「正直、今日の後半みたいなプレーって、もっと歳をとってからでもできると思うんです」

 ベルギーのロケレンへ1年間の期限付きで移籍した天野純は、旅立つ2週間前の松本山雅戦のあと、筆者にそんな風に打ち明けた。

 そのホームゲームでは、後半に彼が低い位置からボールを動かすことによって、横浜F・マリノスはリズムを掴み、終盤に決勝点をもぎ取って勝利を収めた。

 それでも27歳のレフティは、勝利を喜びつつも、どこかふっきれない表情を浮かべていたように思う。いま振り返れば、その印象はさらに濃くなる。

「いまはもっともっと相手にとって危険なプレーヤーになりたいですし、もっと得点に絡みたい。そういう思いは強い。でも試合に出させてもらっている以上、監督に求められていることを全うしないといけないですよね」

10番としての責任と自身の理想。

 マリノス伝統の背番号10をまとう主将は、自身の理想とチームへの責任の狭間で揺れていた。ただ実際のピッチ上では、アンジェ・ポステコグルー監督の期待に応えるべく、彼の動きは“責任”の方に振れていた。

 けれど天野の内奥にあるフットボーラーとしての“理想”は、20代後半の自分にやってきた国外からのオファーを拒むことを良しとしなかった。

 外に出ただけで、殻を破れるわけではない。しかし環境の変化が何かのきっかけになることはある。「腹をくだして長いこと考えた」結果、天野は好調のチームと「最高の仲間とファン」のもとを離れ、ベルギーで「ひと旗上げ」ることを決意した。

「数年前に感じていたような成長速度(が感じられなくなっていた)。もうひと皮むけるべきなのに、それができていない。停滞感をすごく感じていて、何かを変えなければいけないと、今季はずっと思っていました」

 天野の壮行試合となった七夕前日の大分トリニータ戦のあと、多くの記者に囲まれた彼はそう言った。

安パイではなく、楽しいプレーを。

「まだ27歳。いまは一番あぶらが乗っている時期だと思う。そんなときに、安パイなプレーではなく、もっともっと相手にとって危険な選手に、もっと見ていて楽しい選手になりたい」

 この大分戦で、彼が2週間前にも口にした「危険な選手に」なれていたかと問われれば、大きく頷くことはできない。ポジションは喜田拓也と並ぶ低めの中盤。監督の指示ではあるはずだが、バランスを取りながら配球役を担い、開始早々に惜しいボレーを放ったものの、高い位置での仕事はそれほど多くなかった。

 セントラルMFとしての全体的なパフォーマンスでも、相棒の喜田拓也に劣った。5月度のJ1最優秀選手に輝いた背番号8はこの試合でも、出色の出来を披露。知的な位置取りと鋭い出足でピンチの芽を摘み取り続け、今季の台風の目と目される大分をシュート2本と沈黙させ、1-0の勝利に大きく貢献している(GK朴一圭の好守やチーム全体のプレスも見事)。

“アマジュン”は愛されるアイドル。

 天野は良くも悪くも、多くの人に愛されるアイドルのような選手だと思う。

 ニックネームは、その界隈にありそうな“アマジュン”。下部組織から大学を経てマリノスに入団した彼は、ファンの「時に温かく、時に厳しい声援に」育てられてきたと自負している。人当たりの良い対応と頻繁にこぼれる笑みから、メディアの受けもいい。

 今季から10番を着け、同じく左利きの偉大なレジェンド、中村俊輔の後継者と目されるようになったが、率直に言って、残してきたインパクトは比較にならない。

 中村は27歳の時、スコットランド随一の名門セルティックで、熱狂で知られる本拠地パークヘッドのサポーターを沸かせていた──磨き抜かれた左足から決定的な仕事をたびたび見せながら。彼もまた当地で多くの人のアイドルと崇められていたが、欧州で言う“アイドル”とは、“英雄”の意味に近い。

 おそらく、もうすぐ28歳になる天野は、日本で言うところのアイドルから、ユニバーサルな意味における英雄になる挑戦へ踏み出したのだろう。

「もっと前で得点に絡む」意欲。

 個人的には、中盤の低い位置でかつてのアンドレア・ピルロのようにピッチ全体を支配するような“英雄”を目指すのも面白いと考える(そのためには、大分戦で見せたような精度にムラのあるフィードを改めなければならない)。

 けれども彼は、「もっと前で得点に絡む」姿を追い求めたいと言う。

 ならば、技術やキックだけでなく、攻撃性、積極性、落ち着き、相手との駆け引き、そして何より心身の強さなど、改善すべき点はさらに多くなる。同じくレフティのダビド・シルバやベルナルド・シウバあたりが目標となるだろうか。いずれにせよ、彼が挑む地平はとても高い。

 移籍に際し、ポステコグルー監督からは「特に何も」言われなかったそうだが、ヘッドコーチのピーター・クラモフスキーは「片道切符のつもりで挑戦してきてほしい」と声をかけた。

「最初は特にメンタルが問われることになるはず。でもそこを乗り越えて、成功を掴んでほしい。ただただ欧州を経験し、1年後に戻ってきて仲間にそれを伝えるだけでは、彼自身にとってあまり意味はないと思う」とマリノスの練習を取り仕切るコーチは言う。「技術面は問題ないはず。それをどう生かすかだ」と期待を込めながら。

見たことのない世界に飛び込みたい。

 昨季の国内リーグで最下位に終わったロケレンは新シーズン、2部を戦う可能性が高い(2部を制したメヘレンに八百長や詐欺容疑があり、1部残留が検討されているという)。そんなクラブで成長できるのかと疑う向きもあるだろう。まして横浜は今季、15年ぶりのリーグ優勝を狙える好位置につけている。

 それでも、「ここで行かなければ、一生後悔すると思い、移籍を決断した」。天野は壮行セレモニーで、雨の降る三ツ沢球技場に残ったたくさんのファンにそう伝えた。あえて厳しい道を選択したアイドルに、サポーターは「アマジュン、頑張れ!」とエールを送っていた。

 この決断の裏には、昨年9月に初めて代表に選出された時に感じた「海外組の余裕や自信にみなぎる姿」があるという。

「Jリーグのレベルがどうこうではなく、やっぱり海外に行かないとわからないことなんだろうなと痛感しました。それにまだ見たことのない世界に、飛び込んでみたい」

喜田「背中を押すだけだった」

 同僚の喜田は「あの人の夢はずっと聞いてきた」と話す。「逆に、チームに対してどんな想いでやってきたのかも、一番近くで見てきたからわかっている。(天野の移籍は)チームにとってはもちろん痛いけど、そういうのを見てきた自分としては、背中を押すだけだった」

 優勝争いをするチームから、2部リーグへの移籍──。それでも挑戦には変わりない。かつての本田圭佑のように、2部でも絶大な存在感を放つことができれば、道は開けるはずだ。

 その時には、たくましさを身につけた英雄の風格が漂っているかもしれない。

「人間としてもひとまわり成長できるように。英語が喋れるようになったらかっこいいし」とおどけた天野は七夕の日に日本を発った。今頃、ベルギーの街で様々な刺激を受けていることだろう。

「ベルギー、行ってきまーす」とアイドルのようにファンに別れを告げた彼の、殻を破るための挑戦の日々が始まった。

(「JリーグPRESS」井川洋一 = 文)