普通なヤツだったんで、プロでだいじょうぶかなって心配はあったんですが……」

 にもかかわらず、川口投手がプロに進んだのは、彼の強烈なプロ志向だった。

「僕のプライドはどうなるんですか!」

 思い出すのは、取材の時だ。

 たしかに一級品の「クセ球」ではあったが、基本のスピード、捕球の衝撃から伝わるボールの破壊力からは、確かに藤田監督が感じていた「だいじょうぶかな」という思いもよくわかった。

 早稲田出てるんだし、頭もいいんだし、しっかりしてるし、「王子」なんだから、社会人で一流の投手になって、指導者にもなって、そうすれば仕事のほうだって、まじめに働いてれば部長とかに……。

 そんな余計な「お節介アドバイス」を伝えたら、

「僕は確かに準硬式出身ですけど、ずっと本気でプロを目指して頑張ってきて、その僕のプライドはどうなるんですか!」

 と逆に叱られてしまって、かえって川口投手の“気迫”に感服して帰ったことを覚えている。

 カープ退団の段階で、藤田監督が本社と掛け合ってまで「王子」に呼び戻したというから、「川口盛外」に対する会社の評価がうかがい知れる。

 今回の取材が終わって、会社の正門まで、川口マネージャーが送ってくださった。

「自分、意外と世話焼きみたいなんで」

 せっかく社員に戻ったんだから、今度は「社長」狙って頑張らなくちゃ。

 またしても、無責任なエールを送ってしまったら、

「無理です……ぜんぜん無理です」

 控えめな受け答えは以前のままだったが、

「でもマネージャーって仕事、自分に合ってるように思います。自分、意外と世話焼きみたいなんで」

 自分の「今」をありのままに表現できる「川口盛外」に戻っていた。

 左利きの川口君がもし右利きで、キャッチャーなんかやっていたら、結構な「世話女房」になったんじゃないかな。

 無理です、無理ですと言いながら、結構20年か30年経ったら、ほんとに「王子」のトップに立っていたりして。

 本気になった時の、彼の気迫と馬力はわかっているつもりだ。

 そんなこと考えながら、帰りのタクシーにいつまでも手を振ってくれる川口君。

「社長になれよ!」

 心の中から、思わず熱いエールを送っていた。

(「マスクの窓から野球を見れば」安倍昌彦 = 文)